警察庁の「来日外国人犯罪の増加論」への批判
中島真一郎
2004年3月17日
(データの出典 『平成15年度版犯罪白書』、警察庁ホームページ 『犯罪統計資料 平成15年1月〜12月分警察庁刑事局刑事企画課』などより)
「昨年1年間に全国の警察が摘発した来日外国人犯罪は4万615件で、前年より16・9%増え、初めて4万件を超えたことが十一日、警察庁のまとめでわかった。摘発人数も23.4%増の2万7人に達し、いずれも統計を取り始めた1980年以降で最多となった。国籍別では、中国人が件数、人数とも過去最多を更新した。発生地域別では刑法犯摘発件数が、十年前の1993年に比べ四国は7.3倍、中部は5.4倍に増え、全国的な広がりが鮮明となった。警察庁は、都市部の取締りが厳しくなったため、警戒が手薄な地域に犯行の舞台を移していると見ている。警察庁によると摘発件数は、殺人や強盗などの刑法犯が12.4%増の2万7258件、入管難民認定法違反などの特別法犯が27.4%増の1万3357件。摘発人数は、刑法犯が14.5%増の8725人、特別法犯が32.4%増の1万1282人。中国人は刑法犯、特別法犯合わせ、件数が31.9%、人数が38.7%増。どちらも全体の40%台を占めた。また、留学や就学の在留資格を入国したケースが目立っている。」
道路交通関係業過を除いた刑法等に規定された罪の違反をいう。(2002年、認知件数、検挙件数、検挙人員のうち、交通業過は、約84万件、約84万件、約87万人、一般刑法犯は、約285万件、約59万件、約35万人です)以下、刑法犯は交通業過を除いた意味で使います。特別法犯は、
刑法犯等を除いた罪の違反のこと(風営適正化法、売春防止法、覚せい剤取締法、公職選挙法、入管難民法、外国人登録法、労働基準法等)。但し、特別法犯は、検察庁で受理された者しか統計上あらわれてきません。2002年検察庁新規受理人員約98万人のうち道路交通法違反が86万人(88%)、保管場所法違反約2万人(2%)を占めています。これら道路交通関係法を除いた者は、約10万人です。2002年道路交通法関係検挙件数は約783万件です。認知とは、
犯罪について被害の届出もしくは告訴・告発を受理し、犯罪の発生を確認すること。従って、犯罪の発生があっても被害届けや告訴・告発がないと認知件数に含まれませんし、被害届けがあっても警察が事件として認知しない場合も認知件数に含まれません。1990年代の認知件数の増加は、とりわけ1999年以降の急増は、相談受付件数が1998年260万件から2002年369万件へ1999年以降急増しているためです。このように警察の相談体制の拡充や被害届けの受理方針の変更が認知件数の増加に大きな影響を与えています。暗数
認知件数に含まれない犯罪。認知件数は、あくまで警察が犯罪と認知した件数を示すものであり、被害届けが出されない犯罪や被害届けを警察が受理しない場合には、認知件数に含まれないので、実際の犯罪発生数と認知件数には大きなギャップがある。(暗数は窃盗犯などで多く、罪種によっては認知件数の10倍以上あるものもあります。)検挙とは、
犯罪について被疑者を特定し、送致・送付又は微罪処分に必要な捜査を遂げること、検挙人員は、あくまでも被疑者を表すものでしかありません。(なお、身柄拘束を伴う逮捕は、検挙人員の3割程度です) 2002年刑法犯検挙人員約34万人、起訴者約10万人、うち公判請求者約4万人、実刑者 1.8万人(新規受刑者は特別法犯も含めると約3万人)
(2) 総検挙人員2万人突破の意味?
刑法犯と特別法犯検挙人員をあわせた総検挙人員は、2002年16212人から20007人と3795人(前年比23.4%増)となっています。全国9警察管区別で見ると、警視庁(東京都)が、前年比2242人増加(全国の増加数3795人の59%を占める)、関東管区(茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川・新潟・山梨・長野・静岡の10県)が、前年比862人増加(全国の増加数3795人の23%、特に埼玉264人、神奈川244人増加と目立ちます)しています。2002年に比べて2003年の総検挙件人員の実に82%が、東京都と関東管区10県の増加によるものです。このことは、警察庁の「来日外国人犯罪の地方への拡散」という宣伝と異なり、2003年に警視庁と埼玉県警・神奈川県警が、「来日外国人」を集中的に取り締まった結果の「増加」であることを示しています。
(2)特別法犯検挙人員
特別法犯検挙人員は、2002年8522人から2003年11282人へ、2760人増(前年比32.4%増)。全国9警察管区別で見ると、警視庁(東京都)が、前年比1927人増加(全国の増加数2760人の70%を占める)、関東管区(茨城・栃木・群馬・埼玉・千葉・神奈川・新潟・山梨・長野・静岡の10県)が、前年比660人増加(全国の増加数2760人増の24%)を占めています。2002年に比べて2003年の総検挙人員の増加の実に94%が、東京都と関東管区10県の増加によるものです。
(3)特別法犯検挙件数と検挙人員増加の意味
「来日外国人」特別法犯検挙件数・検挙人員とも、その約8割を入管難民認定法違反が占めていますので、その増加の大半は、入管難民認定法違反容疑での警察の摘発件数と摘発人員の増加によってもたらされています。2003年12月に政府は、「不法滞在者を25万人と推計し、5年間で半減する」ことを政策目標として掲げました。法務省の推計では、2003年1月現在、「不法残留者」(正規の在留資格で入国し、在留期限を超過して在留している者)は約22万人ですから、政府の推計する「不法滞在者」25万人(「不法残留者」「不法入国者」「不法上陸者」を含む)の約9割(88%)が「不法残留者」が占めていることになります。ところが、「不法残留者」は1993年の約30万人を過去の最高値として以後減少し続けており、1993年から2003年までの10年間で約8万人(−27%)減少しています。つまり、違反者の実体をあらわす入管法違反者は、最近10年間で約3割減少しているにもかかわらず、警察庁の入管難民認定法違反の検挙件数は、1993年4393件から2002年7990件へ3597件増 (82%増)、検挙人員は、1993年3618人から2002年6740人へ3122人増(86%増)と8割以上増加しています。「来日外国人」特別法犯から入管難民認定法違反者を除く検挙件数でみると1993年2507件から2002年2498件、検挙人員でみると、1993年1573人から2002年1782人、最近10年間ではおおむね横ばいで、特に増加しているわけではありません。このように違反者は減少しているのに、検挙件数と検挙人員が増大しているのは、警察の取り締まり強化の結果にすぎず、特別法犯の検挙件数と検挙人員の増加は、「来日外国人」特別法犯の発生数の「増加」を意味するものではありません。
表1 最近13年間(1991年―2003年)の推定「不法残留者」数の推移
(法務省入国管理局統計)
年
|
推定 「不法残留者数」(人)
|
1991
|
159828
|
1992
|
278892
|
1993
|
298646
|
1994
|
293800
|
1995
|
286704
|
1996
|
284500
|
1997
|
282986
|
1998
|
276810
|
1999
|
271048
|
2000
|
251697
|
2001
|
232121
|
2002
|
224067
|
2003
|
220552
|
表2 最近10年間(1993−2002年)の「来日外国人」特別法犯検挙件数、入管法違反検挙件数、入管法違反を除く検挙件数
1993
|
1994
|
1995
|
1996
|
1997
|
1998
|
1999
|
2000
|
2001
|
2002
|
|
@
|
6900
|
8253
|
7161
|
7901
|
10363
|
10090
|
9263
|
8024
|
9564
|
10488
|
A
|
4393
|
5916
|
4913
|
5678
|
7968
|
7491
|
7057
|
5862
|
6958
|
7990
|
B
|
2507
|
2337
|
2248
|
2223
|
2395
|
2599
|
2206
|
2162
|
2606
|
2498
|
表3 最近10年間(1993−2002年)「来日外国人」特別法犯検挙人員、入管法違反検挙人員、入管法違反を除く特別法犯検挙人員
1993
|
1994
|
1995
|
1996
|
1997
|
1998
|
1999
|
2000
|
2001
|
2002
|
|
@
|
5191
|
6587
|
5449
|
5923
|
8448
|
8036
|
7437
|
6382
|
7492
|
8522
|
A
|
3618
|
4886
|
3837
|
4492
|
6835
|
6377
|
5915
|
4918
|
5808
|
6740
|
B
|
1573
|
1701
|
1612
|
1431
|
1613
|
1659
|
1522
|
1464
|
1684
|
1782
|
(4)以上から、2003年「来日外国人」特別法犯の検挙件数や検挙人員の「大幅増加」は警察、そのなかでも特に警視庁と関東管区の警察の入管難民認定法違反容疑の集中的な取締まりの強化によってもたらされているに過ぎず、「来日外国人」の特別法犯違反者の「増加」を示すものではありません。
表4 「来日外国人」刑法犯発生地域別検挙件数の推移(1993−2003年)
北海道
|
東北
|
警視庁
|
関東
|
中部
|
近畿
|
中国
|
四国
|
九州
|
|
1993
|
44
|
142
|
4750
|
3890
|
1781
|
1539
|
219
|
74
|
332
|
1994
|
54
|
344
|
4422
|
4380
|
1898
|
1377
|
261
|
100
|
485
|
1995
|
69
|
464
|
4997
|
5915
|
2644
|
1911
|
301
|
299
|
613
|
1996
|
74
|
598
|
4626
|
7094
|
2286
|
3897
|
510
|
86
|
342
|
1997
|
82
|
428
|
6269
|
9869
|
2147
|
1802
|
365
|
113
|
595
|
1998
|
102
|
624
|
4624
|
10020
|
3473
|
1661
|
312
|
249
|
624
|
1999
|
209
|
778
|
4407
|
9501
|
5853
|
2510
|
640
|
633
|
604
|
2000
|
145
|
430
|
4656
|
7050
|
3908
|
2659
|
1472
|
996
|
1631
|
2001
|
213
|
587
|
3932
|
5928
|
3540
|
2119
|
435
|
478
|
967
|
2002
|
166
166
|
517
520
|
4025
4944
|
5793
5040
|
10265
10226
|
2377
2015
|
461
619
|
151
278
|
503
450
|
2003
|
176
|
832
|
6032
|
6733
|
9202
|
2161
|
969
|
467
|
686
|
(2) 警視庁(東京都)の2003年の前年比の検挙件数の増加数は1088件、検挙人員の増加数315人、関東管区の2003年の前年比の検挙件数の増加数は1693件、検挙人員の増加数202人と、「来日外国人」刑法犯検挙件数と検挙人員の増加数に大きな差があるのは、検挙件数のなかに多くの「余罪」があるためです。窃盗犯、特にそのなかでも非侵入盗(部品盗、車上狙い、自販機荒しなど)の余罪をどの程度追及し、検挙件数に含めるかという警察の捜査方針により、刑法犯検挙件数は、増加させることも、減少させることもできます。 特に「来日外国人」に対しては、1グループ(複数犯)の余罪が何百件、何千件と検挙件数に含まれています。
(3) 過去10年間(1993年から2002年)の「来日外国人」刑法犯検挙件数から窃盗犯検挙件数を除いた件数は、1993年3637件から2002年3654件とおおむね横ばいで増加していません。2003年の日本全体の「部品盗」認知件数120726件に対して、検挙件数8515件、検挙率7%、「車上狙い」認知件数414819件に対して、検挙件数60479件、検挙率15%、「自販機荒し」認知件数147878件に対して、検挙件数28152件、検挙率19%。これら検挙率が20%以下と低い「罪種」では、警察に被害届けがなされず認知件数に含まれない、いわゆる「暗数」も多く、「検挙件数」の増減は、警察の取り締りの結果を示すものに過ぎず、その犯罪数の客観的な増減を意味するものではありません。
表5 最近10年間(1993−2002年)「来日外国人」刑法犯検挙件数、窃盗検挙件数、窃盗犯以外の刑法犯検挙件数
1993
|
1994
|
1995
|
1996
|
1997
|
1998
|
1999
|
2000
|
2001
|
2002
|
|
@
|
12771
|
13321
|
17213
|
19513
|
21670
|
21689
|
25135
|
22947
|
18199
|
24258
|
A
|
9134
|
10120
|
14145
|
15952
|
19128
|
19078
|
22404
|
19952
|
14823
|
20604
|
B
|
3637
|
3201
|
3068
|
3561
|
2542
|
2611
|
2731
|
2995
|
3376
|
3654
|
(4) 「来日外国人」 刑法犯検挙件数の「増加」は、主に窃盗犯それも非侵入窃盗(部品盗、車上狙い、自動販売機荒しなど)の余罪の追及によってもたらされており、日本人ならカウントされないであろう1グループ(二人以上の複数犯)に対する何百件、何千件という余罪のカウントが「来日外国人」犯罪では行われており、「刑法犯検挙件数」の増加は指標として、犯罪が増加した根拠としてみなせないものです。
(2) 日本全体の刑法犯検挙人員の増加
刑法犯検挙人員は、2002年347558人から2003年379602人へと32044人増(前年比9.2%増)と日本全体も増加しており、2003年の「来日外国人」8725人の日本全体に占める構成比は2.3%と前年の2002年の「来日外国人」7691人の日本全体に占める構成比は2.2%より0.1%弱増加しただけで、過去のピーク時であった1993年の7276人の日本全体297725人に占める構成比2.4%より低いので、「来日外国人」犯罪だけが、とくに増加しているわけではありません。
表6 最近11年間(1993−2003年)「来日外国人」刑法犯検挙人員と全国刑法犯検挙人員及び構成比
年
|
1993
|
1994
|
1995
|
1996
|
1997
|
1998
|
1999
|
2000
|
2001
|
2002
|
2003
|
@
|
7276
|
6986
|
6527
|
6026
|
5435
|
5382
|
5963
|
6329
|
7168
|
7691
|
8725
|
A
|
297725
|
307965
|
293252
|
295584
|
313573
|
324263
|
315355
|
309649
|
325292
|
347880
|
379602
|
B
|
2.4
|
2.3
|
2.2
|
2.0
|
1.6
|
1.7
|
1.9
|
2.0
|
2.2
|
2.2
|
2.3
|
表7 最近10年間(1993−2002年)「来日外国人」刑法犯検挙人員、窃盗検挙人員、窃盗犯以外の刑法犯検挙人員
1993
|
1994
|
1995
|
1996
|
1997
|
1998
|
1999
|
2000
|
2001
|
2002
|
|
@
|
7276
|
6989
|
6527
|
6026
|
5435
|
5382
|
5963
|
6329
|
7168
|
7690
|
A
|
3995
|
3937
|
3900
|
3399
|
3155
|
3098
|
3404
|
3803
|
4135
|
4395
|
B
|
3281
|
3052
|
2627
|
2627
|
2280
|
2284
|
2559
|
2526
|
3033
|
3295
|
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