コムスタカ―外国人と共に生きる会

入管政策について


「人身取引」問題での政府の方針と入管の「興行」の在留資格の規制強化への批判
中島真一郎
2004年12月23日

1、政府の「人身取引」問題の方針への批判

2004年後半からの急速に進められている「人身取引」を巡る日本政府の政策転換は、これまでの人身取引の被害者を「不法滞在者」や「犯罪者」として取り扱い逮捕あるいは退去強制してきたあり方から、人身売買の犯罪として、その加害者を処罰し、被害者の保護、予防措置の3つの内容にそった政策に転換することは、望ましいことです。「人身取引」(トラッフイキング)の問題は、加害者処罰と、被害者保護という両輪でおこなわれていかなければなりませんが、人身取引問題が国政レベルで焦点化してきたのは、アメリカやEU、ILOなどの批判、いわゆる外圧によるもので、自発的な政府内部の動きからではありません。したがって、問題は、日本政府の急激な政策転換の動機が、アメリカの国務省の報告に「監視国リスト」から外れることなど国際的な批判から免れることにあること、その政策内容が加害者処罰中心の法制化に重点が置かれ、被害者保護が不十分であることや、予防措置は場当たり的で的外れになる危険性が強いことです。

被害者保護については、被害者が就労目的で来日し、借金を背負っている場 合が多い実情を考慮すれば、被害者に対して、短期的な保護とケアや生活保障だ けでなく、被害者で希望するものには、在留資格の付与による合法化と就労可能、そして定住化へ可能性を開いておく必要があります。そのことが被害者の刑事告訴や証言可能として、加害者を追求処罰できることにつながっていくことになります。

また、予防措置として、「興行」のビザの規制を強化することは、「興行」で来日し就労している多くのフイリピン人女性の就労を禁止し、締め出すことになります。「興行」ビザの規制強化が、1995年の時と同様に一時的なものとして今回も終わるのか不明ですが、仮に長期・恒常化する場合には、締め出されたフイリピン女性は、就労の代替手段が付与されない限り、来日をあきらめない場合には、「興行」から「短期滞在」や「偽造旅券」による来日に転換して、かえって「人身取引」ビジネスに引き寄せられ、人身取引の被害者は増大することになりかねません。

人身取引の被害者の多くを占めるタイ人やコロンビア人は、「興行」は少なく「短期滞在」による来日が中心であり、これらが外国人女性を「短期滞在」あるいは偽造旅券などで「不法入国」により来日させて人身取引で莫大な収益をあげている業者や組織の取り締まりこそ重点が置かれるべきです。そのためには先に述べたように短期的なだけでなく長期的にも就労可能や定住可能な道を開く被害者保護の徹底が必要であす。

また「興行」のビザ規制は、その代替手段としての就労の可能性を付与しない限り、「接客」(ホステス)労働の取り締まり強化にはなっても、「人身取引」の取り締まりにはつながらず、かえって「興行」以外の在留資格による来日を増加さえ、「人身取引」の被害者を増大させていく危険性があります。

現在の政府の動向は、「国際組織犯罪」条約の批准とそれに伴う国内法の「改正」が、「人身取引」ビジネスの取り締まりや被害者保護に実効性が不十分で、見かけだけのもの終わる一方、テロ対策を名目に入国する外国人への指紋押捺や写真撮影の義務化をめざし、市民的自由の規制強化という治安立法の方向に動いています。

「人身取引」ビジネスの取り締まりや、被害者保護を実効性のあるものにしていくことと、外国人への新たな規制強化となる治安立法化に反対していく必要がある。

2、入管の「興行」の在留資格の規制強化への批判

「人身取引」問題が政治的にクローズアップされるに伴い、入管や警察は、今年秋頃から入国管理局に届出がなされている「興行」の在留資格者や関連業界への取締りを強化しています。熊本でも、福岡入管により2004年10月から11月にかけてフイリピンパブなどの店で働いていたフイリピン女性が、「興行」の在留資格で認められていない接客業(ホステス)等の資格外就労などを理由として、摘発がなされるようになっています。2003年と比べて2004年は九州内でも、福岡入管と警察による「資格外就労」を理由とする摘発が増大しています。(福岡入管管内では、退去強制者のうち「資格外就労」等によるものは2003年29人から2004年1月10月末までで170名と急増しています。)しかし、一方で外国人女性に「接客」を強いているオーナーやマネージャーなどの経営者はほとんど摘発されず、このような「接客」違反理由とする取締りの強化は、他の就労への道が開かれていかない限り、外国人女性の働き口を狭め、かえってオーバーステイ者を増大させ、未登録の「闇の業者」に就労を移動する結果をもたらしていきます。

警察庁の2000年から2003年までの4年間での売春事犯における人身売買事件の検挙件数の統計では、2003年 総計 307、内訳は タイ 173、 コロンビア 53、台湾 25、フイリピン 18、 中国13、ロシア12、 インドネシア 10、その他3.となっています。

また、NGOの救援事例でも、人身売買被害者として救援を求めてくるのはタイ女性やコロンビア女性が多いことからも、人身取引の深刻な犠牲者となっている外国人女性は、コロンビア女性やタイ女性が多くいると思われます。この両国の女性は、興行ビザではなく、その多くが短期滞在の在留資格で入国しています。入管にとって、管理し把握しているのが「興行ビザ」を通じた業界と外国人なりますが、「短期滞在」は、外務省の発給となり直接関係しません。人身取引の問題では、「興行ビザ」よりも「短期滞在者」(偽造パスポートによる「不法入国者」を含む)による被害者の問題が重要かつ深刻です。また、「短期滞在」や偽造旅券を使った「不法入国」の手段による人身取引を行う犯罪組織を摘発できない限り、人身取引の被害者を減らしたり、なくしていくことはできません。

 1995年も入管は、「興行」の在留基準を強化し、それまで黙認していた「接客」を理由に摘発を強化し、興行ビザの規制を強化しました。その結果一時的には、興行ビザで外国人登録されている外国人が1994年12月末の34819人から、1995年12月末に15967人に半分以下に大幅減少しました。しかし、翌年1996年から次第に回復し、2000年末53847人へと5万人台となり2003年末では、64642人と6万人を超えるほどになっています。(注  「興行」の在留期間の多くは6ヶ月間ですから、1年間の実数はその2倍近く来日していることになります。)

「人身取引」の被害をなくすという「名目」での「興行」ビザの規制強化は、昨年来からの主に中国人を狙い撃ちにした「留学生」・「就学生」のビザの規制強化と同じ発想とやり方をしていると思います。この規制が一時的なものとなるのか、長期化するかは現時点不明ですが、もし長期化すると、それにかわる他の就労手段が確保されていかない限り、「接客」業の取り締まりになっても、人身取引の被害者の保護・救済にはつながりません。  人身取引の被害者保護とは、早期帰国や仮放免の運用の弾力化や短期の在留特別許可 を認めることだけではなく、抜本的には、就労目的や場合により借金を抱えて働きにきている彼女たちに、「定住者」などの安定した在留資格を付与し、他の職業で働ける場を設けることです。加害者処罰の強化と被害者保護に、被害者の日本での「定住」と「就労や転職」の確保という視点がないと、「人身取引」を行っている犯罪組織の中枢を摘発し、その組織を成り立たなくさせることや、人身取引被害者の救済という実効性のある成果は期待できません。結局禁止されている「接客」:を理由とする取り締まり強化や興行ビザ規制強化による締め出しは、それでも日本に働きにくる外国人女性の入国を防げず、彼女たちが未登録の「闇の組織」やブローカーを頼り、表面化しにくくなるという結果になると思います。

資料

1、2003年12月31日の全国の外国人登録者1915030 うち興行64642人(全体の3.4%)で、国籍別上位10カ国を示すと以下の順となります。「興行」の在留資格者のうち78%がフイリピン人が占めていることと、近年、ロシア、ウクライナ、ルーマニアなどからの「興行」の在留資格による来日が増加しています。

 表1、 2003年末 国籍別「興行」の在留資格者上位10カ国

( 出典「 2004年版(平成16年版) 在留外国人統計  入管協会 発行 」)
総数
64642
構成比
1
フイリピン
50539
78
2
中国
3848
6
3
ルーマニア
2597
4
4
ロシア
1839
3
5
インドネシア
1524
3
6
ウクライナ
1185
2
7
韓国・朝鮮
804
1
8
アメリカ
374
0.6
9
ブラジル
251
0.4
10
モンゴル
248
0.4

2、国籍別外国人登録者のうち「興行」の比率が高い上位5カ国は、以下の国々です

表2 2003年末 国籍別外国人登録者に占める「興行」の在留資格者の比率 上位5カ国
国籍
外国人登録者数
うち興行
興行の構成比
1
ルーマニア
4104
2597
63.3%
2
ウクライナ
1927
1185
61.5%
3
ロシア
6734
1839
27.3%
4
フィリピン
185237
50539
27.3%
5
インドネシア
22862
1524
6.7%

なお、 中国    462396人うち興行 3848人   0.8% 韓国・朝鮮 613791人のうち興行804人   0.13%

一方、人身売買の被害者として数が多いとおもわれるタイ人やコロンビア人は、「興行」の在留資格者数も、外国人登録者に占める「興行」の在留資格者の比率は少ない。

タイ人     34825人うち興行 227人  0.7% コロンビア人  30503人うち興行 2人   0.006% 

表3 最近10年間(1994−2003年)の「興行」の在留資格者と外国人登録者の構成比
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
@
34819
15967
20103
22185
28871
32297
53847
55461
58359
64642
A
1354011
1362136
1415136
1482707
1512116
1556113
1686444
1778462
1851758
1915030
B
2.6
1.2
1.4
1.5
1.9
2.0
3.2
3.1
3.2
3.4

 @ 「興行」の在留資格者数、A 外国人登録者数  B 構成比( @÷A )
( 出典「1997年版、2000年版、2004年版 在留外国人統計 入管協会 発行 」)


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