親子関係不存在確認請求訴訟による
日比国際児の国籍取得の事例
2008年6月8日 中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)
2008年6月4日最高裁判所大法廷は、日本人父親から出生後の認知を得ていた日比国際婚外子に、
日本国籍を認める判決を言い渡しました。この判決は、直接的には原告らを対象とするものですが、
今後、国籍法の改正を通じて、多くの出生後に日本人父親から認知を受けた子ども達に、
日本国籍取得の道が開かれていくと思います。
同日、マスコミにしられることも、一切報道されることはありませんでしたが、
もうひとつ重要と思える日比国際児の国籍取得が、ある地方法務局で認められた、
との報告がありました。以下、その報告です。
法律上の父親(フイリピン籍)が出生届に登録されている、日本人父とフィリピン人母の間に婚姻前に生まれた日比国際児が、日本の家庭裁判所で、法律上のフィリピン人父親を被告として親子関係不存在確認請求訴訟を提訴して勝訴し、実父母の婚姻後の実父の認知と準正手続で日本国籍認められたケース報告 |
1、事例の概要
フィリピン女性Aさんは、ダンサーとして来日して、日本人男性Bさんと知り合い、交際、妊娠しました。
そして、フィリピンに帰国後、出産しました。この時点では子どもの出生届は提出していませんでした。
数年後、子どもの父親であるBさんとフィリピンで婚姻し、フィリピンの役場で、婚姻届と同時に子どもの
出生届を提出しようとしたところ、既に子どもの出生届が提出してあり、Aさんや親族にも心当たりのないフィリピン人男性が父親として認知記載して登録されていました。そのため、実父であるBさんを父親とする子どもの出生届は、
地元の役場では受理されましたが、フィリピン国家統計局(NSO)で受理されず、婚姻届のみ受理されました。
日本人実父のBさんは、日本に帰国後、母子を日本に呼び寄せますが、A(フィリピン人妻)さんは、
「日本人配偶者等」の在留資格で、子どもは、Aさんの婚姻前の子として「定住者」の在留資格で、
来日することになりました。
Bさんは、フィリピンの地元の役場で発行された子どもの出生証明書(Bさんが父親として記載されている)
を添付して日本の役場で子どもの認知届を提出したところ受理され、Bさんの戸籍に記載されました。
そして、子どもの日本国籍を取得しようと法務局で申請手続きをしました。
法務局は、申請を受理しましたが、1年間ほど経過後、Bさんに「本省(東京の法務省)で
検討した結果、子どもの法律上の父親がフィリピン人となっている以上、このままでは子どもに
日本国籍を認めることができない。Bさんの戸籍に記載されている認知も無効である。子どもに
国籍を取得させるには日本の裁判所でフィリピン人父親と子どもの親子関係が存在しないことを
認める判決文を追加資料として出してほしい」といわれ、その資料が提出されるまで申請は保留状態とされました。
Bさんは、地元の裁判所や弁護士などに相談しましたが、わかるように説明してくれる人がなく、
子どもの国籍を取得するのにどのようにしてよいか理解できませんでした。
結局、よくわからないまま本人訴訟で、原告 子ども(法定代理人親権者母親)、
被告フィリピン人男性(住所不明)とする訴状を作成して、2008年2月下旬に家庭裁判所に提出しました。
2、コムスタカへの相談
2008年2月に、Bさんは、インターネットの検索で見つけたコムスタカー外国人と共にいきる会の
ホームページを見て、コムスタカに相談してきました。
担当した私も、当初、Bさんの説明が意味不明でその内容が理解できませんでしたが、関係資料の写し
とこれまでの経緯を書いた事情等の資料を送ってもらい、ようやくその内容が理解できました。
法律上の父親を被告として親子関係不存在確認請求訴訟を日本で提訴する場合には、被告
は、フィリピン籍で、その住所も、その生存さえあきらかでないため、本件訴訟を遂行していくことができないとして、
却下されるか、フイリピンでの所在を調査したり確認していくのに相当な長期間を要するおそれがあり、
訴訟を維持していくのが極めて困難であると思えました。
また、これまでのケースの取扱いから、裁判所が本件訴訟を受理し、住所不明の被告に対して、
公示送達の手続きで訴訟を進行させた場合でも、判決まで、相当長期間を要するのではないかと思われました。
本件の目的は、日本での実父との父子関係の確認と、準正手続きによる子どもの日本国籍の取得です。
本件の目的を実現できる方法として、フィリピンの出生証明書に父として記載されているフィリピン人男性を
被告とする親子関係不存在確認請求訴訟ではなく、以下のような先例を参考に、日本人実父を相手方とする
親子関係存在確認の調停及び家事審判法第23条の合意による審判手続きが適していると、当初考えました。
家庭裁判所へも相談しましたが、親子関係存在確認の調停の申立は可能という見解でしたので、
その必要書類を揃えてBさんに提出してもらうことにしました。
先例 親子関係存在確認の調停―第23条審判で日本国籍が取得できた事例
フィリピン人男性と婚姻しているフィリピン女性が日本にダンサーとしてN市内の店に働きに来て、日本人男性と交際して妊娠しました。その日本人男性が胎児認知届けを市役所に提出しようとしたところ、フィリピン女性の独身証明書が提出できないため要件具備証明書の添付がないとして、受付のみで不受理とされました。 この事件の代理人の担当弁護士の話によると、子どもの出生後に、フィリピン人夫を被告として、地方裁判所に親子関係不存在の訴えを提訴し、その一方で、別件として家庭裁判所へ親子関係存在及び認知調停を日本人実父を相手方として調停を申立てたところ、1999年に長期間の別居を理由に日本人父とフィリピン人母子の3者のABO式の血液型の証拠提出などで、家庭裁判所は、親子関係存在確認の調停を認め合意による審判決定がなされました。(親子関係不存在訴訟は取り下げ)、そして、出生届と共に審判決定書を市役所に提出したところ受付時からの胎児認知が認められ、子に出生時からの日本国籍が認められました。 |
ところが、Bさんのケースの当該の地方法務局は、「民法772条2項の離婚後300日の規定で
問題となっていますが、実父と子の親子関係存在確認の審判決定で、父子関係が証明されても、
法律上の父子関係が否定されない限り、父子関係を認めて、子どもに日本国籍の取得を認めること
はできず、法律上の父親との親子関係不存在の決定でなければならない」という見解であることがわかりました。
そのため、既に提訴している親子関係不存在確認請求訴訟を取り下げず、そのまま維持し、
それに申立ての事情や関係者の陳述書、ABO式の血液型証明書等を証拠として、追加提出しました。
3、親子関係不存在確認請求訴訟
2008年3月 住所不明のフィリピン籍の法律上の父親を被告とし、日本に在住するフィリピン人母親と
日本人男性(実父)との間に生まれた子どもを原告(法定代理人親権者 母親)とする親子関係不存在確認請求
訴訟第1回口頭弁論が開かれ、その日で結審となり、判決言い渡しが2ヵ月後の5月と決まりました。そして、
5月に判決(主文「1、原告と被告との間に親子関係が存在しないことを確認する。
2、訴訟費用は被告の負担とする」)が言い渡され、請求どおりの原告勝訴判決でした。
2週間後にこの判決は確定し、6月に判決文と確定証明書を法務局に提出したところ、
子どもの日本国籍の取得が認められました。
そして、日本の裁判所で困難、あるいは相当長期の時間を要すると思われた親子関係不存在確認請求訴訟が、
本人訴訟で、しかも1回の審理で結審し、提訴から3ヶ月判決言い私がなされました。この判決を、
法務局は追加資料として認め、子どもに日本国籍の取得を認めました。
日本の家庭裁判所と法務局に、Bさんの子に国籍取得を認めようとの意思があったためと思われますが、
Bさんたち家族が何年間も悩み苦しんでいた子どもの国籍取得という目的が、
あっけないといえばあっけなく実現してしまいました。
4、本件事例の意義
Bさんのケースは、フィリピン人男性が子どもの出生証明書に父親として記載されているため、
子どもの日本国籍の取得ができず、そのため、日本人実父が子どもとの父子関係の確定と子どもの
日本国籍の取得を求めた事例です。
Bさん家族と類似しているケースとして、以下のようなケースは、他にも相当数存在すると思われます。
フィリピン人同士の婚姻では、離婚の認められていないフィリピンでは、フィリピン人男性と結婚後に、
日本にタレントとして働きに来て、日本人男性との間に子どもを出産したフィリピン女性のケースも
相当な数に上っていると思われます。
これらの女性は独身証明書が取得できないのでフィリピン人夫と婚姻無効の訴訟を起こしそれが認められない限り、
日本人男性との婚姻ができず、子どもも法律上のフィリピン人夫の子として扱われます。
また、フィリピン女性が、婚姻に至らなかった日本人男性とのあいだに生まれた子どもの
出生届を提出する際、フィリピン人男性の名前を使って登録しているケースも相当あるように思えます。
Bさん家族のケースと異なる事情もありますが、これらのケースでも、日本人実父が、法律上のフィリピン人父親
との親子関係を否認し、子どもの国籍取得などを希望する場合に、本件は先例的な価値を持つと思われます。
つまり、日本の家庭裁判所で、日本に在住している子どもを原告(法定代理人親権者母親)として、
法律上のフィリピン人父親を被告として、親子関係不存在確認請求訴訟を提訴し、日本人父親との
実親子関係が認められる証拠などを提出すれば、短期間の審理で、親子関係不存在を確認する
判決が得られ、日本人父親の子として法務局が認め、子どもの国籍取得が可能となっていくということです。