中央教育審議会鳥居泰彦会長の差別発言への批判と検証
中島真一郎
2003年3月16日
「単一民族」発言への批判は、他の方々にお任せするとして、昨年(2002年版)「警察白書」を根拠とする鳥居参考人発言は、そのデータ上の根拠を疑わず信じられている方が多いかも知れませんが、実はデータ上の根拠のない発言であることを明らかにしておく
――――2月13日に行われた衆議院憲法調査会の「基本的人権の保障に関する調査小委員会」のなかで、参考人として出席し、今野委員の質問へ以下のような答弁を行っている。
今野小委員
鳥居先生、岡村先生には、長時間、ありがとうございます。大変興味深いお話を伺いました。 私は、鳥居先生が会長として、また部会長としておまとめになったこの中央教育審議会の中間報告を読ませていただきまして、これに基づいて幾つかの質問をさせていただきたいと思います。出席率が余り芳しくない中でまとめられたということで、国会でもしばしばこういうことがありまして、これこそ社会病理ではないかと私は思います。
この中間報告の中で、「青少年の凶悪犯罪の増加や学力の問題が懸念されている。」というふうに触れていらっしゃるところがあります。しかし、これは我が国だけの問題ではなくて、多くの先進諸国が共通に抱えている問題であります。
しかし、この日本の少年犯罪というのを考えますと、少年刑法犯の発生率は、一九九六年の時点ですが、ドイツは日本のおよそ五倍、イギリスはおよそ三倍、アメリカとフランスはおよそ二倍。また、少年による殺人になりますと、アメリカは日本のおよそ十四倍、ドイツは六倍、イギリスとフランスはおよそ五倍というふうになっておりまして、少年の犯罪率というのは、むしろ発生状況は非常に低い。
これはさまざまな国から注目されておりまして、なぜ、日本の少年犯罪率は低いのか、低い水準にとどまっているのか、そのこともまた私たちは考えなければならないのではないかと思いますが、この点について両先生はどのようにお考えでしょうか。大変恐縮ですが、短くお答えいただければありがたいです。
○鳥居参考人
まず、昨年の警察白書が言っておりますように、昨年の警察白書の段階で急にふえているという事実があります。しかし、それでも、今野先生がおっしゃるように、外国に比べればまだ低いことは確かです。しかし、事態としてはかなり深刻な事態になりつつあるということをまず申し上げたいと思います。
それから二番目に、なぜ日本の方が低いのかなんですけれども、私は二つの理由が、たくさんありますけれども、二つだけ申し上げたいと思います。
一つは、日本が、住民が比較的日本人で構成されている、単一民族の国だ。要するに、ほかの人種の人たちが非常に少ないということが残念ながらあると思います。これが、今度の警察白書をごらんいただければわかりますように、犯罪の中に占める他の国の人の割合がふえているということと関係があるというふうに考えるべきだと思います。 それからもう一つ、もっと大きな問題は、日本というのは今挙げられた国に比べればやはり所得格差が比較的平準な国だということだと思います。所得格差が、極端に大きく格差が広がっていきますと少年犯罪というのはふえる、そういう傾向があると思います。
1.少年犯罪について発言
「昨年の警察白書が言っておりますように、昨年の警察白書の段階で急にふえているという事実があります」
1.鳥居参考人発言の真偽の検証
昨年の2002年版(平成14年版)「警察白書」(2002年10月31日発行)は「平成13年は、刑法犯少年の検挙人員が10年以降3年ぶりに増加となったほか、凶悪犯が9年以降5年連続で、ひったくりが11年以降3年連続で、それぞれ2000人を超えるなど,非行の凶悪化・粗暴化の状況がうかがわれ、依然として深刻な状況となっている。」(ページ138)と記述しています。
表1 少年の刑法犯(交通関係業過を除く)検挙人員の推移(最近5年間 1997-2001年)
年 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 |
検挙人員 | 178950 | 184290 | 16224 | 152813 | 157821 |
人口比 | 1178.8 | 1246.0 | 1139.2 | 1088.8 | 1155.8 |
注)『人口比』は10歳以上20歳未満少年人口10万人あたりの少年刑法犯検挙人員のこと。出典 2002年版「犯罪白書」(ページ338 資料4−2 交通関係業過を除く少年刑法犯の年齢別検挙人員及び人口比 昭和41年〜平成13年 )より作成。
表2 凶悪犯・強盗犯少年の検挙人員の推移((最近5年間 1997-2001年)
年 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 |
凶悪犯 | 2263 | 2197 | 2237 | 2120 | 2127 |
うち強盗犯 | 1675 | 1538 | 1611 | 1638 | 1670 |
出典 2002年版「警察白書」(ページ139)より作成
2、コメント
以上の表1、表2のデータから明らかなように、2001年の少年刑法犯検挙人員は、2000年に比べて約5千人増加していますが、最近5年間のピークである1998年の18万4290人と比べて2万6千人以上減少しています。1998年と比べて1999年、2000年と2年続けて減少していたのが、3年ぶりに約5千人増加したに過ぎないことがわかります。ちなみに、1966−2001年の35年間で、検挙人員の最大は1983年の26万1634人、人口比の最大は、1982年の1425.9人です。検挙人員の最小は1972年の13万8677人、人口比の最小は、1969年の784.7人です。2001年の刑法犯少年は、最近35年間の1983年の最大値と比べても約10万人以上減少しており、人口比でも、1982年の最小値と比べて、少年人口10万人あたり、約270人減少しています。少年の凶悪犯・強盗犯検挙人員も、最近5年間で見るとほぼ横ばいで、急増しているわけではありません。
以上から、鳥居参考人の発言は、データ上の事実から前年の増加(約5千人)を根拠にしていると思えますが、最近5年間、あるいは過去35年間のデータで見る限り、少年犯罪は減少しており、急増しているわけではありません。少年犯罪の検挙人員の増減に影響を与えているのは、経済状況と警察の取締まり方針であって、教育基本法や「愛国心」教育の有無ではありません。
2.外国人犯罪について
「これが、今度の警察白書をごらんいただければわかりますように、犯罪の中に占める他の国の人の割合がふえているということと関係があるというふうに考えるべきだと思います。」
1.鳥居参考人発言の真偽の検証
2002年版「警察白書」は、「13年中の来日外国人による犯罪の検挙状況は、検挙件数2万7763件、検挙人員は1万4660人となっている。過去10年間の来日外国人犯罪の検挙状況の推移をみると、検挙件数、検挙人員とも増加傾向にあり、 13年は、4年と比べてそれぞれ2.3倍、1.6倍となっている。(第9章第1節「来日外国人」による犯罪参照)このうち、来日外国人による刑法犯の検挙件数は、11年の2万5135件をピークにその後減少しているが、13年は4年の2.4倍となった。刑法犯の検挙人員も、増加傾向にあり、13年は4年の1,2倍となった。また、来日外国人による特別法犯の検挙件数、検挙人員とも増加傾向にあり、13年は4年と比べて2.0倍2.1倍となった」と記述し、検挙件数や検挙人員の増加を強調している。しかし、鳥居参考人の発言「犯罪の中に占める他の国の人の割合が増えている」という記述は、冒頭の「T統計に見る犯罪情勢」や第9章「来日外国人による犯罪」の章の箇所でも、2002年版「警察白書」では書かれていない。
実は、「外国人犯罪の増加・凶悪化・組織化・地方への拡散」といった警察庁の広報とそれを受け売りしているマスコミの報道を信じ込まされている方には意外に思えるかも知れないが、以下の表3−5で明らかなように日本の刑法犯検挙人員に占める外国人の割合は、過去10年間の平均が3.6%で、最近10年ほとんど変化していない。過去10年間のうち最大が1993年の4.1%で、最低が1998年の3.2%である。以上から、鳥居参考人発言の根拠となっている「警察白書」には、そのような記述はなく、また、 日本の犯罪に占める外国人犯罪の構成比が最近10年間でみると増加している事実もない。
「外国人」人口は、「その他の外国人」人口(約1割以上 注2参照)も「来日外国人」人口(約4割以上 注4参照)も最近10年間で増加しており、一般論でいえば刑法犯検挙人員が増大傾向にあったり、日本全体の刑法犯検挙人員に占める外国人刑法犯検挙人員の構成比が増大していくことは日本社会の国際化の進展として冷静に受け止めていけばよい。しかし、「警察白書」や「犯罪白書」のデータからは、日本全体の刑法犯検挙人員に占める外国人刑法犯検挙人員の構成比は、最近10年間ほほ横ばいで大きな変化はしていない。むしろ、日本全体の刑法犯検挙人員の増減に連動しながら変化しているにすぎない。このことは、1990年代以降の日本社会の犯罪増加や、「治安悪化」といわれる状況が、「外国人犯罪」によるものでなく、「外国人犯罪」もまた日本社会の構成員として日本社会の犯罪増加や、「治安化」といわれる状況の影響をうけて変化していることを示している。
表3 「外国人」(「その他の外国人」と「来日外国人」の合計値)刑法犯(交通関係業過を除く)検挙人員と全国刑法犯(交通関係業過を除く)検挙人員及び構成比 最近10年間(1992−2001年)
年 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 |
外国人 | 10807 | 12182 | 11906 | 11234 | 10741 | 10385 | 10248 | 10696 | 10963 | 11893 |
全国 | 284908 | 297725 | 307965 | 293252 | 295584 | 313573 | 324263 | 315355 | 309649 | 325292 |
構成比 | 3.8 | 4.1 | 3.9 | 3.8 | 3.6 | 3.3 | 3.2 | 3.4 | 3.5 | 3.7 |
出典 2002年版『犯罪白書』より作成
(注1)警察庁編の「警察白書」は、日本での外国人犯罪について、在留外国人のうち@定着居住外国人(「特別永住者」、「永住者」、「永住者の配偶者等」の在留資格者)及びA駐留米軍関係者、そしてB「在留資格不明者」を除いた外国人を、「その他の外国人」と定義している。また、在留外国人から「その他の外国人」を除いた外国人を「来日外国人」と定義している。そして、警察庁は、警察白書などでは、「その他の外国人」の犯罪統計は公表せず、「来日外国人」の犯罪統計のみ公表している。これに対して、法務省法務総合研究所編の「犯罪白書」は、「外国人刑法犯」の統計として、「その他の外国人」及び「来日外国人」の犯罪統計を公表している。
表4 「その他の外国人」刑法犯(交通関係業過を除く)検挙人員と全国刑法犯(交通関係業過を除く)検挙人員及び構成比 最近10年間(1992−2001年)
年 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 |
『その他の外国人』刑法犯検挙人員 | 4846 | 4906 | 4917 | 4707 | 4715 | 4950 | 4866 | 4733 | 4634 | 4725 |
全国の刑法犯検挙人員 | 284908 | 297725 | 307965 | 293252 | 295584 | 313573 | 324263 | 315355 | 309649 | 325292 |
「その他の外国 人」が全国の刑法犯検挙人員に占める構成比(%) | 1.7 | 1.6 | 1.6 | 1.6 | 1.6 | 1.6 | 1.5 | 1.5 | 1.5 | 1.5 |
(出典 2002年「犯罪白書」より作成)
(注2)「その他の外国人」人口は、その大半を占める「特別永住者」が1992年約59万人から2001年約50万人と9万人減少しているが、一般永住者が1992年の約4万5千人から2001年約18万4千人へ約14万人増大していること、駐留米軍関係者を示す「協定該当者」の新規入国者は1992年約8万6千人から2001年約11万3千人へと、約2万7千人増加しています。「在留資格不明者」は、「在留資格未取得者」と「その他」の合計としても、1992年2万人から2001年3万人へと約1万人の増加している。これらから、「その他の外国人」の推定人口は、1992年の74万人から2001年の約83万人へと約9万人増加し、この10年間に約1割以上増加していると推定される。
表5「来日外国人」刑法犯(交通関係業過を除く)検挙人員と全国刑法犯(交通関係業過を除く)検挙人員及び構成比 最近10年間(1992−2001年)
年 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 |
来日外国人』刑法犯検挙人員 | 5961 | 7276 | 6986 | 6527 | 6026 | 5435 | 5382 | 5963 | 6329 | 7168 |
全国の刑法犯検挙人員 | 284908 | 297725 | 307965 | 293252 | 295584 | 313573 | 324263 | 315355 | 309649 | 325292 |
「来日外国人」が全国の刑法犯検挙人員に占める構成比 | 2.1 | 2.4 | 2.3 | 2.2 | 2.0 | 1.6 | 1.7 | 1.9 | 2.0 | 2.2 |
(出典 2002年「犯罪白書」より作成)
(注3)警察庁の「来日外国人」の定義から、「来日外国人」とは、「特別永住者」を除き、出入国管理難民認定法(以下、入管法)にある27の在留資格から「永住者」「永住者の配偶者」を除く25の在留資格(「短期滞在者」「留学」「就学」「定住者」「日本人配偶者等」「研修」「興行」まど)を持つ者と、在留資格を持たない「不法滞在者」(「不法残留者」「不法入国者」「不法上陸者」などを含む)が含まれる。
(注4)「来日外国人」人口は、「不法滞在者」のうち正規のビザで入国後に在留期限を超えて残留している「不法残留者」については法務省が毎年推計値を公表しているが、正規のビザを持たないで入国、上陸した「不法入国者」と「不法上陸者」等の数が不明であること、「短期滞在者」は、「15日間以内」、「90日以内」の2種類の在留期間内しか原則的に滞在していないなど算出が困難である。@「短期滞在者」は、1992年の約299万人と2001年約388万人を比べると、89万人増加している。(「15日間」を24分の1人と「90日間」を4分の1人とそれぞれ1年間滞在している期間に換算して人数を算出した場合の増加数は、約23万人)また、A「特別永住者」「永住者」「永住者の配偶者等」を除いた外国人登録者数は、1992年約64万人から2001年約109万人へと45万人増加している。一方「不法残留者」の推計値(法務省公表)は、1992年の約30万人から2001年約23万人へと7万人減少している。(不明な「不法入国者」、「不法上陸者」の数は、数万人から10万人未満と推計され。これも最近10年間では減少していると思われる) 以上から、「来日外国人」人口の推計(@ 1年間の滞在期間へ換算した短期滞在者数 + A 「定着居住者」を除く外国人登録者+ B 「不法残留者」)は、1992年の約147万人から、2001年208万人へと約61万人増加し、約4割以上増加している。
3.「少年犯罪」と「外国人犯罪」のデータの見方への補足説明
「少年犯罪」と「外国人犯罪」(「来日外国人による犯罪」及び「不法滞在者による犯罪」)は、日本社会の治安悪化の理由として「政治的」に利用されやすい。その理由は、以下の二つの理由による。第一は、当事者から抗議がくることがないので、安心して利用できること、もう一つは、警察庁や警視庁の犯罪データを、犯罪の実際の数値を表すものと信じ、警察発表のデータを前提に論じられてきたためである。
日本社会で実際に起きている犯罪のうち一体どれだけが「少年」あるいは、「外国人」によるものかをデータ上知ることができないため、警察の捜査方針や捜査能力に左右されやすい「検挙件数」と「検挙人員」という不確かな統計でしかあらわすことができないのに、このデータの増加をあたかも犯罪の増加と同一視して論じられている。とりわけ、『検挙件数』は、刑法犯検挙件数の約7割を占める窃盗犯、それも窃盗犯の5割以上を占める非侵入盗(車上狙い、自販機あらし、部品盗、万引き等)や3割以上を占める乗り物盗(その多くが自転車窃盗)の余罪追及の程度に大きく左右されやすい。 そして、「少年犯罪」は、「少年人口」が統計であきらかあり、人口10万人あたりの検挙人員を「人口比」として示すことができるのに比べ、「外国人犯罪」は、警察庁の定義では、「短期滞在者」や「不法滞在者」などを含めているため「外国人人口」が不確定で、「人口比」を示すことができない。
このように、警察庁の犯罪増加の根拠となっている「検挙件数」や「検挙人員」は、犯罪の実際を表すものではないが、ある期間(たとえば10年間、30年間など)の犯罪の傾向をみることはできるし、警察庁の「検挙件数」あるいは「検挙人員」の増減を根拠に犯罪の増減を論じる論理を、同じデータで批判的に検証することはできる。「少年犯罪」については、警察庁のデータについて、刑事法学者、犯罪学者、教育学者、弁護士などからの批判的論考も多くなされているが、警察庁の「外国人犯罪」データについては、専門の学者や弁護士、人権団体などからもほとんど批判的論考がなく、石原都知事の差別発言や、今回の鳥居中教審会長の差別発言など公職にある人間が公然とおこなっても、それへの批判がほとんどなされない。それは、警察庁の宣伝やマスコミの報道により、あたかも事実であるかのように広く深く浸透して、いわば自明のごとく内面化されているためである。石原都知事や鳥居中教審会長らの差別発言を非難していくためには、その発生源となっている警察庁のデータそのもののあり方から批判していくことが求められている。
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