コムスタカ―外国人と共に生きる会
入管政策について
ナイジェリア人夫に対する2007年2月22日福岡高裁控訴審判決の意義と影響
(平成18年(行コ)第5号 退去強制令書発付処分取消等請求控訴事件)
中島真一郎(コムスタカ−外国人と共に生きる会)
2007年3月17日
一、はじめに
2007年2月22日の福岡高裁控訴審(退去強制令書発付処分等取消訴訟)判決で、敗訴した原判決を取消す逆転勝訴判決をえたナイジェリア人夫(以下、Aさん)は、2007年3月9日午前中に、福岡入管審判部の職員から在留資格を付与するとの連絡をうけました。
3月9日が最高裁への上告期限でしたが、被控訴人(福岡入国管理局長ら)は、2月22日の福岡高裁判決を受け入れ、最高裁への上告を断念しました。この結果、福岡高裁判決が確定しました。Aさんには、福岡入管から3月15日、「日本人配偶者等」の在留資格(在留期間1年)が付与されました。
Aさんが熊本県警に逮捕された2005年1月5日から約2年2ヶ月余り経過しましたが、Aさんと日本人配偶者である妻(以下、Bさん)の二人の愛が、入管や司法の厚い壁をうち破り、待ち望んでいた日本での夫婦としての同居を実現させました。
現在、同様な悩みや問題を抱えて苦しんでいる外国人配偶者と日本人配偶者のカップルが多数存在しています。
2007年2月22日の福岡高裁判決の確定は、同様な問題に直面している外国人配偶者等に対する入管の裁決の見直し基準や、在留特別許可の運用基準にも今後大きな影響を与えていくと思われます。
また、運動面でも、「裁判で闘っても勝つことはない」「原審で敗訴すると、高裁で逆転できない」「高裁で勝っても、国は最高裁へ上告し、最高裁で逆転される」という常識を覆し、大きな組織や団体の支援、マスコミの協力などが期待できないケースでも、当事者のがんばりと少数の支援体制で、司法的救済手段を通じて目的を達することができるという先例となりました。
このケースでは、原審の福岡地裁の段階では、原告本人は大村入国管理センターに1年1ヶ月収容され出席できず、代理人の弁護士一人、傍聴者がその妻と支援の私一人という法廷がしばしばありました。控訴審では、支援者もやや増え、傍聴者も10数名になりましたが、それでも支援体制は弱体でした。原審敗訴判決の際に、マスコミ数社による報道はありましたが、控訴審判決時までに事前取材は無く、判決当日の法廷取材は1社のみで、マスコミを通じて世論に訴えていくこともできませんでした。大きな組織や団体の支援も皆無で、原告とその妻の当事者二人と、弁護士一人、少数の支援者という最小の支援体制でしたが、裁判闘争を支え、勝訴判決を得て、在留特別許可を得るという最大の成果を挙げることができました。
ニ、逆転勝訴判決が言い渡されました。
2007年2月22日(木曜日)午後1時10分に、福岡高等裁判所502法廷で、Aさんの退去強制令書発付処分取消訴訟控訴審判決公判がひらかれ、福岡高等裁判所第一民事部 (丸 山 昌 一裁判長)は、「主文 1、原判決を取り消す。2、被控訴人、福岡入国管理局長が平成17年3月15日付けで控訴人に対してした出入国管理及び難民民定法49条1項に基づく控訴人の異議の申出は、理由がない旨の裁決は取り消す。3、被控訴人福岡入国管理局主任審査官が平成17年3月16日付けで控訴人に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。4、訴訟費用は、第1、第2審とも被控訴人らの負担とする」と控訴人逆転勝訴の判決を言い渡しました。
長崎県大村市内や長崎県内から、控訴人夫婦、その支援者、福岡県内や熊本県内各地から約20名ほどが傍聴に集まりました。裁判長は、開廷後、判決主文を読み上げて閉廷を宣言し退出しましたので、その間3分間ほどでした。「原判決を取り消す」との最初の言葉を聞き、勝訴できた喜びをかみしめながら、傍聴者は静かに聞いていました。閉廷後、控訴人夫婦、控訴人代理人の弁護士、支援者らで逆転勝訴の喜びを分かち合いました。
そして、福岡県弁護士会館2階会議室で、報告集会を開きました。代理人弁護士が、判決文を入手してその内容を解説してくれました。判決文は、A4 14ページの比較的簡単なものでした。
三、これまでの経緯
日本人女性と交際していたAさんは、婚姻に反対する日本人女性の父の警察への通報により旅券不携帯の容疑で2005年1月に熊本県警に逮捕されました。日本人女性は、逮捕後数日して婚姻届を提出し受理されました。その後、同年3月上旬にAさんには、入管法違反の刑事裁判有罪判決が確定し、身柄を福岡入管へ移送されました。
日本人妻(Bさん)との婚姻を理由に在留特別居許可を申請しましたが、二人の交際期間が数ヶ月と短く同居もしていないことなどから、在留特別許可が認められず、同年3月中旬には退去強制令書が発付されました。そして、福岡入管の収容施設から長崎県大村市の大村入国管理センターに移送されました。
Aさんは、2005年4月に福岡地裁に退去強制令書発付処分取消訴訟を提訴しました。原審(福岡地裁)は、2006年1月に「原告(Aさん)の請求を棄却する」というAさんの敗訴判決となりました。Aさんは、この判決を不服として福岡高裁へ控訴しました。同年2月に大村入国管理センターが3回目の仮放免申請を許可し、逮捕から13ヶ月、大村入国管理センターに移送されてから11ヶ月ぶりにAさんが仮放免され、仮放免許可の条件下ですが、夫婦が同居して暮らせるようになりましたが、妻の病気が悪化し、自殺未遂を繰り返すようになりました。
控訴審では、これまで5回の口頭弁論がひらかれ、夫婦の婚姻の真摯性とともに妻の病状や夫の退去強制の妻への影響が最大の争点となり、控訴人が申請した2人の証人(妻の医師、妻)と控訴人本人の証人・本人尋問申請が裁判所から認められ、同年9月に証人調べ等が行われました。そして、同年10月の第4回口頭弁論をへて、同年12月の第5回口頭弁論で結審しました。
四、控訴審判決の意義と影響
(1) 被控訴人(入管)の主張、
「在留特別許可に係る法務大臣等の裁量は極めて広範であるから、本件裁決等が違法であるというためには、不法に在留している者についてなお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由が存することが必要であるところ、本件においては、前記のとおり、控訴人と節子の婚姻の具体的関係に照らし、控訴人にそのような積極的な理由は何ら認められず、控訴人に在留特別許可を付与しなかったことに何ら裁量権の逸脱や濫用はない。なお控訴人は、仮放免後の妻との同居、妻の病状悪化などにつき種々主張するが、行政処分の違法性判断の基準時は当該処分時あり、これらはいずれも本件裁決後の事情であるから、これを考慮すべきではない。」
(2) 控訴審判決の意義
控訴審判決は、以下の(1)から(3)に関して、被控訴人の主張を斥け、入管の処分を違法として取り消したことに、大きな意義を持っています。
@ 入管法の違反状態の上に築かれた婚姻関係であっても、憲法第24条(両性の婚姻の平等)や国際人権規約B規約第23条(家族の保護)の規定に照らし、国家においても、在留関係についても相応の配慮をすべきことが要請されるとして、入管法の違反の事実よりも、婚姻関係の保護を優先すべきであるという判断をしめしたこと、
A 婚姻期間の長短や同居の有無を基準に婚姻の真摯性を評価し、在留特別許可を付与する判断をしていた入管の運用のあり方を批判し、「婚姻期間の長短や同居の有無を婚姻の真摯性を判断するための決定的基準となるものではい」と判断したこと。
B 「行政処分の違法性判断の基準時は当該処分時であり、本件裁決後の事情は考慮されるべきではない」という行政法の判例や通説で定着している 「処分時」説を斥け、婚姻関係の実体の評価を処分前の事情だけでなく処分後の事情も含めて評価すべきとしたこと。
(3) 確定した控訴審判決の影響
2007年2月22日の福岡高裁の控訴審判決は、 同年3月10日に被控訴人の最高裁への上告断念により確定しました。
現在、逮捕や摘発後に婚姻届を提出し、同居期間がないか短いために在留特別許可が得られず、日本人配偶者等が存在するにもかかわらず、退去強制令書が発付され、入国管理センターなど入管の収容施設で長期収容されている外国人が数多く存在します。
今後、本件と同様なケースに適用できる可能性が高まり、入管のこれまでの在留特別許可の判断基準や運用、退去強制令書発付処分後の裁決の見直し(再審)の運用基準に大きな見直しを迫ることになると思われます。
資料 福岡高裁判決
※ 高裁判決の引用部分は、原告とその妻の名前は匿名にするなどそのプライバシー保護に配慮して一部修正しています。
1、原審福岡地裁判決( 平成17年 行ウ 第14号) 結論
「以上によれば、原告には日本人配偶者がおり、その父親とも現在良好な関係が築かれつつあること、不法残留の他に原告が本邦において犯罪などを行った事実認めるに足りる証拠はなく、原告は本邦において概ね平穏にくらしていたとうかがわれること、原告がナイジェリアに帰国した場合、病気と診断されている日本人配偶者に精神的苦痛を生じさせることなど、原告に有利に考慮される事情があるとはいえるものの、他方、原告と日本人配偶者の婚姻関係は、短期間である上、未だ同居生活を送るに至っていないこと、原告の在留状況は、必ずしも良好とは言い難いこと、原告がナイジェリアに帰国することが原告及び日本人配偶者にとって著しい不利益であるとは言い難いこと、B規約や憲法の各規定も同居生活等を不可能あるいは困難にするような行為を一切禁じたものではなく、正当な理由に基づく行為によって同居生活等が不可能あるいは困難になったとしても、それはやむを得ない事柄であるとして許容する趣旨であると解されることなどからすると、B規約等精神や趣旨を考慮しても、原告の在留特別許可を付与しなかった被告福岡入管局長の判断は、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が社会通念に照らして妥当性を欠くことが明らかであるとはいえず、裁量権の逸脱又は濫用の違法があるとは認められない。」
2、争点ア ――被告福岡入管局長の裁量権の濫用又は逸脱の有無に関して
(1)控訴人の主張
「まず、本件の判断の枠組みとしては、国際人権条約や憲法の規定の趣旨・精神を十分に考慮したうえで、控訴人に有利な事情と不利な事情とを比較衡量して之を行うべきであって、単に、法務大臣等の自由裁量論を前提とした残留を認めるべき積極的な理由があるかどうかによって行うべきではない。そして、控訴人と妻との婚姻が、控訴人の在留資格目的のためになされたものではなく、極めて真摯な情愛に基づくものであることは明白であること(婚姻期間の長短、同居の有無は婚姻関係の真摯性を判断するための形式的な基準にすぎず、現時点では、同居し、また婚姻期間も短期であるとはいえない)、控訴人の本邦在留が極めて平穏かつ善良であったこと、(素行の善良性は、法律違反や素行不良の有無によって判断されるべきであり、控訴人の残留継続の経緯を考慮するとしても、良好でないと評価することはできない)。 妻は、病気のため長時間の飛行に耐えられず、ナイジェリアには適切に治療する医療機関は存在せず、控訴人がいったんナイジェリアに送還された後は、半永久的に本邦への入国が不可能となるなど本件処分の執行の結果、控訴人及び妻が受ける苦痛・不利益は甚大であることに照らせば、在留特別許可付与せずになされた本件裁決等には、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を逸脱又は濫用した違法がある。会に残留に積極的な利湯が必要であるとの見解をとったとしても、同様である。」
(3)、控訴審での被控訴人(福岡入管局長)の主張、
「在留特別許可に係る法務大臣等の裁量は極めて広範であるから、本件裁決等が違法であるというためには、不法に在留している者についてなお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由が存することが必要であるところ、本件においては、前記のとおり、控訴人と妻の婚姻の具体的関係に照らし、控訴人にそのような積極的な理由は何ら認められず、控訴人に在留特別許可を付与しなかったことに何ら裁量権の逸脱や濫用はない。なお控訴人は、仮放免後の妻との同居、妻の病状悪化などにつき種々主張するが、行政処分の違法性判断の基準時は当該処分時あり、これらはいずれも本件裁決後の事情であるから、これを考慮すべきではない。」
(4) 控訴審判決での裁判所の判断
ア、 控訴人と妻との婚姻関係
「本件裁決当時においても、両名の婚姻関係は真正かつ真摯な情愛に基づく実体を伴うものであったと認められる」
「この点、被控訴人らは、必ずしも真摯な愛情のみに基づく婚姻と評価するに足りないと主張するが、控訴人と妻との婚姻がもっぱら控訴人の在留資格取得目的のためになされたものであることを認めることは到底できない。」
「また、被控訴人らは、本件裁決までの婚姻関係の経緯に照らし、夫婦としての実体が十分に備わっていたと評価することはできないとも主張する。確かに、本件裁決まで、控訴人と妻との婚姻期間は約2ヶ月余りであり、交際期間を含めて約5ヶ月という短期間であり、しかもこの間一度も同居したことがなかったのである。しかしながら、必ずしも婚姻期間の長短、同居の有無が婚姻関係の真摯性を判断するための決定的基準となるものではないし、また、上記事実を持って直ちに保護に値する夫婦としての実体が備わっていないということもできない。のみならず、本件裁決後の事情とはいえ、既に、9ヶ月余り同居し、又、婚姻期間も約2年近くなるものである。」
「さらに、被控訴人らは、控訴人と妻との関係はそもそも、控訴人の不法残留の継続という違法状態の上に築かれたものであって、当然に法的保護に値するものではないと主張する。しかしながら、憲法24条は、婚姻は、夫婦が同等の権利を有することを基本とし、相互の協力により維持されなければならないと規定し、また、日本政府が締結・B規約 23条も、家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有し、婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻し、かつ家族を形成する権利は認められると規定していることに照らせば、日本国の国民が外国人と婚姻した場合には、国家においても当該外国人の在留状況、国内・国際事情などに照らし、在留を認めるのを相当としない事情がない限り、両名が夫婦として互いに同居、協力、扶助の義務を履行し、円満な関係を築くことができるようにその在留関係についても相応の配慮をすべきことが要請されているものと考えられる。」
イ、控訴人の帰国の影響
「控訴人の一人の帰国に限っていえば、――― 帰国しても生計を維持することは十分可能であり、特段の問題は、存しない。しかしながら、控訴人の妻の病気の状況などに照らせば、そもそも妻がナイジェリアまで無事と渡航できるのかはなはだ疑問であるし、仮に渡航できたとしても、言葉や文化も全く異なる異国の地で無事平穏に生活できるものでないことは明らかであり、他方、控訴人が一旦帰国した場合は、本邦への再上陸は事実上不可能と考えられるのであり、(控訴人は懲役1年以上の有罪判決が確定しているため、入管法5条1項4号所定の上陸拒否事由者に当たる)これらの点に照らせば、控訴人がナイジェリアに帰国を強いられることは、婚姻関係の決定的な破壊を意味し、妻と控訴人にとって極めて著しい不利益であることは論をまたないというべきである。」
ウ、控訴人の在留状況
「確かに控訴人は、適法に本邦に入国したものの、在留期間が終了することを認識しながら、同期間経過後も本邦に残留したうえ、帰国のための費用相当額を貯めて帰国することが十分可能となってからも、不法残留を継続したものであって、強く非難されるべきは当然である。
しかしながら、控訴人が過去に強制退去をうけたことがないことはもとより、本邦に残留している間は、前記のとおり、まじめに就労し、生活をしていたものであり、不法残留の他に犯罪を行ったあるいは、これに準じる素行不良があったことを認めるに足りる証拠は無く、控訴人は本邦において概ね平穏に生活していたものということができるのであるから、不法残留の点を過大に評価するのは相当ではない。そして、控訴人において、他に、在留状況、国内・国際事情等にてらして在留を認めるのを相当としない事情があることは窺えない。
エ、 小活
以上の点を合わせて考慮すれば、被控訴人福岡入管局長がした本件裁決は、控訴人と妻の婚姻関係の実体についての評価において明白な合理性欠くものであり、また、前記のとおり、在留関係についても相当の配慮をすべきことが求められる両名の真摯な婚姻関係に保護を与えないものとなるのであって、社会通念にてらして著しく妥当性を欠くものであるから、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法があるというべきである。
2、争点イ(本件退令発付処分の違法性の有無)について
「入管法49条6項は、主任審査官は、法務大臣から異議の申出が理由のないと裁決した旨の通知を受けた時は、すみやかに当該容疑者に対し、その旨を知らせるとともに、入管法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならないと定めている。そうすると、本件退令発付処分は、本件裁決を前提とするものであるから、本件裁決が違法である以上、これに基づく本件令発付処分もまた違法なものというべきである。」
結論
よって、控訴人の各請求はいずれも理由があるからこれらを認容すべきであり、これと異なる原判決を取り消して、被控訴人らの本件裁決等を取り消すことして、主文のとおり判決する。