コムスタカ―外国人と共に生きる会

日比国際児問題


コムスタカはフィリピン人の母親と日本人の父親との間に生まれた子どもたちの支援をしてきました。その過程で彼らを混血児と呼ぶ呼び方を差別的だと考えこの言葉を使わない、またどうしても使う必要があるときには「日比国際児」と言う言葉を使うというようにしてきました。また外部に向けてもこの「混血児」と言う言葉を使わないように申し入れてきました。NHKが2001年1月7日に放送した新アジア発見『お父さん私たちは生きています』の番組の中で「混血児」の言葉を使ったことに対する抗議もこのような取り組みの中で行われました。以下はその経緯です。

NHKの番組での「混血児」の表記に関する申し入れと質問に対する回答がありました。

  

2001年3月27日
中島真一郎 

日比国際児の問題に取り組む九州内のNGO3団体で申し入れ書及び質問書をNHK熊本放送局に提出したのが、2月27日でした。この番組を制作したのが、NHK広島放送局(以下、NHK)ということで、NHK広島放送局が回答するという連絡を3月1日に受け、3月9日に文書での回答がFAXで送られてきました。この回答は抽象的でコムスタカのメンバーなどで読んでも、NHKは日比国際児をテーマとする番組では、今後「混血児」を原則的には使用しなくなる、あるいは、今後とも「混血児」の用語は原則的に使い続けるという回答の意味の解釈が正反対に分かれてしまいました。そこで、NHKの回答の趣旨を理解するため電話で再度説明を求めました。私と北出 晃氏のやり取りがその要約です。結論から言うと、「NHKは、一定の問題のある言葉と認識しつつも、この言葉を使わないと問題点や本質を端的にわかりやすく伝えられない、替わることばとして国際児という提案も、現在理解が行き届きかねる言葉で置き替えて使うことが難しい状況と判断しており、今後とも原則的には使用し続ける。しかし、国際児という言葉がNGOの間で使用されていることは知っており今後その言葉が定着していけば、NHKとしてもその言葉を使うことになるであろう。」という回答でした。

 NHKの文書回答では、「放送で注意していることは、言葉を制限することではなく、番組内容、ナレーションの文脈、表現方法などと総合的な関係において差別的な表現かどうかを判断するということです。」と述べています。これも抽象的で、どのように運営されているのかはっきりしませんので、NHKとしては『差別語』として使用を禁止している用語はないのかと聞いたところ、「障害者、被差別部落民、在日外国人を意味する呼称で差別表現として定着している言葉については、歴史的な経緯として説明したり、差別をなくす方向でやもうえず使用する以外は使用しない、人種間の異なる父母から生まれた子どもをあらわす『合いの子』という言葉も、同様に使用しない。しかし、『混血児』という言葉は、過渡期にある、いわばグレーゾーンにあると考えて欲しい」との説明でした。従って、NHKには、
@差別表現と認めて原則使用しない用語、
A差別的表現として一定の問題のある言葉として取り扱いに注意する用語、
B差別表現と認めないで原則使用できる用語
の3つの区分けがあるように思えます。「混血児」という言葉は、Aの位置にあるようです。

 

今回の私たちの申し入れに対して、NHKの回答は十分満足のいくものではありませんが、比較的迅速な対応がなされ文書で回答が寄せられたこと、「混血児」という言葉を一定の問題がある言葉として認識していることや、国際児など他に言い換えができる言葉が一般に定着していけばその言葉を使用していく方向性が示されたことは評価できると思います。

これまでのマスコミや出版社への申し入れを通じて、このような子どもたちを表す際に「混血児」の言葉の使用をやめてほしいとする私たちと、使用し続けるマスコミや出版社との間で以下の論点が明らかになってきています。 1、「混血児」という言葉に差別があると考えるか、その言葉には差別がなくニュートラ ルなものであると考えるか、 2、子ども達の差別の実態が問題であり、その実態や本質を端的に正確に表すのに「混血児」という言葉がふさわしいのか否か、 3、多くの人にわかりやすく伝え理解してもらうのに、「混血児」に替わる言葉がないのか否か、あるいは、国際児という言葉ではなぜ代替とならないのか

私たちの立場は、この言葉自体に差別がある差別表現であり、この言葉を使って番組で表現することは、問題の実態や本質を端的に正確に表す言葉とはならないこと、そして、替わりの言葉として、「日本人父親とフイリピン人母親の間に生まれた子(ジャパニーズ・フイリピーノ・チルドレン)」として表すか、「国際児」を使用してほしいということです。


質問及び申入書
 

NHK(日本放送協会)殿 
     

2001年 2月27日

2001年1月7日放送の新アジア発見『お父さん 私たちは生きています
----フイリピン・日比混血児は今』の番組の「混血児」表現について
 

1、日比国際児問題に取り組むNGOとして
  私たちは、日比国際児問題(JFCージャパニーズ・フイリピン・チルドレン)に取り組んでいるNGOです。この問題は、日本人男性によるフイリピン女性や子どもへの重大な人権侵害問題であるとともに、子どもの養育責任を放棄している無責任な男性を容認し、放置している日本政府や社会のあり方が問われている社会問題でもあると考えています。1994年以降フイリピンのNGOであるバテイスセンターフォーウイミンから日本人父親を探し交渉してほしいと依頼をうけ、九州内に居住している父親との交渉や、家庭裁判所への調停・審判申立や地方裁判所への認知訴訟を通して数多く具体的に解決してきました。この問題に取り組むなかで、マスコミ各社に「混血児」は、以下のような理由で差別表現として、これまで、今後使用しないこと、そして代わりに「国際児」または、「JFC(ジャパニーズ・フイリピン・チルドレン)を使用してほしいとの要望を行ってきました。

2、「混血児」という言葉の差別性について
  「混血児」は、「純血児」との対比で使われています。「純血」と「混血」は、対等な関係になく、「純血」が優位に、「混血」が劣位に置かれた上下関係にあるもとして使われています。子どもは、あくまで個人としての父母の間に生まれるものであり、父母の間の人種や民族や国籍の違いにより差別されるべきではないと思います。個人としての父母の間に産まれてくる子供を、「血が混じる」という血統を示す表現で表すことが差別になります。日本人の父母の間に生まれて来た場合も、母親と父親の「血が混じって」生まれてくることには違いないので、人種や民族や国籍が異なる父母の間から生まれてくる子どもと同様に「混血児」と呼ばれてよいはずですが、前者の場合には通常何らの特別な呼称はなく、ただ、後者の場合の「混血児」と対比された場合にのみ、「純血児」と呼ばれます。実際問題としても、人種や民族や国籍の異なる父母により生まれてきた子どもが、日本社会の中の地域や、学校で「混血児」と呼ばれていじめられてきています。この場合、「混血児」が、侮蔑的意味で使われていることからも「混血児」が、差別的表現であることは、あきらかだと思います。

 駐留米軍基地が集中する沖縄では、アメリカ人の父と日本人の母親から生まれてきた子どもについて「合いの子」や「混血児」との呼称がかって使われきました。しかし、沖縄のNGOである『アメラジアンの教育権を考える会』は「合いの子」や「混血児」を差別表現と批判し、自らを「アメラジアン」と名乗っています。また沖縄の行政や地元マスコミは、現在では「混血児」ではなく「国際児」を使用するようになっております。

3 質問

 2001年1月7日にNHK総合で放送された番組 新アジア発見『お父さん 私たちは生きています----フイリピン・日比混血児は今』とのタイトルで放映ががなされ、番組の中でも「混血児」という呼称が数多く使われていました。なぜ、NHKは、「混血児」という差別表現をタイトル及び番組の中で使用したのかその理由を明らかにして下さい。また、今後とも「混血児」の表現を使用しつづける意向であるのかをあきらかにして下さい。

4 申し入れ

貴社において、混血児を差別表現と認め、今後二度と「混血児」という言葉を使用しないで下さい。NHK以外にも、マスコミの多くはこれまでは「混血児」との呼称を使用してきました。そこで、「混血児」に変わる日本語の呼称が必要と考え、私たちは「国際児」の呼称を使用することにしています。九州内の外国人の人権問題に取り組む市民団体は、1995年11月以降のJFC(ジャパニーズ・フイリピン・チルドレン)問題の九州内の集会から、「日比国際児」を「日比混血児」に代わって使用し、また、1996年4月下旬に福岡市で開かれた第1回移住労働者問題全国フォーラムでも日比国際児という言葉を使用し、以後全国各地の移住労働者とその家族の人権問題に取り組むNGOの多くで「国際児」という言葉が使われてきています。むろん、他によりふさわしい表現をNHKが見出されたり創造され使用されていくことでもかまいません。

 今回の申入れを機会に、NHKのなかで十分議論し、今後『混血児』を差別表現と認め、二度と「混血児」という表現が使われることのないように申し入れます。また、NHKとして「混血児」という表現が差別表現であると認められる場合には、NHKの見解として放送などでその見解をあきらかにして下さい。

申し入れ団体 (順不同)

  コムスタカ―外国人と共に生きる会(代表 鈴木明郎)
    連絡先  熊本市上通町3−34 手取カトリック教会 
  アジアに生きる会
    連絡先  福岡市中央区天神2−14−8
          福岡天神センタービル4階  女性協同法律事務所内
  ATLAS−Global Network in Kagoshima(代表 塚田ともみ)
      鹿児島市名山町5−16  高嶺ビル1F


NHK広島放送局からの文書による回答
 

20001年3月9日

コムスタカ―外国人と共に生きる会
アジアに生きる会
ATLAS―Global Network in  Kagoshima
各 代表者 様

NHK広島放送局
放送部長   岡田 俊郎

拝啓 時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。
いつもNHKの放送に格別のご配慮・ご協力をたまわり、厚くお礼申し上げます。

 このたび、私どもが制作いたしました総合テレビ1月7日放送「新アジア発見・お父さん私たち生きています〜フイリピン・日比混血児は今〜」をご覧いただきまことにありがとうございました。おかげ様で番組の反響も大きく、母親や子供たちの置かれた現状を少しでも多くの人たちに知って欲しいと願って取り組んだ私どもにとって大きな喜びでした。 これからも引き続きこの問題を考え、取材を続けていきたいと思っています。

 

さて、貴団体から当協会に届きました質問及び申入書について、番組の責任者である小職より、ご回答申し上げます。  

   

 「新アジア」発見」は、政治体制の急変や経済危機,自然災害や環境汚染、戦争などの負の遺産に翻弄されつつも、懸命に、逞しく、時には誇り高く生きる市井の人々の姿を描く番組です。その心は、アジアの人々のこうした生き方は、たとえそれがささやかな草の根の動きであろうとも、西欧追随の時代を抜け出し、アジア各国・各地の固有の文化と価値観を大切にしながら、新しいアジアの時代の構築につながる動きであるとの確信にあります。21世紀のアジアを担う若い世代の「ささやかな」一歩をしっかりと描き、彼らとの連帯を喚起するものでありたいと願って制作しております。

 さて、ご指摘いただきました「混血児」の用語についてですが,私どもも現場のスタッフ(複数のプロデユーサーとデイレクター)の間で議論いたしました。この言葉で表される状況は、終戦直後から日本が背負ってきた課題の一つでありますが、そうした事実を認識した上で、今回のフイリピンでの問題や現状を誤解なくできるだけ正確に捉えていただくためにはやむを得ないだろう、というのが結論でした。確かに語感が良くなく、差別的な意志を含めて使う人がいることも事実ではありますが、"正確に問題を伝えたい""そのためには言い替えが難しい"との判断から使用したものです。差別を意図して使ったわけでは勿論無く、また視聴者に差別意識を刷り込むために使ったわけでも勿論ありません。むしろ番組の意図は全く逆で、正確に伝えることによって、差別があってはならない存在、特に今回は日本人の問題として反省し、解決に取り組むべき問題であることを提起したものであることをご理解いただきたいと存じます。
 次に今後二度と「混血児」という言葉を使わないように、という申入れについてですが、放送で注意していることは、言葉を制限することではなく、番組内容、ナレーションの文脈、表現方法などと総合的な関係において差別的な表現かどうかを判断するということです。どのような言葉でも、文脈や表現において差別表現になりかねないということ、差別を助長あるいは生み出す元となるような内容であってはならないという意識を持って番組を制作しております。
 繰り返しになりますが、語感があまりよくない言葉だということは、私どもも承知しております。番組の個々の場面では、両親の国籍が違う場合には、"父親(母親)が、外国人である"、あるいは、"親が国際結婚をしている"などと表現できますので、できる限りそのように工夫するように努めたいと思います。しかし、両親が同じ国籍の場合や、"国際的な混血児の問題"など全体として一般的にこのような子供を呼ぶ場合には、やむなく混血児、あるいは混血という言葉を放送で使うことがあるかもしれません。この言葉を使わないと、問題点や本質が端的にわかりやすく伝えられないからです。ほかの言い替えもご提案いただいておりますが、いずれも広くマスコミで使ったとしても,現在はまだ理解が行き届きかねる語であり、置き換えて使うことは難しい状況にあると考えております。
 とはいえ、この用語につきましては、今後とも議論し研究を重ねてまいりたいと思っておりますので、ぜひご理解をいただきたいと思います。

 NHKは、公正な番組作りにより、皆様の役に立つすぐれた番組を放送するように努めております。これからも、お寄せくださったご意見を踏まえ、公共放送としての使命達成に努力する所存です。なにとぞよろしくお願い申し上げます。

敬具 


NHK広島放送局のからの補足説明

2001年3月26日 中島真一郎

 上記の文書による回答についてのNHK広島放送局に電話でその意味や補足の説明を求めたところ、この番組のプロデューサーであるNHK広島放送局制作センター番組制作の担当部長 北出 晃氏が応対され、説明してくれました。以下北出氏と私とのやりとりの要旨です。(この補足説明は、NHK広島放送局の正確な回答の趣旨を明らかにするため北出氏にもお送りし、特に北出氏の発言部分には、その校正をへて公表しています。)

中島: 今回の申し入れ以前に「混血児」の表記に関して、番組制作の担当部長であるあなたに外部の団体などから申し入れがあったことがありますか。

北出氏: 外部の団体からは,私には初めてです。以前、広島放送局としてミュージカルの公演でフイリピンから来日した子どもたちのことを番組として制作したことがあります。そこでも「混血児」という言葉を使用したタイトルが使われていましたが、申し入れはありませんでした。番組の制作過程で制作現場では「混血児」について議論をし、また東京のNHKの考査室や放送文化研究所用語班にも相談しましたが、使い方に注意すべきではあるが、使ってはいけないという言葉ではないということで、制作現場の判断で回答にあるような理由で使用するに至りました。

中島: それでは、NHKとしては「混血児」という言葉に差別があるという認識はこれまでなかったのですね。

北出氏:いえ、回答でのべていますように、「混血児」という言葉は、語感がよくなく、これまで差別的な意志をもってこの言葉を使う人がいたり、使われてきた一部地域があることも事実でありますが、このテーマを正確に問題として視聴者に伝えるのは、他の言葉で言い換えが難しく、一般の人という意味で義務教育終了程度の視聴者を番組作りでは想定しており,そのような視聴者に分かりやすく伝える必要から「混血児」を使用しました。

中島: つまり、「混血児」には一部の人や地域で差別的に使われてきた一定の問題がある言葉という認識があるが、この番組でのテーマを正確に視聴者にわかりやすく伝えるには、他におきかえる適当な言葉がなかったので、「混血児」を使用したということですか。

北出氏: はい、そのように理解していただきいと考えます。

中島: 今後二度と使用しないという申し入れにたいする回答部分の意味はわかりにくいので説明をお願いします。これは、今回の番組での使用した理由により今後とも「混血児」を使用し続けるという意味ですか、それとも、回答の文中にあるように「番組の個々の場面では、両親の国籍が違う場合には,"父親(母親)が外国人である"、あるいは"親が国際結婚をしている"などと表現できますのできる限り、そのように工夫するように努めたいと思います。しかし、両親が同じ国籍の場合や、"国際的な混血児の問題"など全体として一般的にこのような子供を呼ぶ場合には、やむなく混血児、あるいは混血と言う言葉を放送で使うことがあるかもしれません」と書いてあるように、原則的に言い換えができるときは「混血児」という言葉を使わず、やむなく使わざるを得ないときに使用するという考え方に今後は変わるという意味ですか。後者なら、この番組で取り上げられている子どもたちは、日本人父親とフイリピン人母親の間に生まれた子どもたちですから、その大半は国籍が異なる父母から生まれた子として言い換えの対象となり、このような子どもたちをテーマとする番組を今後制作されるときは、「混血児」は使用されなくなると理解してよろしいのですか。

北出氏: いいえ、今後はニュース報道や短い放送時間の番組など、この言葉がでてくる回数が少なくてすむものは言い換えという考え方も成り立ちますが、今回の番組のようなこうした子どもたちをテーマとする場合には、今回の番組のように番組冒頭に、日本人の父親とフイリピン人の母親から生まれた子、いわゆる「日比混血児」というように説明を つけて放送し、番組の中では「日比混血児」として表現せざるを得ないと考えています。

中島: やはり、この回答はこのテーマとして制作する場合は、今後とも使いつづけるという意味での回答だったのですね。「問題点や本質が端的にわかりやすく伝える」という使用理由がかかれていますが,この言葉を使 うことで伝えようとする「問題点や本質」とは、この子どもたちが置かれている差別されている状態を表すのに、「混血児」がもっともふさわ しいと考えているからではないですか。そうであれば、視聴者の(差別)意識に訴えるには「差別語」であらわすことが最も有効として考えていることになりませんか。この言葉は「語感が悪い」といわれますが、それは、差別性をこの言葉が持っているためであり、それゆえに「語感の悪さ」があっても、使用したほうがよいという判断になるのではないですか。

北出氏:これまでのべたように「混血児」は問題のある言葉であるとの認識はもっていますが、、若い世代、今回の番組を制作した若いデイレクター(北出氏から「マニラや海外在住経験があり、このテーマを企画し,日本人男性の責任も問題にすべきという考えにたっている」との説明がありました)は、「混血児」や「ハーフ」いう言葉をニュートラ ルな言葉と理解し、そこに差別を感じないという考えをもっており、むしろ、このような申し出があると、それを理由に企画にクレームがつくなど番組が作りにくくなるという意見もあります。

中島: ニュートラルな言葉としか感じないデイレクターが番組を企画している から,タイトルや番組中に使用されることになるのですね。それから,私達は「このテーマで番組を作るな」と申し入れているのではなく、「混血児」という言葉で表現しないで番組を作ってほしいと申し入れているのです。そして、この言葉をニュートラルなものとして理解するか、差別語として理解するかという基本的違いがそのデイレクターと私達との間にあります。差別語として感じる感性と視点で番組を作られたら,もっと深みのある、より掘りさげた内容のある番組ができると思います。また、「日本人父親とフイリピン人の母親から生まれた子」として表現するのが正確だと思いますが,それでは番組の表現として長ったらしくて使いずらいこと、「混血児」はこれまで使われてきたし、漢字三文字と簡潔に表現できるから使用してきているのではないですか。私達はこれに替わる簡潔に表現できる代案として「国際児」を提案して、NGOのなかでは使用してきています。

北出氏: 国際児については,回答にものべたように「現在まだ理解が行き届きかねる語であり、置き換えて使うことは難しい」と思っています。それに、人種間の異なる 父母から 生まれた子どもを表すのに、国際児では国と国との関係と思われるようで 今一つしっくりきません。とはいえ、明石書店発行の「日比国際児の人権と日本」(国際子ども権利センター編 1998年3月31日発行)も番組作りの過程で,参考資料として読ませていただいており,この問題に取り組むNGOのなかで国際児という表現が使用されてきて いることも知っております。もし,今後広く浸透し視聴者にわかりやすい言葉として定着していけば,NHKとして国際児を使用することになると思いますし,いずれそうなると私個人は考えています。

中島:人種間の異なる男女が婚姻するときは、一般的に「混血結婚」とは言わず国際結婚と呼びますね。また、最近では「非嫡出子」にかわって婚外子ということばもある程度定着してきていますが、一般的に「混血婚外子」とはいわず国際婚外子と呼んでいます。どうして,人種の異なる父母から生まれた子は、国際児ではなく「混血児」と呼ばれなければならないのですか。番組で取り上げられた子どもには、国際婚外子と国際婚内子の双方が含まれており、その両方を含むものとして国際児が適当と考えています。この表現が「混血児」に替わって定着するようにこれまでも努力してきましたし,今後も努力していきます。しかし、NHKが、全国放送という影響力が大きい番組で「日比混血 児」とタイトルや番組中で使用しつづけるかぎり「混血児」が今後定着していくことになりかねません。今回の回答で,NHKとしてこのテーマの特集番組などでは、「混血児」を使いつづけるという意向である事がわかりました。私達は、「混血児」という言葉は差別表現と考えており、私達の申し入れを踏まえて、NHKが今後具体的にどのような番組作りや表現をされていくか見守りたいと思います。NHK広島放送局で3回目の特集番組や、NHKの他の局での企画でこのテーマが取り上げられるとき、特にタイトルに「混血児」が使用される場合には、再び申し入れをせざるをえないと考えてます。それから今回の回答は,NHK広島放送局放送部長名となっていますが、他の地方局や東京のNHKにもこの回答は送られているのですか。

北出氏: 皆様からの質問・申し入れ書やいただいた資料は,NHKの東京にある考査室や放送文化研究所用語班に送っています。回答にもありますように、この用語につきましては、NHKとしても今後とも議論し研究を重ねてまいりたいと思っております。