中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)
2010年夏に熊本県内のあるフィリピンパブだったのですが、そこで働いていたフィリピン人5名が契約違反とかパスポートをとり上げられたということで、警察に「帰りたい」と相談と保護を求めてきました。 日本政府は、2004年から人身取引行動計画を策定し、人身取引の被害者と認められたら公費で保護する仕組みがあるので、その5名の方を警察は、人身取引被害者と認定して保護しようとしました。そのうちの一人が、たまたま外見は女性なんですが、パスポート上は男性になっているセクシユルマイノリティーの人でした。「現在の日本での人身取引被害者の保護施設は、女性と子どもしか入れられません。男性を入れられないため、結局民間団体のほうにお願いしたい」ということでコムスタカ―外国人と共に生きる会に相談があって、他の民間シェルターを紹介し、そこで、10日間ほど入居して暮らし、調べてもらったうえで帰国した事件があります。 ここで明らかになったのは、男性とかセクシャルマイノリティーの人身取引被害者に対して、「公費で保護する施設や政策を、日本政府は全く用意していない」ということでした。そういう問題があったので、2011年の5月に熊本県のDV防止対策連絡会議で。「とにかく政府が保護施設をつくるか、それがすぐにできない場合には、熊本県で民間シェルターに公費補助ができるようにしてくれ」と提案しました。そうしたら、翌年2012年になって熊本県として全国初めてなのですが、民間シェルターに2週間以内、わずか1日1500円ですが、公費援助をする施策を始めました。これは我々の提案が実現したものですが、これが、男性やセクシュアルマイノリテイに対する全国最初の施策です。「男性やセクシュアルマイノリテイに対する保護施策に対して、日本政府は対応しろ」ということが、アメリカ政府からも要求されているので、これを機に、日本政府や他の自治体でも、保護施策が進んでいけばいいと思います。
2008年に熊本県玉名市にある縫製工場で、18名の中国人女性が働いていて、そのうち12名が逃げて、保護しました。 彼女たちは中国から来るとき、日本円で70万円とか、80万円位の借金をしてきていました。これがもし逃げ出したり、途中で帰国したりしたら、罰金として、150万円とられるとか、違法な契約をさせられて働いていました。この縫製工場では一年間の休みがわずか5日間。1カ月間の休みじゃありません。一年間で休めたのが5日間で、夜の午後11時くらいまで見つからないように黒いカーテンを閉めて働かされていました。 昼間の賃金は最低賃金なんですけど、残業代は時給350円から400円でした。その給料の中から、さらに強制貯金で毎月3万円をとられ、しかも、3年後の帰国するときしか返してもらえないという状態だったのです。保護した12名を2カ月くらい保護している間に、労働基準監督署に申入れて是正勧告をださせて給料の未払い分の交渉をしました。まあ、「当該縫製工場の企業主は、払えない」と言っていたので、第1次受入団体の協同組合が、7割位を返すということで和解となりました この事件には、実は、駐福岡中国総領事館が介入して、初めて中国領事館の領事が立ち会って、彼女ら12名は、中国の送り出し機関や日本の受け入れ機関と交渉しました。中国領事館は、送り出し機関の代表者らを中国から熊本に呼びつけて、その人たちと彼女らは交渉することになりました。その結果、彼女らの要望通り、「帰っても罰金を取られないとか、中国の家族に接触しないとか、帰国後の報奨金はもらえるとか、安心して帰れる」という内容の協定を全国で最初に結ぶことができました。これ以降、この4年間で 30件以上の研修生や技能実習生の相談がきています。
それから、コムスタカへの相談へ一番多いのが、結婚している日本に移住してきている女性からの相談です、フィリピン、中国、インドネシア、ペルーの人もいるのですが、非常に多いのがDV(ドメスティックバイオレンス)の相談です。外国人で日本人等と国際結婚した方の場合、幸せでうまくいっている方も多いのですが、実際に相談を受けて逃げてこられるときは相当ひどくなっています。日本人と違うのは、おなじ被害者でも、在留資格で、原則夫の身元保証が必要とか、分かりやすく言えば「俺がいつでも入管に通報すれば、おまえは中国(あるいはフィリピン)に帰らせることができる」とか脅かされる。そういうふうに脅して支配するなど、精神的に支配していることが多いので、かなりぎりぎりまで我慢していたり、首を絞められたり、殺されそうになったりして命が危うくなってよやく相談に来るとか、あるいは日本人夫が、「別に好きな女性ができたということで、外国人妻をゴミのように簡単に捨てる」、いわゆる、遺棄(ネグレクト)というケースもあります。 このスライドは、コムスタカも協力して、韓国と日本と台湾という三つの国と地域で調査した結果を新聞記者が報道した記事で、そのDVの傾向と実態を調べたものです。フィリピン人会・熊本の会員にも、アンケートに協力してもらって、その傾向を調べました。面白いのは、韓国、台湾の結婚した外国人妻は、「夫の親族とか地域社会との関係で非常に息苦しい」というのが高い比率で不満としてあるのですが、日本人と結婚した外国人妻の一番の不満は「夫が口をきいてくれない」「モノを言わない。ちゃんと説明しないが多いことでした。これは、多分日本人女性の方も心当たりがあると思うのですが、こういう傾向が強いです。
それで今、三つあげた人身売買、労働搾取、移住女性への暴力の背景には、外国人への偏見や差別があります。 コムスタカ―外国人と共に生きる会は、発足当初から必要性があって相手側と交渉してきた経験があります。興業の在留資格で来日したエンターテイナー(ダンサー・シンガー)であれば、オーナーとかブローカーの人たち、それから技能実習生問題であれば、当然受入企業や農家とか、第一次受入機関である協同組合とか、外国の送出機関ですね。それから女性の暴力だったら日本人の配偶者、夫とかが相手方となります。 特徴的なのは、加害者や加害企業が、移住外国人や外国人研修生―技能実習生に、なぜここまでできるか、どうして可能なのかというと、実は加害者側には、移住外国人や外国人研修生―技能実習生への蔑視や差別意識があるのです。加害者には、「そういうことをやっても許される。どうせ抵抗されない、どうせ見つかっても罰せられない」という安心感があります。私が、交渉してきた多くの経験から言うと、必ず夫の側なり加害者側から言われるのが、私は日本人なので、「どうして日本人のあなたが外国人の味方をするのか、日本人なのにどうして外国人の味方をするのか」あるいは、日本人男性の夫の相手をしていると、「どうしてあなたは男なのに女の味方をするのか、」という言葉が当たり前にでてくることがあります。私からみれば、「どうして日本人である私が、日本人の味方をしなければならないのか、男性である私が、男性の味方をしなくてはならないのか」、理解不能です。それは、日本人や男性であるかどうかではなく、相談され直面している問題の内容で決まります。 ところが、そういう声がでてくる背景には、「日本人は日本人を守ってくれる、男性は男性を守ってくれる、」という価値観が根強くあります。そのあたりの意識を、当たり前でなくなるように変えていくことが必要です。
ひとつは2国間で交渉して解決するやりかたです。これは日本も、ずっと戦後やってきたのですが、残念ながら現在まで成果はあがっていません。 うまく解決した例として、中国とロシアは実は国境線が約7000キロあるのですが、1969年に極東のウスリー川にある中州にあたる小さな島をめぐって、中国軍とソ連軍がほぼ全面戦争、核戦争寸前にいくらいの危機的状況を迎えます。それから中国とソ連、そのあとのロシアは、国境線画定協定を3回結んで、現在は全部の国境線を解決しました。このやり方は、島の半分とか川とか、こっちはロシアにやる代わりにこっちは中国がもらう、というように、両国が妥協しあいながらかなり合理的に解決していった例があります。その結果、お互いに対峙して国境警備隊や軍隊を張り付けあって、警戒することがしなくて済むようになり、相互の経済交流関係も発展しやすくなりました。
次に、言われているのは国際司法裁判所ですね。ICGとか呼ばれる。これはオランダのハーグに本部がある国連の司法機関のひとつですが、裁判官が15名の定員があって一審制です。つまり一回限りです。2010年8月現在で11の争いが準備されています。強制管轄権といって、相手国が同意しなくても裁判を起こすことができる条約を結んでいる国が67しかなく、国連加盟約200の国と地域うち、3分の1くらいです。韓国も中国もこれに加盟していないので、この国際司法裁判所を巡って争うことがなかなか合意できないのですけど、領土問題を、国際司法裁判所によって解決した例は、過去に10いくつかあります。最近の例といえば、マレーシアとインドネシアは争いをして、2009年マレーシアが勝訴した判決があります。 日本も国際司法裁判所を使ったらいいという意見も確かにあるのですが、例えば日本政府は、韓国に対して、竹島問題についてはしようとしているとか。ただ問題は、国際司法裁判所の判決で負けた時にも、その判決を受け入れる覚悟がいるのですね。「当然勝つから提訴するが、負けたらおれは応じない」というのは本来通用しないことになります。
それから3つめの平和的解決の方法として、地域共同体による解決というのがあります。 具体例としては、ドイツとフランスの歴史的な領土紛争地で、歴史的にはドイツ領になったりフランス領になったり、ずっと繰り返していたアルザス・ロレーヌ地方についてです。この地域は、第二次世界大戦前はドイツ領でした。第二次世界大戦後、ドイツは多くの領土をロシア、ポーランドで失いますし、フランスにも割譲しますし、この地方もフランス領になります。ただドイツは日本と違って、領土の回復を目指すのではなく、むしろフランスとの間にここにECSCという石炭鉄鋼共同体を作ります。2012年のノーベル平和賞をもらったEU(欧州連合)の結成に結びついていったこの地域には、現在EUの国際機関の本部やいろんな関係機関が設置されています。 ドイツは「占領(領土の回復)を目指すより、ヨーロッパ人になることで影響力を目指す」という選択をして現在に至っているということを紹介しておきます。
問題だと思うのは、現在外務省のホームページを見てもらったらお分かりのように、「我が国の固有の領土論」というのが日本政府の主張となっています。これは、「未だかつて一度も外国の領土でなかったところ、誰も所有者がいないところを先に占めた者が領土とする」という論理です。(この論理を進めていけば、実は領土は、先住民のものとなるはずですが、)だからこれに固執していると、領土問題で対立している双方とも妥協ができなくなります。 「領土と言うのは、本来国際関係で決まっている」と理解しています。「固有の領土論」に立ちそれに固執する限り、対立している国家同士は、戦争による解決の道しかなくなっていきます。
そして、戦争に向かうためにはどうしても挙国一致が必要となります。だから、その時は、必ず「内なる敵」が必要となり、つくられます。「内なる敵」とは何かというと、「非国民」であったり、「国賎」であったり、今でいうと「反日」であったりします。 先ほど草本さんがお話してくれたように、日系人が「敵国人」として強制収容されるということ、これは、その日系人がカナダ国籍、アメリカ国籍をとっていても、その対象となります。 第2次大戦後のブラジルの日系移民の中で、第二次大戦後に日本の敗戦を信じなかった「勝組」の人たちが、敗戦を認めた「負組」の人たちに対して虐殺し、襲撃をする事件が相次いで起きました。また、日本国内では、関東大震災のときですが、流言飛語が飛び交い、このことをきっかけとして朝鮮人・中国人の虐殺が起きています。
実は熊本県内でもこんな事件がありました。二00三年、当時まだ韓国から日本へ来るのにビザが必要だったころのことです。九州内に来る韓国からの高校生の修学旅行や観光客についてノービザにしましょうという構造特区の提案を、熊本県菊池市が日本政府に行ったのです。これが報道されたとたん、何百件を超える抗議電話が菊池市に殺到したという事件がありました。「韓国にビザなし渡航を認めると犯罪が増えるとか」「韓国人が来ると治安が悪くなる」とかの抗議電話です。政府は当時、「不法滞在者半減計画」をキャンペーンしていましたし、読売新聞を中心にマスコミでは、「外国人犯罪キャンペーン」が行われていました。このような下地がある中で、抗議の嵐が容易に噴き出してくることもありうるわけです。 でも、このノービザ政策は、2006年から日本政府が取り入れました。それ以降、韓国と日本の間で短期ではビザなしで行けますが、それによって治安は悪化していません。むしろ多くの観光客が来てくれることで、日本経済や熊本の経済も潤っています。だから菊池市の提案は先見性がありました。しかし、当時はこれに対してものすごい反発が噴き出しました。
東アジアで共に生きるために、日本に求められるとしたら、戦前の植民地支配と侵略についての真摯な反省と被害者への謝罪と賠償です。だから、竹島問題の背景には、従軍慰安婦問題があるので、それに対して一切応じないという姿勢を取っていることは見直すべきです。 それから、「武力行使による国際紛争の解決を目指さない」という、これは日本国憲法に書かれている9条の理念ですけど、このことを具体的に日本が貫き通すという信頼感が得られるかどうか、この二点が非常に日本側にとって重要な点だと思います。 二番目は領土を巡る国家間の争い、日本にしろ、中国や韓国にしろ、その対立しあっている国の中に「戦争を辞さない人々、戦争をしてもいい」という人たちと、平和を守ろうとする人たちとの争いが必ず出てきます。前者のほうが強ければ戦争の道に行きます。今までは平和をめざす人々のほうが強かったのですが、必ずしもこれからもそうだとも言えないので、両国の間で戦争を目指す人々が強くなる可能性があります 領土問題を戦争ではなく平和的に解決するためには、二国間の間に.例えば、相手の中国人はどう、日本人はどう、韓国人はどうと決めつけるのではなくて、その中にもいろいろな立場の人たちがいるということを具体的に知った上で、「国民」や「国家」と言う意識よりも「東アジア人」とか、「東アジア共同体」の一員という構成員としての意識をはぐくんでいくことが重要だと思います。 最後に 「悪あがきのすすめ」(2007年発行 岩波新書)という本を、在日コリアンの辛淑玉さんが書いていますので、紹介しておきます。この本の韓国版の名称が「悪人礼賛」です。この本には、いろんな「悪人」(私もその一人として紹介されています)が紹介してあります。今は、「非国民」とか、「悪人」とか、「国賊」と、仮に呼ばれていても、きちんとモノを言えることが必要じゃないかと思います。 今日のシンポジウムを開くときに、参加者として、あるいはパネラーとして、いろんな外国人の方にお願いをしたときに、日本と近隣諸国が領土問題とかいろんなことで対立している中で、外国人が公の場で話すことに、「非常に危ないのではないかとか、不安だ」という声が出で、しり込みされる方が多くありました。そのような状況がある中で、今日6名の在住外国人の方々がパネラーとして名乗りを上げてくれました。今後、日本社会の中で、そういう不安をなくし、安心して集会に参加し、発言できるような状況にしていくことが、これから本当に必要だと思います。これで基調報告を終わります。ありがとうございました。