コムスタカ―外国人と共に生きる会

職場でのいじめ


保育園での保育士Aさんへのいじめ訴訟判決の報告
中島真一郎
2002年4月26日

1.一部勝訴判決

熊本市内にある保育園の女性保育士が、園内でのいじめや嫌がらせを受けたとして、 2000年5月15日に保育園と元園長と同僚の女性職員3人に計400万円の慰謝料請求を求 めた訴訟の判決が2002年4月23日午後1時10分 熊本地方裁判所(民事3部 永松建幹 裁判官)でありました。判決で、元園長について原告への9件のいじめ行為の主張に 対して、6件の行為を違法ないじめと認定し不法行為責任を認め、保育園に対しても 「被告園長のいじめ行為に対する監督について、相当な注意を尽くしたと認めるに足 りない」として使用者責任を免れないとして、この両者に連帯して、原告への精神的 苦痛を慰謝するには計30万円の支払いを命じました。しかし、その一方で、同僚の職 員3名については、原告がいじめとして主張した19の行為のうち、12の行為は立証不 十分なものか、原告の誤解によるもので事実を認めるに足りないとし、5つの行為は 事実だが、被告に相応の合理的理由があるとし、残り2つの行為(あいさつをしな い、餅つき行事の配置換え)については、「社会通念上是認できないような特段の事 情があるとまではいえず、違法とまではいえない」として、「いじめの行為を認定で きない」として原告の請求を棄却しました。

この事件は、コムスタカ―外国人と共に生きる会の協力者であった女性保育士(当時 は主任保育士)Aさんから1999年2月に「新しく園長が交代し、その園長から嫌がら せといじめを受け、主任保育士が降格されることになった」との相談を受けました。 その後、コムスタカからの園長や理事長への申し入れや労働基準局への相談申し立て により、一旦主任降格は取り消されました。しかし、園長の対応は変わらずその園長 に交代してから園内で他の職員からも孤立していた原告は、その年の6月に園の理事 や職員が集められた会議の場で主任保育士の降格を承諾させられます。それに納得で きなかったAさんは法務省人権擁護局、熊本県弁護士会人権擁護委員会への人権救済 の申し立てを行いましたが、外部に問題を持ちだしたとして園内でのAさんへのいじ めはかえって激しくなります。2000年1月にAさんは、訴訟をすることを理事会に宣 言したため、漸く理事会の事情聴取がはじまりますが、「双方の言い分が異なる」と して解決に至りませんでした。また、保育園の保護者会役員らからAさんへは提訴を 思いとどまるように様々な働きかけがありましたが、Aさんは2000年5月に提訴に至 りました。原告Aさんの提訴を防げなかった責任を理事会から問われるように園長は 2000年4月末で辞職し、Aさんは主任保育士の降格の辞令を理事会から正式に受け取 ります。提訴によりいじめの中心にいた同僚職員3名も表面上いじめの行為を行わな くなりました。むろん、被告とならなかった他の職員らからの嫌がらせやいじめの行 為は断続的に続きますが、Aさんは裁判を原告として闘いながら、保育士として勤務 し続けています。

2. いじめ訴訟の立証の困難さ


@ いじめの行為を直接証明してくれる原告側証人がいないこと 本件のようないじめ訴訟では、被告側いじめの事実を全面的に否認して争ってくるこ とと、原告が園内で孤立しているため、園内でAさんの側に立って証言してくれる証 人が原告側に期待できないという困難さがともないます。(いじめの行為が行われた 期間には退任されていましたが、被告の園長の前任者の園長が原告側証人として唯一 証言してくれました)。
A いじめの個個の行為は、加害者(被告)にとって、事実がなかったと反論した り、事実があっても合理的理由がある、あるいは裁量の範囲であるという言い逃れが できるもの多いこと、
B いじめの行為が、「社会通念上是認できないような特段の事情がある」ことが認 められないと不法行為責任をとえないこと
C 保育園に対しては、いじめの行為の相談をAさんからうけながら、的確な措置を 講じなかったなど相当な注意をしなかったことの立証がないと使用者責任を問えない こと 以上の高いハードルがあります。

そのため、提訴以降、原告が受けた具体的な行為がいじめや嫌がらせに該当するとい うことの主張や立証に努力してきました。被告の元園長には

@卒園式に原告のみ出席させなかったこと、
A要件を充たしているのに原告には永 年表彰の推薦をしなかった、
B原告作成の早出表を破棄したことなど9つの行為を、被告の3人の同僚職員には、
@ 餅つきの行事担当から原告を外す提案をおこなっこと、
A 年次有給休暇の申請を主任である原告を通さずに園長に直接申請したこと、
Bこれまでいわれていなかった原告が指輪をしていたことを給食室へ入る事を断る理由としたこと
など19の行為を指摘しました。又、理事会は、原告からの相談に対して、原告が 提訴することを宣言する2000年2月まで、原告から園内でのいじめの訴えに対して原告 やいじめの加害者側から事情を聞こうとしなかったことなど使用者責任を果たしていな いことなどを主張しました。

 今回の判決は、Aさんの上司にあたり優越的地位にある元園長については、9つの 行為のうち6つについては原告への違法ないじめの行為であることを認定し不法行為 責任を認め、また元園長はそのいじめ行為の相談をAさんからうけながら保育園には 的確な措置を怠り使用者責任を果たしていないことを認めました。しかし、同僚3人 のいじめの行為については、被告3人の証言や反証をほぼ全面的に採用し、違法ない じめ行為として認定しませんでした。Aさんへのいじめ行為が、管理責任のある園長 や使用者責任のある保育園(理事会)だけでなく、同僚の職員からも行われていると いう事件の本質を正しく評価せず、職員間の不和の原因はAさんのほうに問題がある という誤まった事実認定をしているの点で、全面的勝訴とは言えず、一部勝訴という 結果となりました。しかし、提訴により被告となった同僚職員も裁判係争中は、それ までのいじめの行為をAさんへできなくなり、管理者である園長のいじめの行為が認 定され、理事会の責任が明らかとなった今回の判決は実質的な勝訴といえます。この 判決は理不尽ないじめの行為を受けた被害者が泣き寝入りしたり、あるいは退職に追 い込まれている多くの現状があるなかで、被害者が職場を追われるのではなく、職場 で働き続け、加害者の責任を問い人間としての尊厳を取り戻し、いじめのない職場環 境を回復することを実現していく先例として、今回の判決は意義を持っていると思い ます。

追記

 4月27日の保育園で理事会が開かれ、保育園は判決に従い控訴しないことを決定 し、理事会は、原告であるAさんへ謝罪を行いました。又元園長も園の理事会方針と 同様に控訴を断念し判決に従うことになりました。被告のうち保育園と元園長は,第 1審判決で確定した慰謝料30万円と利息分を原告側弁護士に入金しました。しかし、 判決で認められなかった職員3名は、いじめの事実を認め、Aさんへの謝罪を行う意 思がみられなかったため、原告Aさんは福岡高裁に5月2日に控訴しました。今後、福 岡高裁での控訴審で被告3名の職員に対して争われていきます。

判決当日のAさんのコメントと支援団体としてマスコミに配布したコムスタカー外国 人と共に生きる会のコメントを紹介しておきます。

判決についてのコメント

2002年 4月23日
原告

私の主張を認めて頂いた事については、満足しております。しかし、認めてもらえな かった事については、どうしても納得ができません。控訴するか検討したいと思いま す。

 保育所は次代を担う乳幼児を、日々、保育し成長を助け見守り、子どもの健全な育 成を目標としています。その環境である職場で「気にいらないからといって一旦決定 していた職務から集団ではずす、挨拶をしない、一緒に仕事もしたくない、また、顔 も見たくないから部屋に入れさせないようにする、のけ者にする」等のいじめ、いや がらせがあっていいものでしょうか。あってはならない事だと思います。保育園では 日々これらのことがくり返されてきたのです。私は保育園がこの様ないじめ、いやが らせのない健全な職場になり、正常化することが子ども達にとっては重要な事であ り、ひいては子ども達にとってのよりよい環境と成ると信じ、裁判に訴え頑張ってき ました。今後、健全な子ども達を育む保育所になることを心から願ってやみません。  社会で、職場で、私のように日々のいじめ、いやがらせに苦しんでいる人々に伝え たいのです。『先ず、自分を信じ、あきらめないで勇気を出して立ち上がってくださ い。そうすればそこから道は必ず開けます。わかってくれる人が必ずいます。理不尽 ないじめ、いやがらせ、セクハラ、そして、差別に決して屈しないでがんばれ!』と エールを送りたいと思います。

支援団体として判決へのコメント

2002年4月23日
 コムスタカ―外国人と共に生きる会

1999年2月に熊本市内にある保育園の主任保育士である原告からコムスタカー外 国人と共に生きる会へ相談が寄せられてから、今日の判決まで約3年以上の月日がた ちました。2000年5月15日の提訴後のこの約2年間原告は、裁判闘争を原告と して担いながら、職場に勤務し続けて今日の判決日を迎えました。そして、熊本地方 裁判所は、本日、被告らによるいじめの行為の事実やいじめを放置していた責任を被 告のうちに認め、原告への慰謝料30万円の支払いを命じる判決を言渡しました。

この判決は、一部の被告(元園長と理事会)にいじめの行為を認定して慰謝料の支払 いを命じた部分については、人権救済の最後の砦としての裁判所の役割を果たし、飽 田東保育園内で1997年以来原告に対して行われていたいじめ行為をやめさせ、原 告を救済するだけでなく、同様に全国の職場内でのいじめに苦しむ多くの人々に、職 場内のいじめに対して司法的救済が可能となるという希望を与える意味で、評価しま す。しかし、原告の請求を認めなかった部分(被告3人の職員に対する)については 不当な判決として抗議します。

原告から1999年2月にコムスタカ―外国人と共に生きる会へ相談が寄せられてか ら、今日の判決まで約3年以上の月日がたちました。2000年5月15日の提訴後 の約2年間、原告は裁判闘争を担いながら、職場に勤務し続けて今日の判決日を迎え ました。原告は、2000年1月29日の結審の時に、裁判所へ提出した上申書の中 で、提訴に至る心境を次のように述べています。

「私が職場内で相談しても問題が解決されなかった時、熊本市の保育課に相談に行っ たとき、担当職員から『そんなことはどこにでもあること、相談などしたらかえって あなたの立場が悪くなる』といわれまともに相談に対応してもらえませんでした。ま た、労働基準局、熊本法務局人権擁護委員会への相談や申立をしましたが、『調査に 強制力がないので、双方の言い分が異なるときは、それ以上踏み込んで調査はできな い』といわれ、問題解決になりませんでした。それどころか、熊本市保育課の担当者 がいったとおり、私が救済を求めて、対外的な相談機関へ相談したことが、かえって 私への職場での人権侵害を激化させてしまいました。私は、職場でいじめ、嫌がらせ を受け精神的にも肉体的にも疲れ、自分ではどうすることもできず、最後の手段とし て裁判所に提訴しました。」と述べています。

原告が、2000年2月に裁判することを理事会や園長に告げてから、いじめの問題 で漸く理事会から原告ははじめて事情を聞かれましたが、「双方の言い分が異なる」 として解決になりませんでした。そして、同年4月はじめには、保護者会役員らから 執拗な説得を受けるなど、園内の関係者から原告へは提訴をしないように様々な圧力 がかけられます。しかし、それらの圧力に屈せず、原告は裁判所に人権救済の最後の 期待を抱いて提訴しました。しかしながら、本日の判決は、原告のその期待の一部に しか応えませんでした。

原告は、この5年間職場内のいじめという人権侵害に対して、「泣き寝入りを強い る」圧力に抗して、問題を内部に密閉せず、公にして外部の公的な相談機関に申立、 そこでも問題が解決しないため裁判所への提訴することで、いじめと闘ってきまし た。そのことが、園内で孤立していた原告の権利をまもることにつながっていきまし た。原告の裁判提訴により、その提訴が止められなかったことで被告の元園長は理事 会から実質的に責任をとらされ、2000年4月30日付で依願退職しました。ま た、提訴後3名の被告職員は、表面的には原告にいじめの行為を行わなくなりまし た。むろん、それ以外の職員からの裁判をしていることでの嫌がらせや原告にとって 不快な出来事はなくなっていませんが、提訴前に比べると露骨なやり方は少なくなっ てきています。

いじめに対する裁判の多くは、被害者が孤立しているため、加害者側がいじめの事実 を一切認めようとしない場合には、基本的に原告本人の証言にその立証を頼らざるを 得ないという困難さがともないます。本日の判決で認められなかった部分に不服とし て、今後原告が控訴する場合には、控訴審で立証をより積み重ね、職場でのいじめに よる人権侵害が司法の場で救済されるように、今後とも支援していきたいと考えてい ます。