「今後5年間で不法滞在外国人を半減する計画」の5年後の検証
2009年8月10日 中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)
この文章は、 移住労働者と連帯する全国ネットワークの情報誌「M-ネット」
(2009年5月号)に掲載された原稿に、加筆したものです。
はじめに
1998年と比較して2003年は、刑法認知件数が約203万件から約279万件へ
1.4倍増加、凶悪犯認知件数も8253件から13658件へと、1.7倍へ増加しました。
このような「治安状況の悪化」を背景に、政府は、「犯罪に強い社会の実現のための行動計画」を策定し、
この2003年を、「治安回復元年」と位置づけました。そして、入管難民認定法の「不法」とされる
在留資格のない外国人(以下、「不法滞在者」)を、「犯罪の温床」であり、「治安への脅威」とみなしました。
「不法滞在者」の刑法犯検挙人員は、2003年1520人で、日本全体の刑法犯検挙人員0.40%、
「不法滞在者」の凶悪犯検挙人員は、2003年175人で、日本全体の凶悪犯検挙人員の2.1%しか
占めていませんでした。(※凶悪犯とは、殺人・強盗・放火・強姦の4つの罪種による犯罪をいう)
にもかかわらず、「不法滞在者」こそ「治安悪化の元凶」であるとシンボル化され、「治安の回復」の
ためには、「不法滞在者の今後5年間で半減が必要である」と言う数値目標が設定されました。
そして、「半減計画」の達成へ向けて、入管難民認定法改定や施策が次々と施行され、また、
かってない強力な取締りが入管職員や警察によって遂行され、多くの在留資格のない外国人や
その家族が摘発され、退去強制されていきました。この5年間に入管職員は、2003年度2693人
から2008年度3413人へと720名増員(約1.3倍)され、警察官も数万人が増員されました。
「半減計画」の5年間をへてその結果を検証してみます。
1、ほぼ達成された半減計画とその要因
2004年1月1日現在 21万9418人とされる「不法残留者」は、5年後の2009年
1月1日現在11万3072人へとほぼ半減し、「不法入国」「不法上陸」等を含めた「不法滞在者」を
半減するという数値目標は,ほぼ達成されました。なぜ、達成できたのか、それは、「@入管職員や
警察の取締りの強化による送還者の増加、A出国命令に応じた帰国者を含む自主出頭による帰国者の
増加、B在留特別許可により合法化された「不法滞在者」の増加、C新規の「不法残留者」の発生数の減少」、
という@からCの要因によるものです。
法務省が毎年1月1日に推計値を公表している「不法残留者」は、(1)その前年に日本から送還された
「不法残留者」と、(2)その前年の在留特別許可により合法化された「不法残留者」と、(3)その
前年に新に生まれた「不法残留者」という3つの要因によって決定されます。即ち、「不法残留者」の
減少数=(1)+(2)―(3)と言う関係式が成り立ちます。
「不法残留者の減少数」は、2004年1.2万人、2005年1.4万人、2006年2.3万人、2007年2.1万人、
2008年3.7万人と2006年以降の後半の3年間に減少数が増加しています。
(1)について、「半減計画」を達成へ向けて、入管難民認定法改定や施策が次々と施行され、また、かって
ない強力な取締りが入管職員や警察によって遂行されていった。その結果、「半減計画」の前半2004年から
2006年にかけて、自主出頭者も含め送還された「不法残留者」(退去強制令書による)は、2003年約
2万6千人から、2004年に新に策定された出国命令書によるものも含めて2004年約3万1千人、
2005年3万3千人、2006年3万4千人と、毎年5千人から8千人も増加していきました。しかし、
2007年は約2万9千人、2008年は2万5千人程〔推計〕と低下している。
また(2)について、在留特別許可により合法化された「不法残留者も、2003年8743人から
2004年10677人、2005年8483人、2006年7097人、2007年5586人へと
次第に低下してきています。
これらから、2006年から2008年にかけての「5カ年計画の後半の3年間、」に「不法残留者」の
減少をもたらした最大の要因は、「新規の不法残留者の減少」にあることがわかります。
それらをもたらした政府の個々の政策として、国籍別の「不法残留者数」で1位を占めている韓国
に対して、2005年の愛知地球博の試行期間をへて、2006年度から「短期滞在者のビザなし 渡航」
が可能となったこと、3位を占めているフイリピンに対して、「興行」の在留資格の許可基準を厳格にして
「興行」の在留資格による来日が激減したことが考えられますが、全般的に及ぶ要因として、「円安」や
日本の経済低迷により、諸外国との経済格差が縮小し、以前ほど「魅力のある国」や「お金の稼げる国」
でなくなったことが挙げられます。
5年間で、10万人以上減少した「不法滞在者」の大半は就労していたと思われます。「不法滞在者」は、
ほぼ半減しましたが、それに反比例するかのように「研修生」と「技能実習生」は増加し、5年間で
約10万人から約20万人へ倍増しました。雇用主にとっては、「研修―技能実習」制度を利用すれば、
在留資格のない外国人を雇用しなくとも、その代替が可能となってきたともいえます。
2、「半減計画」の本来の目的であった「治安の回復」はもたらされたのか、
以下の表1と表2から、「半減計画」の5年後の結果を検証してみます。
表1 日本全体の刑法犯認知件数と刑法犯検挙人員及び「不法滞在者」の刑法犯検挙人員と
日本全体に占める構成比。(1998年 2003年、2008年)
年 |
1998 |
2003 |
2008 |
2008-2003 |
日本全体刑法犯認知件数 |
2033546 |
2790136 |
1818023 |
-972113 |
日本全体刑法犯検挙人員 |
324263 |
379602 |
339702 |
-39900 |
「不法滞在者」刑法犯検挙人員 |
1302 |
1520 |
614 |
-906 |
日本全体に占める構成比 |
0.40% |
0.40% |
0.18% |
-0.22% |
※ 「不法滞在者」は、「不法残留者」「不法入国」「不法上陸」「資格外活動」など入管難民認定法で
「不法」とされる在留外国人のこと
表2 日本全体の凶悪犯認知件数と凶悪犯検挙人員及び「不法滞在者」の
凶悪犯検挙人員と日本全体に占める構成比(1998年、2003年、2008年)
年 |
1998 |
2003 |
2008 |
2008-2003 |
日本全体凶悪犯認知件数 |
8253 |
13658 |
8581 |
-5077 |
日本全体凶悪犯検挙人員 |
6949 |
8362 |
5634 |
-2728 |
「不法滞在者」凶悪犯検挙人員 |
137 |
175 |
34 |
-141 |
日本全体に占める構成比 |
2.0% |
2.1% |
0.6% |
-1.5% |
※ 凶悪犯 「殺人」「強盗」「放火」「強姦」の4つの罪種で構成される
「不法滞在者」の刑法犯検挙人員は、2008年614人、日本全体の刑法犯検挙人員0.18%、
「不法滞在者」の凶悪犯検挙人員は、2008年34人、日本全体の0.6%でした。2003年と比べて、
「不法滞在者」の刑法犯検挙人員は、906人減少、日本全体の刑法犯検挙人員に占める構成比が0.4%
から0.2%へ0.2%減少、「不法滞在者」の凶悪犯検挙人員は、141人減少、日本全体の凶悪犯検挙人員
に占める構成比が2.1%から0.6%へ1.5%減少しました。
日本全体の状況をみると、2003年と比較して2008年の刑法犯認知件数は、約279万件から
約182万件へと97万件減少(33%減少)し、刑法犯検挙人員も、約38万人から34万人へと、
4万人減少(11%減少)しました。また、凶悪犯認知件数は、約1万4千件から約9千件へと
約5千件減少(37%減少)し、凶悪犯検挙人員も、8362人から5634人へと2728人減少
(33%減少)しました。このように2003年以降、刑法犯や凶悪犯の認知件数は大幅に減少し、
それに伴い検挙人員数も減少してきました。
2003年と2008年を比較すると、「不法滞在者」の刑法犯検挙人員は、906人減少しましたが、
日本全体の刑法犯検挙人員減少数の4万人の2%程度を占めているに過ぎません。また、「不法滞在者」の
凶悪犯検挙人員は141人減少しましたが、日本全体の凶悪犯検挙人員の減少数2728人の5%程度を
占めているに過ぎません。「不法滞在者」の刑法犯検挙人員や凶悪犯検挙人員の減少は、「不法滞在者」
の構成人口の減少と、日本全体の犯罪の認知件数の減少が、「不法滞在者」の検挙人員の減少を
もたらしていると考えられます。
3.まとめ
2003年から2008年の最近5年間に、刑法犯認知件数、凶悪犯認知件数が3割以上減少するなど
大幅に「治安の改善」が見られました。但し、これらは、「不法滞在者」が半減し、その犯罪が
減少したためではありません。もともと、「不法滞在者」による刑法犯や凶悪犯が仮にゼロとなっても、
日本全体の犯罪に占めるその比率は、極めて小さいので、日本全体の犯罪の減少や「治安の改善」を
もたらす効果はほとんどありません。最近5年間の日本の「治安状況の改善」は、「不法滞在者」の
半減によるものではなく、6年以上続いた日本の戦後史上最長と呼ばれた「好況」下での雇用環境の
改善などによるものです。
2008年秋から雇用状況は急速に悪化してきており、今後日本全体の刑法犯や凶悪犯の認知件数や
検挙人員は増加に転じていくことが予想されます。そうなると、「半減計画」で実現した「不法滞在者」の
刑法犯検挙人員906人の減少、凶悪犯検挙人員141人の減少数など、吹っ飛んでしまいます。
即ち、「半減計画」と「日本社会の治安の改善」は本来関係がありません。「犯罪の温床」でも、
「治安の脅威」でもなかったにもかかわらず、「不法滞在者」をスケープゴートとすることで、
「半減計画」は、大多数の日本国民へ「治安問題」へ関心を高め、日本国民への「治安意識の洗脳」と
警察や入管など「治安機関の増員」をもたらしました。