中島眞一郎
2002年1月
T 在留外国人への適用が次第に拡大されている社会保障制度
1979年の国際人権規約の批准、1981年の難民条約批准後、日本の社会保障制度は、社会保障制度の内外人平等の原則が求められるようになり、「国籍要件」撤廃の必要性に迫られました。1982年には、児童手当法、児童扶養手当法、国民年金法等が、1986年には国民健康保険法の「国籍要件」が撤廃されました。 入管法の別表2(永住者・定住者・日本人配偶者等身分関係によって認められる在留資格)の在留資格を有する「定住外国人」に、日本国籍者と同様に適用されるだけでなく、原則として1年以上の在留期間のある(1年以上の在留が見込める場合を含む)正規の在留資格を有する在留外国人には、日本人と同じように社会保障の適用があります。但し、生活保護法は、対象を「国民」とする表現をしており、入管法の別表2(永住者・定住者・日本人配偶者等身分関係によって認められる在留資格)の在留資格を有する「定住外国人」には、準用として適用されますが、その他の在留外国人には適用されません。公衆衛生や緊急の保護が必要とされる「入院助産制度」や、身体に障害のある子のための「育成医療」、未熟児に対する「養育医療」等は、正規の在留資格をもたない外国人や短期滞在の在留外国人にも適用されます。(但し、このことを理解していない自治体で在留資格や外国人登録がないことを理由に拒否される事例もあります。)
要約すると、社会保険は、原則的には1年以上在留の見込みのある外国人に、生活保護は「定住外国人」にのみ準用され、公衆衛生や社会福祉のうち「入院助産」等緊急保護は在留資格のない外国人にも適用される。従って、緊急保護を除いて社会保障制度から適用除外されている在留資格のない移住労働者の問題が、大きな問題となっています。
U オーバーステイ外国人の国民健康保険加入問題
事例 国民健康保険の加入が認められた福岡市の事例
福岡県内在住のオーバーステイのフイリピン人の母親と父親の死亡認知をえた外国籍の子二人の在留特別許可が申請中で、1998年11月に仮放免手続きがなされて、福岡入管で許可待ちの状態の時に、福岡入管に在留特別許可の取得が確実であることを自治体の担当者が確認し、1998年10月に遡及して、国民健康保険の加入と乳幼児医療がみとめられました。生活保護の申請は認められませんでしたが、これは現在住んでいるアパートの家賃が高いために基準を満たさなかったためで、在留特別許可申請中だからではありません。(『ネットワーク九州第2号、p17 アジアに生きる会の報告』より)これ以外にも、国民健康保険の加入が日本人との結婚や日本人の実子の養育し、在留特別許可を申請中の外国人に認められた例が九州内にはいくつかあります。 |
解説 オーバーステイ外国人の国民健康保険加入問題
厚生省は、「在留資格が1年以上ない外国人は国民健康保険の被保険者ではない」(1992年3月31日の厚生省国民保険課長通知)として、オーバーステイ外国人は、在留資格がなく『住所を有していない』としては加入を認めない方針を取っています。しかし、オーバーステイで日本人などとの結婚や日本人の実子の養育等を理由とする在留特別許可申請中の外国人の国保加入については、各自治体によって認める(熊本 市、福岡市などで実例があります)ところと、認めないところ(東京都武蔵野市では、厚生省方針に従い認めなかったため訴訟になっています)に判断が別れています。熊本市の国保の担当者によると、厚生省の「外国人に対する国民健康保険の適用について」(1992年3月31日保険発第41号)を示して、「これに基づいて現在も運用を行っています。」と前置き、以下のような説明をしてくれました。
この通達によると、「その自治体に外国人登録をしている外国人で、入国当初在留期間が1年以上であることが要件となっていますが、入国当初1年未満であっても、1年以上滞在すると認められる者には適用する」となっていますので、ケースによっては可能だと思います。無国籍者についても、厚生省は国民健康保険の加入を認めるようにと解説(ぎょうせい 発行、厚生省保険局監修の国民健康保険の解説書)していますので、それから考えても可能ではないかという見解でした。国民健康保険の加入は、原則的には自治体が判断することになっており、不明な場合に厚生省に回答を求めることになりますので、当該自治体の判断により加入の有無が別れているのではないか」という考え方でした。また、「最近の厚生省からの通達では、就学生についても積極的に加入を認めるようにといってきています。」とも教えてくれました。
資料 厚生省の通達
第1、国民健康保険の適用対象となる外国人は、1、外国人登録法第2条第2項に規定するものであって、同法に基づく登録を行っているものであり、入国時において出入国管理難民認定法第2条の2に規定により決定された入国当初の在留期間が一年以上であること。
第2、入管法第2条の2の規定により決定された入国当初の在留期間が一年未満であっても、外国人登録法に基づく登録を行っており、入国時においてわが国への入国目的、入国後の生活実態などを勘案し、1年以上わが国に滞在すると認められる者も国民健康保険の適用対象となるが、1年以上わが国に滞在すると認められるかいなかの判断は、別紙にかかげる資料等を参考にして行うものであること。ただし、1年未満の滞在予定であったものが、在留期間の更新を行う場合には、その時点において、上記1又は2の基準に適合するかいなかを判断するものであり、当該外国人が、在留期限の更新により結果的に事実上わが国に1年以上滞在することとなったとしても、国民健康保険の適用対象とならないものであること。(以下略)
V オーバーステイ外国人世帯への生活保護の受給問題
事例 オーバーステイの外国人親子を対象とする生活保護が初めて認められました
同居の日本人男性の暴力から逃げてきたオーバーステイ(超過滞在)のフイリピン人母Aさんと3人の子(2人出生後認知、1人胎児認知により出生後日本国籍取得)を1997年7月に母子寮に入寮し、また、在留特別許可を福岡入管に申請し、生活保護申請を熊本市にしました。同年9月厚生省の回答を得て生活保護の受給が始まりました。このケースは、厚生省の1990年の口頭指示(「生活保護の適用される外国人を、就労制限のない入管法別表2の在留資格(特別永住者、永住者、定住者、日本人配偶者等)のある外国人に限定して認める」)以降、日本人の実子を養育している外国人への定住者ビザの取得に関する1996年7月30日の法務省通達に関連した事例として初めて認められました。一方、1997年7月に申請した在留特別許可申請も、福岡入管での5-6回の審査を経て、1998年5月下旬法務大臣より在留特別許可が外国籍でオーバーステイの母子3人(母親は定住者ビザ1年、外国籍の子二人は日本人の配偶者等ビザ1年)にみとめられました。このケースは、胎児認知により日本国籍を取得している子どもが一人いるケースでしたが、在留特別許可申請中は母子寮に入寮し、申請中に生活保護を得て、生活保護により生活しているケースで、在留特別許可が認められました。 |
解説 《熊本市のケース生活保護適用以降の厚生省の方針》
1997年9月に熊本市でオーバーステイ外国人親子世帯へ生活保護の適用が、厚生省の1990年の口頭指示(「生活保護の適用される外国人を、就労制限のない入管 法別表2の在留資格(特別永住者、永住者、定住者、日本人配偶者等)のある外国人に限定して認める」)以降初めて、1996年7月30日の法務省通達に関連した事例として厚生省により認められました。しかし、その後、横浜市、東京都での同様な事例が厚生省により「却下」されてしまいました。厚生省の回答にばらつきがあり、揺れている状況を厚生省・法務省双方の担当者を呼んで、1998年5月12日に移住労働者の問題に取り組むNGO12団体約20名で交渉しました。
この交渉で厚生省は、「1996年7月30日の法務省通達に関連する日本人の実子を養育・監護している在留特別許可申請中の外国人については、定住ビザ取得前は就労制限がなされており、日本人と同様な生活を送っている外国人とみなせないので生活保護の規定を準用することはできないので、ビザ取得後受給を認める」との統一見解を示し、従来通りの見解に後退してしまいました。そして、「熊本市のケースについても、この見解に立てば本来保護を停止・廃止をすべきであるが、不利益変更の禁止等の生活保護法の規定からそのような措置はしない」という取り扱いがなされることを表明しました。
熊本市のケースが普遍化され、「オーバーステイ外国人には生活保護を適用しない」としてきた厚生省の生活保護行政が転換されるとの期待は裏切られ、熊本市のケースのみ「特例」として保護が継続されるということになりました。そして、1998年5月下旬に、法務大臣は、生活保護を受給して暮らしている、この熊本市のケースの親子に在留特別許可を認め、厚生省の見解によっても生活保護が継続できることになりました。
熊本市のケースは救済されましたが、同様な困難を抱えている全国各地のオーバーステイ外国人親子世帯はいまだ生活保護の受給が認められていません。ただし、全国の地方自体のなかには、この熊本市へのケースが先例となり、日本国籍を持つ子あるいは、日本人父親の認知をえた日本人の実子を実際に養育しているケースで、在留特別許可の取得がほぼ確実に認められるケースについては、在留特別許可取得前でも生活保護の受給をオーバーステイ外国人親子世帯に認めるところが現れています。
1999年地方分権一括法が成立し、国と地方自治体の関係を対等・協力関係に改め、権限を大幅に地方自治体に移管しました。この法律の施行により、厚生労働省の口頭指示そのものが違法となり、実際に困窮しているオーバーステイの外国籍の親子世帯の救済が地方自治体の主体的判断で可能となっていると考えられます。