コムスタカ―外国人と共に生きる会

中国残留孤児の再婚した妻の娘2家族7人の退去強制問題


2002年4月26日収容の執行停止申立に関する 最高裁判所の抗告棄却決定の意義について
中島真一郎
2002年6月7日

1. はじめに

熊本県内在住中国残留孤児の再婚した妻の子2家族の退去強制問題で、2002年4月26日 の最高裁第2小法廷(亀山継夫裁判長)の収容の執行停止での抗告棄却決定が、最高 裁として門前払いをせず、正面から実質判断をした最初の決定例であると思われま す。結論的言えば、今回の最高裁決定は、収容の執行停止を認めるべきという抗告人 の主張を棄却したことは不当な決定ですが、これまで「開かずの門」として存在し、 長年認められることのなかった収容部分の執行停止を今後認めさせていくための方向 性を示すという意義はあったと思います。即ち、福岡地裁へ提出した意見書の中で相 手方(法務省や入管側)が主張し福岡地裁も認めた「収容に伴う被収容者の不利益 は、当該処分の結果として、通常発生することを予定しているものである限り、行政 事件訴訟法25条2項にいう『回復困難な損害』にあたらない」(「通常発生予定損害 論」)や、福岡高裁の抗告棄却決定にある「被収容者の被る不利益が、上記当然に予 定されている限度を超えた場合には、収容に伴って生じる通常の損害ではなく『回復 困難な損害』になるというべきである」(「当然予定損害論」)を一律に採用せず、 最高裁が「個別的具体的に検討した上で、―――この判断は是認することができる」 としたことは、これまで15年以上裁判所で認められることのなかった収容の執行停止 を司法の場でも認めさせていく可能性を開くものとして評価できるものと思います。 本件の代理人である松井弁護士の見解も、「「いわゆる当然予定損害論を採用せず、 個別具体的に考えることとされた点は評価できるが、本件において、金銭賠償で足る とした点は不当」という評価でした。

2. 過去15年余り裁判所で認められたものが皆無だった収容の執行停止申し立て

入管の「出入国管理」(1986年版、1992年版、1998年版)のデータを見ても、裁判所 で認められた収容停止(いわゆる全面停止)は、1954年から1975年までの間(対象は 在日韓国・朝鮮籍が大半と思われる)には、総数200件のうち49件が認められていま したが、1976年〜1997年までは5件(1978年1件、1985年1件、1986年3件)が全面停止 の執行停止を認められた例があるぐらいでした。(1986年の3件も入管側が即時抗告 して、収容の執行停止決定が高裁で破棄されており、実質的に認められたのは1978年 と1985年の各1件の計2件のみというのが実情です。) 国側は、収容停止の決定がなされた場合には、「仮放免制度・訴訟代理人の選任等に より収容部分の執行を停止しなくても回復の困難な損害を避けるための緊急の必要性 はないこと、正規の在留者が法の規制の下でのみ在留しえるのに、我が国での在留を 否定された外国人が逆に法の規制を受けることなしに我が国に事実上在留できること になり、在留管理の秩序が乱されることにあるが、これが公共の福祉に重大な影響を 及ぼす恐れがあること等を理由として即時抗告してきた経緯がある」(『出入国管 理』1992年版125ページ)と主張してきました。この国側の考え方を裁判所も受け入 れ「当該第1審に限定しても1987年から2001年10月までの過去15年間(1998年〜 20001年10月までは、国会議員の質問への回答から)、退去強制手続きをめぐる執行 停止申し立てで、送還停止を認めた例はありましたが、裁判所で収容停止(いわゆる 全面停止)を認めたものは皆無でした。いわば、収容の執行停止は、認められない 「開かずの門」のようのものでした。

3. 「開かずの門」に風穴を開けた東京地裁の民事3部の決定

このような状況に風穴を開け、収容の執行停止を認めたのが2001年11月6日のアフガ ニスタン難民9人中5人に対する東京地裁民事3部(藤山雅行裁判長)の決定です。ア フガニスタン難民4人については東京地裁民事2部(市村陽典裁判長)は2001年11月5 日に認めませんでしたから、アフガニスタン難民について東京地裁の民事2部と3部で 判断がわかれました。東京地裁民事第3部の決定も東京高裁が2001年12月18日収容の 執行停止決定を破棄し、アフガニスタン難民は再収容されました。これに対して、最 高裁判所への特別抗告と東京高裁への抗告許可申し立てが行われ、東京高裁が抗告を 許可したため、2002年2月28日最高裁第1小法廷(井嶋一友裁判長)特別抗告および抗 告を棄却する決定をしました。2月28日の最高裁第1小法廷の棄却理由は、特別抗告 については「民事事件について特別抗告が許されるのは、民訴法336条1項所定の場合 に限られるところ、本件抗告理由は違憲をいうが、その実質は原決定の事実誤認また は、単なる法令違反を主張するものであって、同項に規定する事由に該当しない」と するものでした。

抗告の棄却理由も、「記録によれば、抗告人に対しては、既に退去強制命令書が発付されており、平成11年3月27日以降は、退去強制令書の執行による収容が行われ手いることが明らかであ る。収容令書による収容は、退去強制手続きにおいて容疑事実である退去強制事由に 係わる審査を円滑に行い、かつ、最終的に退去強制令書が発付された場合にその執行 を確実にすることを目的とするものであるから、退去強制令書が発付され執行された ときは、その目的を達し、収容令書は効力を失い、以後退去強制令書の執行としての 収容が行われることになるというべきである。したがって、既に、退去強制令書が発 付され、それが執行されている本件においては、本件収容令書の執行を停止を求める 利益は失われ、本件申し立ては不適法となったものといわなければならない。そうす ると、その余の点について判断されるまでもなく、本件申し立てを却下した原決定 は、結論において是認することができる。」とするもので、「訴えの利益なし」とす る門前払いでした。

その後、2002年3月1日から4月26日にかけて収容されていたアフガン難民は、仮放 免が入管から次々と認められ、また、在留外国人の在留特別許可が法務大臣の裁決で 不許可となり、退去強制令書が交付された事例2件について、2001年12月に東京地裁 民事第3部(藤山雅行裁判長)は韓国籍とパキスタン籍の配偶者(日本人と法律婚の 状態にある)に相次いで、収容の執行停止を認める決定を行い、収容されていた外国 籍配偶者は釈放されました。その後、パキスタン籍配偶者のケースについて東京高裁 は、収容の執行停止を認めず、再収容されましたが、入管の仮放免許可により釈放さ れています。また、韓国籍の外国人については、東京高裁が収容の執行停止を認めま せんでしたが、入管は再収容をせず、再審査により最近在留特別許可を与えました。 このように、「開かずの門」であった収容の執行停止を東京地裁民事3部が認めた ケースは、入管側も仮放免や再審査による在留特別許可を行うことで身柄を釈放して います。

 

4.2002年4月26日最高裁第二小法廷の抗告棄却決定の意義

最高裁判所第二小法廷(亀山 継夫裁判長)は、2002年4月26日いずれも 「1、本 件抗告棄却する。2、抗告費用は抗告人らの負担とする」との決定を行いました。特 別抗告について、「教育を受ける権利の侵害、家族の結合権の侵害、個人の尊厳の権 利の侵害、裁判を受ける権利の侵害等」の特別抗告人の主張に対して、棄却決定の理 由は「民事事件に突いて特別抗告が許されるのは、民訴法336条1項所定の場合に限ら れるところ、本件抗告理由は違憲をいうが、その実質は原決定の事実誤認または、単 なる法令違反を主張するものであって、同項に規定する事由に該当しない」とするも のでした。抗告許可申立について、行政事件訴訟法第25条2項にいう『回復困難な損 害』の文言解釈について重要な事項を含むとした抗告許可申請が許可(民事訴訟法 337条2項の所定の事項を含む)されていました。

最高裁の棄却決定理由は、「原審の適法に確定した事実関係によれば、本件各退去強 制令書の収容部分の執行により抗告人らが受ける損害はいずれも社会通念上金銭賠償 による回復をもって、満足する事もやむをえないものと言うべきである。原審は、抗 告人らが受ける損害を個別、具体的に検討した上で、上記各部分の執行により生ずる 回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるということはできないとしたものであ り、この判断を是認する事ができる。論旨は、原判決を正解しないものであって採用 することはできない」とするものでした。

福岡高裁での即時抗告で抗告人は以下のような主張をしました。「行政処分が人の生 命・身体の安全や教育を受ける権利などの非財産的権利に侵害、制限をもたらす場合 は、その損害や制限が軽微であるとか、原状回復が容易である場合以外は、『回復困 難な損害』にあたると解釈すべきである。また、収容処分はあくまで強制送還の保全 のためと言う二次的な意義を有するに過ぎないのに、収容処分は被収容者の自由を拘 束し、精神的な苦痛を伴うものであるから逃亡の恐れがあるなど収容を継続しなけれ ば強制送還の執行が不可能になるような特段の事情が考えられない限り、収容処分の 執行により被収容者に相当程度の損害が考えられる時は、『回復困難な損害』がある と解すべきである。即ち『回復の困難な損害』の有無は、収容の必要性との相関関係 において決せられるべきであるから、収容を必要とする特段の事情もないのに、苦痛 を伴う収容をすることは許されない」というものでした。

福岡高裁は、「収容に伴う自由の制限や、それによる精神的苦痛などの不利益は、収 容に必然的に伴うものとして、社会通念上金銭賠償による回復も可能とされ、又、そ れをもって満足するのもやむをえないところである。しかし、収容者の被る不利益 が、上記当然に予定されている程度を超えた場合には収容に伴って生じる損害ではな く、『回復の困難な損害』になると言うべきである」(「当然予定損害論」)と即時 抗告棄却決定の理由で述べていました。

抗告人の主張は採用されず福岡高裁で棄却となりました。そこで、抗告人は、相手方 の主帳および棄却決定した福岡地裁及び福岡高裁の論理を「通常損害基準論」ないし 「当然予定不利益論」として批判し、「行政事件訴訟法第25条2項にいう『回復困難 な損害』の解釈を通常損害基準論で行うことは重大な誤りであり、最高裁所による同 規定の適正な解釈基準が示されなければならない」と主張して抗告許可申立を行いま した。この許可申し立てについて、福岡高裁が不許可とせず、民事訴訟第337条第2項 の「法令の解釈に関する重要な事項を含む」ものに該当するとして許可したため、最 高裁での判断がなされることになりました。

原審の決定が是認され、これが最高裁の判断となりました。この最高裁決定は、結論 こそ福岡高裁の決定を追認したものですが、高裁の決定が、「退去強制令書の執行に よる収容は、出入国の公正な管理を図る見地から送還が可能となるまでの間、その身 柄を確保するとともに、本邦内における在留活動を禁止することを目的とするもので あるから、被収容者の不利益は収容に伴う不利益として当然予定されている」(「当 然予定損害論」)を前提としているのに対して、最高裁の決定は、「収容に伴い通常 予定される損害」「収容にともない当然予定される損害」という言葉を使わず「個々 のケースの損害を個々具体的に検討して判断する」というものです。本件について、 損害を個別・具体的に検討した結果、「回復困難な損害を避けるための緊急の必要性 がない」として認められないとされ、最高裁判所もこの高裁の抗告棄却の結論を是認 する判断を示しました。

本件では棄却決定とされて、収容の執行停止は認められませんでしたが、2002年2月 28日の最高裁第1小法廷の棄却決定のように「訴えの利益がない」という門前払いで もなく、また、「入管難民法の目的から、収容は被収容者にとって当然の不利益で、 『回復の困難な損害』に該当せず、収容停止の執行停止は認められない」と一律に判 断するのでもなく、「各損害を、個別・具体的に検討して判断する」ということを最 高裁が示した点に大きな意義があるのではないかと思います。したがって、別の事情 のあるケースについては、被収容者の損害が、個別具体的に検討の結果「回復困難な 損害」であると判断されれば、「収容の執行停止が認められることもありえるのでは ないかと思います。社会通念上金銭賠償による回復をもって満足することのできない 「回復困難な損害」の具体的基準のハードルを今後世論に働きかけ運動や裁判などで 人権優先で低くしていく事ができれば、最高裁の判断の枠組みの中でも、入管が仮放 免を認めず収容を続けているケースなどでは裁判所により、収容停止の執行停止が認 められていく可能性が増大していくと思います。


戻る