フィリピン人夫の子として「嫡出推定」のある日比国際児の認知問題

2009年810日 中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)

 

1、はじめに――問題の所在

 

2008年12月5日の国籍法改正法案の成立により、日本人父親から出生後に認知をえられたに日比国際児にも、日本国籍の取得が可能となりました。しかしながら、日本人父親から養育を放棄され、認知を得ること自体が容易でない子が多数存在します。さらに、フィリピン籍同士の婚姻の場合には、離婚を認めていないフィリピン法では、婚姻後に日本人男性との間に出生した子は、フィリピン人夫の子として「嫡出推定」がはたらき、その排除ができないと認知を得ることができません。

「嫡出推定排除」の問題は、日本国内では、民法第772条(嫡出性の推定)問題として社会問題となっています。日本の民法によれば、妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定され(772条1項)、また、婚姻解消の日から300日以内に出生した子は、婚姻中に懐胎したものと推定されます(同条2項)。 したがって、妻が離婚後300日以内に出生した子については、前夫の子でなくとも、前夫の子として出生届けを提出せざるを得ないことになります。そのため、出生届を提出しないで、戸籍に記載されない子ども(無戸籍児)の問題が存在しています。

「嫡出性の推定」は、日本の民法では、離婚後300日以内に出生した子に及びますが、フィリピン籍の間の婚姻では離婚を認めていないフィリピン家族法で、例外規定に該当しないと婚姻後に生まれた子すべてに及ぶことになります。

 

質問

子の父親として認知を求める調停の相手方である日本人男性は、「離婚の認められないフィリピンでは、フィリピン男性と婚姻中の妻から出生した子は、その夫の子として『嫡出推定』されるはずで、法律上も認知はできない」と主張しています。
 また、家庭裁判所の審判官も、同様な見解で、「日本法でも、またフィリピン法上も、フィリピン男性と婚姻中に、フィリピン女性が出産した子は、『嫡出推定』が働き、日本人男性の子として認知することはできない」という見解でしたが、認知請求は取り下げざるを得ないのでしょうか。

 回答  

結論的には、調停での認知請求は取り下げず、認知の調停・合意による審判、あるいは認知訴訟によりフィリピン人夫(法律上)の子として「嫡出推定」は排除できるので、以下の方法で認知の審判あるいは判決を 得ることは可能です。

 

 

2、「嫡出排除の方法」について、

 「嫡出」親子関係を排除する方法として、「親子関係不存在確認」の訴えと、審判決定あるいは判決による認知の二つの方法があります。一般的には、子が法律上の父を被告とする前者が用いられることが多いのですが、子が血縁関係のある実父を相手方あるいは被告とする後者でも可能です。但し、後者の方法は、日本の家裁のなかには、その運用に消極的な場合も見られますが、最高裁判所でも認められています。

 

「この場合には、子が血縁上の父親を相手方として認知の裁判を申し立て、その裁判の中で『先決問題』として、子どもの戸籍上の父との間に親子関係がないと認めてもらうこととなります。親子関係の存否は、確認訴訟によらなくとも、別の訴訟(例えば相続回復訴訟や認知訴訟)において先決問題として主張することもできます。(最高裁判所昭和 39年3月6日判決 民集18巻3号446ページ)」(※ 東京弁護士会外国人の権利に関する委員会編『実務家のための入管法入門』現代人文社、120ページ〜 山口元一弁護士 執筆担当 )

日本人実父が子の認知に同意してくれれば、子が日本人実父を相手方とする認知の調停申立、認知の合意、家事審判法第23条の合意による審判決定により、また、相手方の日本人男性が、子の認知を認めない場合には、相手の日本人男性を被告とする認知訴訟を提訴して、裁判所から確定判決をえれば、フィリピン人夫との「嫡出性」は排除できます。

 

東京家裁・さいたま家裁・千葉家裁・宮崎家裁などの認知申立事件の決定では、いずれもフィリピン人夫と婚姻中で、日本人実父が日本に在住しているケースで、フィリピン人母子が日本に住所のあるケース、あるいはフィリピンに住所のあるケースでしたが、いずれも認知決定がなされて、確定しています。但し、いずれも父子関係の証明のためのDNA鑑定〔民間の鑑定会社が実施したものを裁判所は証拠採用しています〕が実施されています。

 

3、嫡出性の排除の論理構成について

 

法の適用に関する通則法(以下、通則法)第29条により、準拠法は、父の本国法である日本法の適用となり、民法779条により認知の要件として「子が嫡出でないこと」が必要となり、また「通則法」28条、フィリピン家族法第164条により、「婚姻中に懐胎・出生した子は、嫡出子と推定される」ことを認めています。

その上で、しかしながら、「嫡出推定」は、その可能性の存在を当然の前提とするものであり、上記フィリピン家族法の「嫡出推定」規定も、子が夫の子でありえない明白な事情がある場合にまで嫡出を推定する趣旨の規定とは解されず、このような場合には子は、嫡出推定を受けないと考えるのが相当である。

 

@ 母親が懐胎当時、フィリピン人夫が行方不明にとなって3年以上経過していたこと、あるいは、フィリピン法166条1項により、 母親が子の出生前の300日間のうち最初の120日間に夫と性交することが不可能な状態で別居していたが認められる、

 

A 民間会社によるDNA鑑定によると、生物学的に相手方(日本人父親)の子である確率が99.9998%である。(日本人男性の子であることの証拠として、民間会社によるDNA鑑定の鑑定結果を証拠採用しています。)

 

以上の@と、Aにより、相手方(日本人)の子であると認知決定をしています。

(@の証明が明白でなくとも、Aの証明が可能であれば、家裁の家事審判官の判断で認知は認められます。)

 

法律上の夫の子であるという「嫡出性」を排除するための認知の決定のために、東京家庭裁判所など関東地方の家裁は、相手方も協力し、 申立人が民間会社に依頼しておこなったDNA鑑定(鑑定費用は 3万円〜10万円程度で可能、但し、地方の家裁での鑑定の場合には、出張費及び旅費などが別個にかかります。)を証拠採用して認定しています。

 

4、DNA鑑定ではなく、ABO式の血液型の検査で「嫡出性の排除」を認めたケース

 

親子関係の存否の「先決問題」として認知審判が可能であることを認めた場合に、家庭裁判所は、民間会社のおこなったDNA鑑定結果を証拠採用して、法律上の夫の子であるという「嫡出性」を排除して、子の認知の調停合意による審判を決定しています。

 

但し、その認定にもっとも必要な要件としては、@の証明であり、Aは、家事審判官の裁量で、DNA鑑定でなくても、ABO式の血液型の証明書だけでよいと思えます。

例外的なケースですが、以下の二つの事例は、法律上の夫の子であるという「嫡出性」を排除する決定をDNA鑑定ではなく、ABO式の血液型の検査を証拠として決定行っています。

 

@ 熊本家裁認知申立事件 2000年3月14日決定

 

親子関係の存否の「先決問題」として認知審判事件ではありませんが、婚内子でありながら、日本国外で出生後3ヶ月以内に国籍留保手続きをしなかったために日本国籍を喪失した子の日本人父親に対する認知申立事件で、熊本家裁の家事審判官は子が日本の父の戸籍に載らないことを承知の上で、認知の決定をしてくれました。

その際、相手方の日本人父親との子ども親子関係を認定する場合の要件として、婚姻中に 懐胎した経緯とともに、DNA鑑定でなく、ABO式の血液型の証明書を父親と母子から提出させるだけで、認定しました。

 

A和歌山家裁判決( 親子関係不存在確認請求事件 平成20年5月12日 )

 

親子関係の存否の「先決問題」として認知審判事件ではなく、親子関係不存在確認請求事件でしたが、子が原告となり、法律上のフィリピン人父親を被告として、日本の家庭裁判所で、1回の審理で即日結審し、同日判決が言い渡されました。

法律上の父親(フイリピン籍)が出生届に登録されている、日本人父とフィリピン人母の間に婚姻前に生まれた日比国際児が、日本の家庭裁判所で、法律上のフィリピン人父親を被告として親子関係不存在確認請求訴訟を提訴して勝訴し、実父母の婚姻後の実父の認知と準正手続で日本国籍が認められました。

 

その際、相手方の日本人父親との子ども親子関係を認定する場合の要件として、婚姻中に 懐胎した経緯とともに、DNA鑑定でなく、ABO式の血液型の証明書を父親と母子から提出させるだけで、認定しました

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