元中国残留孤児井上鶴嗣さんの再婚した妻の娘2家族7人の退去強制問題
―行政訴訟控訴審の争点―
中島真一郎
2004年12月23日
はじめに
本件訴訟の争点としては、以下の3つです。@控訴人7人のうち井上菊代さんと井上由紀子さんの入国経緯に重大な違法性、すなわち『日本人の実子であると偽装した』行為があったか否かという事実認定をめぐる争点、A 本件処分(法務大臣の裁定など)の先行処分である2001年11月5日の上陸許可取り消し処分が違法無効な処分であるか否かという争点、B、本件処分に法務大臣の裁量権の濫用逸脱があったか否かという争点です。
元中国残留孤児井上鶴嗣さんの再婚した妻の娘2家族7人の退去強制令書発付処分等取消訴訟控訴審の2004年10月18日の第4回口頭弁論で、福岡高裁の石塚裁判長は、「裁判所としては。これまで法務大臣の在留特別許可不許可処分に裁量権の濫用があったかどうかが本件の重要な争点と考えてきましたが、控訴人から提出された2004年10月15日付準備書面により、2001年11月5日の上陸許可取り消し処分の問題も本件の重要な争点であると判断しています。」とのべ、この訴訟が従来の法務大臣の裁決(在留特別許可の不許可決定)に裁量権の濫用の有無という争点に加えて、上陸許可特別処分も重要な争点であることを認めました。前者の争点は、在留特別許可の処分には、法務大臣裁決の濫用や逸脱の立証責任を被控訴人がしなければならず、被控訴人が繰り返し主張してきているように「法務大臣の広範な裁量権」という「厚い壁」があります。一方、上陸許可取り消し処分は、2004年の改正入管難民認定法の国会の法務委員会で増田法務省入国管理局長が「明白な不正や偽装が行われた場合にのみ、嫌抑的に行使してきた」と答弁しているように、「明白な不正や偽装」が要件となり、その立証責任は処分を行った被控訴人の側にあります。
控訴審では、原審判決の比較考量論にたって、「中国残留孤児の歴史性や政府の責任」「退去強制された場合の重大な影響、特に子どもへの影響」など被控訴人の有利な事情を評価判断せず処分を行ったことが裁量権の濫用逸脱になると主張・立証してきました。しかし、福岡高裁が2004年12月の第3回口頭弁論で、次回2004年2月23日の第4回口頭弁論で結審とする意向を示したため、立証方針を見直し、控訴人の入国経緯に重大な違法性がなかったことに立証の重点をおいて、この1年間主張・立証してきました。その結果、本件処分や原審判決の最大の根拠とされていた控訴人の入国時の提出文書に偽装はなく、「日本人実子」を偽装した事実がないことを立証するとともに、国会の衆参両議院の法務員会の議事録を証拠として提出し、本件処分に先行する上陸許可取り消し処分を本件訴訟の重要な争点とすることができました。控訴人の入国経緯に重大な違法性がなかったという事実の立証と、本件処分の先行処分となる上陸許可取り消し処分を争点として、本件上陸許可取り消し処分が、違憲な処分であったこと及び「明白な不正・偽装」の要件を満たさない「重大明白な瑕疵」のある違法で無効な処分であったことを立証することで、本件処分の「法務大臣の広範な裁量権」という「厚い壁」を崩すことをめざしてきました。本件訴訟は、2004年12月15日に結審し、2005年3月7日午後3時30分に判決言い渡しとなりました。この日には、日本人の実子の「偽装」等を理由とする上陸許可取り消し処分の違憲・違法性について裁判所として判断がなされます。以下、本件訴訟の3つの争点のうち、新たに主張立証してきた上陸許可取り消し処分の争点を中心に説明します。
(2004年12月15日第6回口頭弁論傍聴者用に作成した資料を、ホームページ用に一部修正・加筆したものです。
1、 上陸許可取消処分をめぐる争点
控訴人の準備書面10でも詳述しているが、本件の上陸許可取り消し処分の争点は、「日本人の実子」であるか、否かが争われているのではない。控訴人井上菊代さんの1996年の入国時と、井上由紀子さんの1998年の入国時に、被控訴人も認めている上陸許可取消処分の要件である「日本人の実子を偽装する明白な不正や偽装」が行われたのか、当該外国人の在留活動に関して実態調査権限のない入国審査官の行った任意調査やそれに基づく判断資料に、「日本人の実子を偽装する明白な不正や偽装」要件を裏付ける否定しがたい明白な客観的証拠が存在するのか否かが、本件上陸許可取り消し処分が違法であったか否かを判断する基準となる。
(1). 上陸許可取り消し処分の運用状況
上陸許可取り消し処分は、偽装変造旅券等の行使事案、その他の偽変造文書の行使事 案(偽造の在留資格認定証明書行使事案等)、上陸審査等における虚偽の申し立て事案(偽 装結婚、偽装日系人事案等)等を理由に、過去5年(1999-2003)毎年500件以上から 700件ほど行われてきている。
表1 過去5年間に上陸許可の取消しを行った国別統計と事案の概要
国籍別上陸許可取消件数(人)
■表1へ(注)取消件数には、上陸の取消以外に資格変更許可及び期間更新許可等の取消を含む(以下「上陸許可の取消」という)。また同一人が複数の許可を取り消される場合があるため、上陸許可等を取り消された人数を計上している。
事案 上陸許可等を取り消した事案としては、偽装変造旅券等の行使事案、その他の偽変造文書の行使事案(偽造の在留資格認定証明書行使事案等)、上陸審査等における虚偽の申し立て事案(偽装結婚、偽装日系人事案等)等がある。
出典 「2004年10月稲見衆議院議員の質問に対する法務省入国管理局の回答」より
(2)、新設された在留資格取消制度の趣旨
「これまで在留期間の途中において外国人の在留活動を調査する権限が入国審査官に与えられていなかったこともあり、上陸許可等の取消権の行使は謙抑的に行われてきた。そこで、公正かつ的確な出入国管理行政を実現するため、新たに入国審査官に実態調査権限を付与し、外国人の入国・在留目的、現在の在留状況を聴取させることにより対象となる者の利益保護により配慮しつつ、的確な事実認定を行い、取消権の行使に十全を期するとともに、取消の効果を遡及させず、任意の出国の機会を付与するなど取消の要件と効果を明定し、在留資格の取消制度を創設することとしたものである。」(被控訴人第6準備書面 ページ4 下から9行目から2行目まで)
なお、改正法22条の4 第1項各号のうち第1号から第4号までは、瑕疵ある行政行為として現行の上陸許可取り消し処分においても対象となりうるが、第5号は、行政行為の撤回であり、上陸許可取消処分の対象とならないとされる。
(3)、在留資格取消制度と現行の上陸許可取消処分の異同について
在留資格取消制度と現行の上陸許可取消処分の異同は、被控訴人第6準備書面第2の3などの記述により、@法的根拠について、前者は改正法22条の4の規定に基づくが、後者は法律の規定がなく、行政法の一般原則に基づいて行われている。A取消の対象と効果について、前者は当該外国人が現に有する「在留資格」を対象として取消すもので取消の効果が上陸許可時点に遡及せず、改正法22条の4 第1項各号のうち第1号から第2号に該当する場合には退去強制手続きが執られるが、第3号から5号に該当する場合には 30日を超えない範囲で出国猶予期間が指定され、その間に出国することができるのに対して、後者は、当該外国人が本邦に入国した際に付与された「上陸許可」を対象として取消すもので、その効果が処分時に遡及し、当該外国人は、入国審査官から上陸の許可を受けないで本邦に上陸した者となり、現行法24条2号(不法上陸者)に該当し、直ちに退去強制手続きが執られることになる。B取消手続きについて、前者は、法務大臣が在留資格の取消をしようとするときは、その指定する当該外国人の意見を聴取されなければならない(改正法22条の4の2項)とされ、当該外国人は事前に理由を付した通知がなされ、代理人を伴って反論することができるのに対して、後者は、明文の規定なく、意見聴取の定めもなく、当該外国人が何ら知らないところで処分が行われ、反論・防御する機会もない。C入国審査官の実態調査権限に関して、前者は、改正法に明文で、入国審査官に当該外国人に関する在留活動を調査する権限が付与されているが、後者には、付与されていない。
(4)、上陸許可取り消し処分の問題点上陸許可取り消し処分とは、「適法に在留している」外国人が、事実調査権も与えられて いない入国審査審官により、ある日突然上陸許可及び在留許可を、上陸許可時点に遡及して取り消され、「入国」時点から「不法」状態とされて、入国後日本で築いた経済―社会―教育などすべての生活基盤を喪失させられ、身柄を「収容」され、退去強制されるという重大な人権問題を含む処分である。
@ 法律上の根拠がなく、行政法一般の解釈のみで行われている
A 入国審査官には事実調査権が法令上与えられていないのに、第三者の通報(いわゆる密告)により、任意調査を名目に関係者を調査し、当該外国人に知らせないまま 摘発する手法で行われている。
B 「適法に在留している」外国人に対しての事前の聴取も、事実調査もなしに行われる処 分であること。
C 「明白な偽装や不正」という抽象的な要件を入管が一方的に設定して恣意的に行われていること。
D 「収容」を伴うという重大な処分であるにもかかわらず、第三者機関(例えば裁判所など)のチェックを一切受けずに、入国管理局の判断のみで行えること
E 処分を受けた外国人には、収容後の退去強制手続きにおける異議申し立てしか認められておらず、十分な防御や反論が行える適正な手続が保障されていない
(5)、上陸取り消し処分の違憲性と、合憲かつ適法であるために求められる 厳格な要件
新設された在留資格取り消し処分改正法22条4の第1項の1号から5号のうち、1号から4号は、従来からの上陸許可取消処分においても対象となりうるとされている。在留資格取消処分には、実態調査権が入国審査官に付与され、的確な事実調査が行われ、被処分者には事前の通知や防御・弁解の機会が与えられる。一方、遡及的効果があり人権上重大な影響を与える上陸許可取消処分には、入国審査官には、実態調査権が与えられておらず、任意調査に基づくだけであり、被処分者には事前の通知・弁解・防御も認められないという明らかで、かつ著しい不均衡が存在する。このような上陸許可取消処分は、違憲である。また、仮に上陸許可取消処分が違憲でないとして、被処分者に人権上重大な影響を与える上陸許可取消処分が、入国管理局による恣意的な濫用を防ぎ、合憲であるためには、その要件の内容面で「明白な不正や偽装が存在した」という厳格な要件に合致すること、手続面でも入国審査官に実態調査権がなく、当該外国人には事前の通知がなく、反論―防御することも認められずに行われる処分である以上、入国審査官の任意調査によってえられた処分の根拠とされた証拠は、否定しがたい「明白な不正や偽装」を証明する客観的な証拠でなければならない。
(6)、 在留特別許可の運用状況
1993年から2002年の最近10年間で、在留特別許可者総数は、15倍(1993年と2003年の比較では約20倍)に増加している。特に、在留特別許可者総数は、1997年1406人から2000年6930人にかけて急増している。最近3ヵ年では、毎年5千人から7千人程度の正規の在留資格を持たない外国人が在留特別許可を得て、合法化されているが、その主な理由は日本人との結婚である。
最近10年間(1993年―2002年)の在留特別許可総数及び退去強制事由別在留特別許可者数の推移
表2 在留特別許可者総数及び退去強制事由別在留特別許可者数の推移(人)
■表2へなお、2003年の在留特別許可者は10372人と2002年に比べて3377人増加と大幅に増加している。
@「不法入国・不法上陸」から在留特別許可を得た者 A 「不法残留」から在留特別許可を得た者 B 「刑罰法令違反等」から在留特別許可を得た者
注) 入管は、在留期間を経過して更新・変更申請した場合に、2ヶ月未満の遅延であれば、退去強制手続きに付されず、「特別受理」する運用を行っていたが、2002年秋から在留期間を経過した遅延者には、すべて退去強制手続対象者として在留特別許可を与える運用に変更した。そのため、2002年の在留特別許可6995人のうちA「不法残留」から在留特別許可を得た者5726人には、その分を含んでいるので多くなっている。2ヶ月未満の遅延者を除くと実際は、2001年と同程度の5千人台と推定される。
(7)、本件との類似事例での在留特別許可の実例
ア、「再婚した配偶者の子(「継子」)で、未婚未成年である」という入管法の「定住者」告示に該当しないケースでの在留特別許可が認められたケース 他にも存在すること
@ 元中国残留邦人と同行して国費で帰国した家族のなかには、「実子」以外にも6歳以上の「養子」や未婚未成年でない「継子」の家族も認められていたこと
(※ 2004年5月24日 厚生労働省との協議での小林室長の答弁より)
A 2000年11月8日に在留特別許可が認められた元中国残留婦人の再婚した配偶者の子(「継子」)である埼玉県在住の家族4人のケース
2000年11月8日 毎日新聞の記事より)
B 2003年6月20日に在留特別許可を認められた元中国残留孤児の再婚した配偶者の子(「継子」)である大阪市在住の2家族9人のケース
(2003年6月21日 朝日新聞の記事)
C 2004年1月 滋賀県在住で日本人男性と再婚したペルー人妻の娘(「継子」)の家族3人のケース
(2004年1月21日 毎日新聞の記事)
イ 入管法の「定住者」告示に該当しないケースでも、 家族の結合を重視して、定住者の在留資格を付与したケース、及び特定活動の在留資格が与えられたケース
@ 在留資格のないミャンマー人夫とフィリピン人妻及び子どもの家族に、2004年3月9日に在留特別許可
A 日本人と再婚したタイ人祖母の養子となった6歳以上のタイ人少女に在留資格の延長が認められ、特定活動の在留資格の付与がなされたケース
(8)、 本件が、上陸許可取り消し処分の要件に該当しない場合の取扱い
ア、 2004年12月2日施行の入管法改定前の取り扱い
上陸許可取り消し処分の要件に該当しない場合には、控訴人は、適法な在留外国人として在留している。在留期間満了前の更新申請が行われたとき、「日本人の実子」でないことを理由として「日本人配偶者等」の更新ができない旨を控訴人へ伝え、合法的な在留者として帰国を促すことになる。控訴人らがそれでも在留を希望する場合に「定住者」への在留資格の変更申請が可能であることを説明する。控訴人からの「定住者」への変更申請に対して、「日本での定着性」が認められる場合には、「定住者」の在留資格が与えられるが、認められないときは申請が不許可となる。そして、在留期間を経過して控訴人が帰国に応じない場合には、退去強制手続となり、控訴人はその過程で異議申し立て、法務大臣への在留特別許可の申請を行うことになる。
イ、 2004年12月2日施行の在留資格取り消し制度による運用での取り扱い
控訴人にたいして事前に事情を聴取し、入国審査官が事実調査を行い、「日本人の配偶者 等」の在留資格に該当しないことが明らかになった場合に、在留資格取り消しを行い、任 意の出国を期限を定めて帰国を促す。控訴人らがそれでも在留を希望する場合に「定住者」 の在留資格の変更申請が可能であることを説明する。控訴人からの「定住者」への変更申 請に対して、「日本での定着性」が認められる場合には、「定住者」の在留資格が与えられ ますが、認められないときは申請が不許可となる。そして、在留期間を経過して控訴人が 帰国に応じない場合には、退去強制手続となり、控訴人はその過程で異議申し立て、法務 大臣への在留特別許可の申請を行うことになります。
(1)、(2)いずれの場合も、控訴人は在留期間内は適法な在留資格者として扱われ、控訴人らが、日本での在留を引き続いて希望する場合には、「定住者」への変更申請が可能で、その審査、そしてその申請が不許可となった場合には、退去強制手続きの過程で異議申し立てと法務大臣への裁定(在留特別許可)を求めることが可能である。
ウ、 本件は、在留特別許可取得の蓋然性の強い
本件法務大臣裁決処分や退去強制令書発付処分の前提となっている「日本人の実子」を偽装 した事実がなかった本件においては、原審判決も認定しているように「日本人父親との継父子関係があること」「家族の実体があること」「来日後平穏に暮らしてきたこと」など有利な事情として考慮され、日本での定着性が認められ、「定住者」の在留資格への変更が認められるか、仮に「定住者」の在留資格が不許可とされても、退去強制手続きの過程で、2003年6月に大阪入管より在留特別許可が認められた元中国残留孤児の再婚した妻の子どもである2家族9人と同様な在留特別許可による「定住者」の在留資格が得られる蓋然性が強い。
3、 本件上陸許可取消処分の違法性
(1)、本件上陸許可取り消し処分が行われた2001年11月5日時点で、被控訴人が保有する判断資料の検証
本件上陸許可取り消し処分が行われた2001年11月5日時点で、被控訴人が保有する判断資料のうち証拠として提出されているものは、以下の1から4のとおりである。
@ 控訴人井上菊代さんが1996年入国時に被控訴人に提出した出生公証書、親族関係公証書、 井上鶴嗣さんの 身元保証書など提出書類
A 控訴人井上由紀子さんが1996年入国時に被控訴人に提出した出生公証書、親族関係公証書、井上鶴嗣さんの 身元保証書などの提出書類
B 1998年井上鶴嗣さんが被控訴人と交わした電話記録
C 2001年8月15日の入国審査官による任意調査時の井上鶴嗣さんの事情聴取記録 また、被控訴人の第6準備書面により、 新たに明らかにされた2001年11月5日時点で本件上陸許可取り消し処分の判断資料とされた文書は、以下の2つである。
D 1998年(平成10年)12月2日付第三者甲の手紙の和訳文
E 平成11年1月28日付 第三者甲の事情聴取記録
以上の判断資料のうち、@、Aの提出書類及びBに、何らの偽造も不正もなかったことについては、控訴人が提出した準備書面10において詳しく述べている。また、被控訴人も@及びAの提出書類が「日本人井上鶴嗣の実子を偽装した虚偽内容の」文書であるとの主張を変えていないが、被控訴人が日本人の実子であることを判断するための資料である出生公証書や親族関係公証書に、偽装や偽造があったとする具体的な立証をなしえていない。また、新たに主張されてきたDとEについては証拠として提出されていないので、現時点で判断できない。被控訴人の第6準備書面第3で、その処分の判断資料となり、その根拠として主張されているCについて、以下反論する。
(2)、 「2001年8月15日の入国審査官による任意調査時の井上鶴嗣の事情聴取記録」(乙第103号証)を判断根拠とする被控訴人の主張へ批判
被控訴人は、第6準備書面において「井上鶴嗣は、当初、被控訴人孫忠梅の出生に関して虚偽の供述を行っていたが、聴取担当官から同控訴人の生年月日等について疑義が呈されたことから 」と記載している。また、「1993年ころ、控訴人孫忠梅を日本に呼び寄せるための手続きを行ったが、『私(鶴嗣)と血がつながっていないからダメ』といわれ、不交付処分となった」と記載しているが、井上鶴嗣は、「私と姓が異なっていたからダメ」といわれた一貫して主張しており、「私(鶴嗣)と血がつながっていないからダメ」という記載は、被控訴人の予断と偏見による誘導と作文である。
さらに、「その後から同控訴人の氏名を変更し、鶴嗣の実子として血がつながったような書類ができたので、再度申請したところ入国許可が出たこと」と記載しているが、「井上鶴嗣は、姓が自分と同一でないと入国が許可されないと信じて、控訴人孫忠梅の姓を変更するように控訴人孫忠梅に伝え、同控訴人が姓を孫に変更したことが真実であり、鶴嗣の実子として血がつながったように偽装するために姓を変更したものではない。鶴嗣と継父子関係にある控訴人孫忠梅が、鶴嗣と同じ姓である孫に変更することは、中国の法制や出生公証書の実務として何ら違法でも偽造でもなく、合法的に認められている行為である。さらに、被控訴人も、控訴人孫忠梅を退去強制手続きのなかで、孫忠梅という姓名が記載された旅券を偽造とみなさず有効なものと認め、「不法入国」としてではなく、「不法上陸」として認定していることからも、控訴人孫忠梅の姓名の変更行為が違法なものでなかったことを自ら認めている。従って、被控訴人の「その後から同控訴人の氏名を変更し、鶴嗣の実子として血がつながったような書類ができたので、再度申請したところ入国許可が出たこと」との記載もまた、被控訴人の予断と偏見による誘導と作文である。
さらに、「控訴人孫忠芬については、正確な本来の名前は知らないが、鶴嗣と血がつながったよう名前になっており」という記載についても、「井上鶴嗣は、姓が自分と同一でないと入国が許可されないと信じて、控訴人孫忠芬の姓を変更するに伝えたにすぎず、井上鶴嗣の実子として血がつながったように偽装するために姓を変更したものではない。鶴嗣と継父子関係にある控訴人孫忠芬が、鶴嗣と同じ姓である孫に変更することは、中国の法制や出生公証書の実務として何ら違法でも偽造でもなく、合法的に認められている行為である。従って、「控訴人孫忠芬については、正確な本来の名前は知らないが、鶴嗣と血がつながったよう名前になっており」という記載もまた、被控訴人の予断と偏見による誘導と作文である。
被控訴人は、「控訴人らが血縁関係があるとしていた井上鶴嗣という極めて重要な人物に対して詳細な事情聴取した結果、控訴人孫忠梅、同孫忠芬いずれも鶴嗣の実子ではなく、井上琴絵と前の夫の間に出生した連れ子であり、鶴嗣と血縁関係がないのに実子と偽装して虚偽内容の書類を提出し、本邦に入国したことが判明した」と記載している。しかしながら、控訴人は鶴嗣の実子ではなく、井上琴絵と前の夫の間に出生した連れ子であることを入国申請の提出書類で隠しておらず、鶴嗣の実子でないことは、鶴嗣の戸籍謄本に記載された井上琴絵との婚姻期日と、控訴人孫忠梅、同孫忠芬の出生証明書の生年月日により明らかにしている。したがって、控訴人孫忠梅、同孫忠芬は、「鶴嗣と血縁関係がないのに実子と偽装して虚偽内容の書類を提出し、本邦に入国したことが判明した」という記載は事実誤認であり、控訴人孫忠梅、同孫忠芬は、「日本人井上鶴嗣の実子」を偽装して、これに関する虚偽内容の書類を提出していない。したがって、被控訴人の「控訴人らに対する上陸許可が法7条1項2号に規定された上陸の条件に適合せず、偽り、不正が明白な事案であることが判明した」との処分理由の記載は、重大な瑕疵のある誤った判断であり、上陸許可取り消し処分の要件である不正が明白な事案に該当しない。
以上から、「2001年8月15日の井上鶴嗣からの事情聴取」の資料は、上陸許可取り消し処分を合法化する根拠とはなりえない。
(3) 第三者甲のD,Eの資料について、
なお、第三者甲のD,Eの資料は、証拠として提出しておらず、その内容が不明である。証拠として提出されていない以上、第三者甲のD,Eの資料は本件訴訟の証拠となりえない。また、仮に第三者甲の資料D及びEに、控訴人らが「日本人の実子でないこと」あるいは、「日本人実子を偽装して入国した」ことの証言があったとして、甲は第三者であり、本件上陸許可取り消し処分の要件となる「日本人の実子を偽装する明白な不正や偽装が行われたことや、それを裏付ける否定しがたい客観的証拠となりえない。なぜなら、上陸許可取り消し処分の要件である「明白な不正や偽装が行われた」とする判断は、控訴人らの1996年と1998の入国時点での行為であって、控訴人らに客観的な偽造文書や偽装行為がない本件では、上陸許可取り消し処分を合法化する客観的な証拠とはなりえないからである。
4、本件事件の本質
本件事件の本質は、被控訴人が、実父子関係と継父子関係を区分けせずに子として取り扱っている中国の法制や公証書の実務に対する無知と無理解にある。即ち、被控訴人は、中国残留日本人の家族の呼び寄せの申請に対する審査に際して、日本人との実子であるか否かの判断を、出生の事実を示す証明を目的に作成され、血縁関係の有無を証明するものでない子の出生公証書に求め、「子が父親の中国姓と同一の姓であるか」という判断基準のみで、実子であることを認める審査を行ってきた。被控訴人が実父子関係と継父子関係を区分けせずに子として取り扱っている中国の法制や出生公証書の実務を理解していれば、実子と継子の区別は、元中国残留邦日本人の戸籍謄本に記載されている中国人配偶者との婚姻期日と、子の出生証明書に記載された生年月日を比較すれば容易に判断可能である。また、被控訴人が主張するように仮に事実婚のケースが含まれうるとしても、中国残留日本人などから事情聴取を行って確認するか、中国残留日本人が父親の場合には、法務省通達「日本人の実子を扶養する外国人の親の取り扱いについて」 (1996年7月30日)で「日本人実子には、――(中略)――である。日本国籍を有しない非嫡出子については、日本人から認知されていることが必要である」との要件をつけていると同様な要件で審査すれば容易ににもかかわらず、被控訴人は、「子が父親の中国姓と同一の姓であるか、異なっている」という判断基準のみで実子か否かを判断するズサンな審査を行っていた。その結果、中国残留日本人の実子ではない、継父と同じ姓に変更した継子とその家族も、実子とみなされて上陸許可が認められ入国できたのである。また、中国残留日本人の実子を偽装する中国人家族が多数入国していることが明らかになった後は、被控訴人は、「日本人との血縁関係のない事案」や「中国残留日本人の姓と同一の姓に入国前に変更した事案」をすべて「日本人の実子を偽装した明白な不正や偽装が行われた事案」とみなして、上陸許可取り消し処分を行い、入管施設に収容し、退去強制手続きをとるという二重の誤りをおかしている。日本人の実子でない控訴人ら7人が、入国できたのは被控訴人のズサンな審査の結果であり、控訴人ら7人の入国経緯に重大な違法性はない。
5、結論
以上から、控訴人らへの2001年8月15日の上陸許可取り消し処分は、「明白な不正や偽装が行われた事案」という上陸許可取り消し処分の要件に該当せず、本件上陸許可取消処分は、違法な処分として無効である。先行処分たる上陸許可取り消し処分は無効であるから、後行処分たる本件法務大臣の裁決(在留特別許可不許可)と主任審査官による退去強制令書発付処分は、裁量権を逸脱濫用した違法な処分となる。それゆえ、原審判決は取り消されなければならない
戻る |