日本人父親の婚内子として出生しながら、
日本国籍を取得できない国際児の問題 (その2)
------婚内子として推定される、国外で生まれ、国籍留保しなかった子には、
日本人父親の戸籍への父子関係の記載表記ができない問題-------
中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)
1、 事例内容
フイリピン女性Bさんの二人の子のうち最初の子は、婚姻前にフィリピンで生まれ、日本人父と日本人母親が結婚して来日するも、日本での出生届けが出されませんでした。 そして、二人目の子を妊娠中に協議離婚し、フィリピンへ帰国して出産しました。2番目の子は、離婚後300日以内に出生しているため、民法上「嫡出推定」の規定が適用され日本国籍を取得できますが、3ヶ月以内に国籍留保届けを出さなかったため国籍を取得できませんでした。むろん、日本人父は、日本での2番目の子の出生届も提出していません。相談は、二人の子の認知と養育費請求でした。 熊本家庭裁判所で、2000年3月14日離婚後に300日以内に国外で生まれ婚内子として推定されるが、3ヶ月以内に国籍留保しなかった子にも、認知の審判がなされました。 |
熊本家裁は、1999年10月の申立時点では、2番目の子は、認知は必要なく、出生届けを提出すれば
国籍取得ができるのではないという考えでしたが、熊本法務局は、「国籍留保期間が過ぎており遅れる
ことの正当事由に該当しないので、出生届は受理できない」との見解で、子二人の認知の調停申立を行いました。
調停の結果、日本人父親との合意により、子の二人の認知について家事審判法23条の合意による審判となる予定でした。
1番目の子の認知の審判はみとめられましたが、2番目の子については法務局が戸籍への記載ができないとしたため、
家裁の裁判官が認知の審判ができるか検討することになりました。
法務局は、「離婚後300日以内の『嫡出推定』の働く子については、婚姻中の子として扱われ、認知の記載はそもそもありえない。
また、国籍留保がなされていない以上、日本国籍も取得できないので、父親の戸籍への記載はありえない。
従って、このようなケースでは、出生の事実を記載する表記もないので戸籍への記載方法はない。』として、
2番目の子の認知の戸籍への記載はできないという見解でした。
その上で「今回のケースの場合、認知の調停申立をされ合意となっても、戸籍への記載はできないので、
むしろ『嫡出推定』の規定から父子関係があるという前提で、父子関係がないという証明は父親側にあると考えて、
養育費などの請求ができるのではないか」ということでした。
従って、2番目の子に関しては、養育費だけの請求が目的であれば、認知の調停申立は必要なく、
養育費の調停申立だけでよかったことになります。
つまり、養育費を請求する根拠となる父子関係の実態はあるが、それを父親の戸籍に記載する表記方法がない場合でも、
養育費の請求の根拠は父子関係の実態で判断されるので養育費の調停は可能という考え方です。
結果的にこのようなケースでは養育費の請求目的だけであれば、認知の調停申立をしなくてよく、
その分だけ有利になると思われますので養育費請求の相談での実際上の問題は生じないと思われます。
しかし、以下の点は疑問に思わざるを得ません。
「国外で婚姻中に生まれたり、離婚後300日の『嫡出推定』期間内に生まれた子で、国籍留保期間内に届けが
出されていない子の場合、父子関係の実態はあっても日本の父親の戸籍に記載する表記方法が全くない。」という事実です。
日比国際児の場合の多くが、フイリピンで生まれ3ヶ月以内の国籍留保の届けを行わず国籍を取得できないケースが多く、
その中には、出産のためフイリピンに帰国中に日本人夫が離婚届を提出しているケースもあります。
国籍法17条の国籍再取得の規定では、日本に「住所を有する」ことが要件となっており、
日本人父親が身元保証人とならない限り、ビザが認められず、その母子または子が来日し住所を有することはできず、
国籍の再取得もできません。
このような子の場合には、日本人父親の戸籍に父子関係を表記させることができない現在のあり方は、
父親の戸籍に記載がないため、将来相続問題などで子に不利益が生じたり、新たに権利主張をして既に
配分された遺産の再分割など混乱が生じるのではないかと思います。
2、 法務省民事局 戸籍担当への電話での質問と回答
2000年3月14日午後に法務省の民事局戸籍担当の方に、国外で出生し3ヶ月の国籍留保をしていなかった
婚内子に日本人父親の戸籍に父子関係の記載ができない理由について電話で質問しました。「お聞きしたケースは、
日本人父親が出生届けを提出していないこと及びフイリピン人母親が3ヶ月以内に国籍留保の届けをしていない結果
生じたもので、日本国籍が出生時から認められないので日本の戸籍には記載できない。また、認知の記載は婚外子に
ついて認められており、『嫡出』推定を受ける子には適用がないので認められない。 このようなケースで出生
の事実や父子関係について戸籍に記載することは、現行の戸籍法の法規では、認められておらず、そのような
ケースの戸籍の記載は方法はありません。
外国人との関係での法律関係の場合には、戸籍への記載できないケースはよくあり、その場合には、たとえば
国籍再取得の場合には、外国の出生証明書や父親の戸籍謄本それぞれの証拠をつきあわせて立体的に
証明することで、認められるようになっており、戸籍法の問題ではない。」との見解でした。
そして、「失礼な言い方かもしれませんが、父子関係の戸籍への記載の必要を主張されるような『大胆な発想』をされること自体、戸籍の実務をしている私たちの想定を超えているお考えです。」と半ばあきれられてしまいました。
法務省の担当者の発想からは、日本人父親やフイリピン人母親の責任であり、
戸籍法や戸籍実務の問題とされるのは心外とのニュアンスが強くありました。
3、国外で生まれた婚内子で3ヶ月以内に国籍留保をしなかった子にも、
父子関係の戸籍記載を認める戸籍法の改正か、戸籍実務の運用を求める
戸籍に子として記載される婚内子や、戸籍に認知の記載がなされる婚外子が父子関係の証明が
容易になのに比べて、国外で生まれた婚内子で3ヶ月以内に国籍留保をしなかった子は、
父子関係の証明が間接的な証拠を集めて立体的に証明しなければならないのは、差別ではないかと思います。
その間接的な証明も、日本人父親や遺族が、協力的でない場合には、例えばフイリピンの出生証明書を
「偽造」として争ったりすることが考えられ、決して容易でなく、これまでそのような場合には救済されて
こなかったのではないかと思います。
法務局や法務省の戸籍担当者が主張するように、出生届や国籍留保を怠った父母の責任はあるとしても、
出生した子に責任があるわけではく、将来父親が死亡したときの遺産相続をめぐって、戸籍に表記がないことで
子に知らされないという不利益が及んだり、相続権のある子の存在が戸籍表記がなく、わからないため遺産相続が
その子ぬきで行われ、後で遺産分配のやり直しがなされる事態が生じてくるおそれがあり、それはその子だけの
利害にとどまらず遺産相続人や利害関係者にも影響を及ぼす問題ではないかと思います。
この問題は、国籍法の国籍留保制度を廃止する、あるいは、現行の国籍留保期間3ヶ月以内を国籍選択と同様に
22才未満までに大幅に延長する改正を行うことで解決できるのかもしれません。しかし、今すぐ国籍法の改正が
実現しなくとも、戸籍法やその運用を改善し、家庭裁判所で父子関係が確定されれば、国外で生まれ3ヶ月以内に
国籍留保期間の届けができなかった国際婚内子にも、認知の記載に準ずる父子関係の記載を戸籍に認める社会的
必要性があるのではないかと思います。