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須藤眞一郎行政書士事務所気付
2026年3月3日 中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)
元フィリピン人技能実習生イッサ(仮名)さんが、妊娠出産による不利益を受けない権利を侵害されたこと等に対する損害の補償を求めて実習先の介護施設や監理団体等を被告として2022年10月12日に福岡地方裁判所(当初行橋支部から小倉支部に管轄が変更)に提訴しました。
この裁判は、提訴後3年以上を経過して、原告がフィリピンから来日して、2026年2月3日(火曜日)に午前9時30分から午後5時30分過ぎまで、 原告と被告の介護施設代表の2名の証人調べが終わりました。
原告のイッサさんは、主尋問 1時間30分、反対尋問被告側の2つの弁護士より約3時間の長時間の尋問に向き合い、当時、「妊娠して働けるまで働きその後はフイリピンへ帰国して出産し、産休をとって復職したい」という当然の要求を、無視され続け、中絶を要求され、妊娠を理由に雇用契約終了と即帰国に追い込まれていく苦痛に満ちた事実経緯を証言し、この裁判は自分の権利の回復だけでなく同様な目に過去あってきた、現在もあっている他の技能実習生らのための闘いであることを証言しました。
一方、介護施設の代表者は、悪気なく、「日本人の職員については、妊娠が分かれば、軽作業などに配慮し、働けるまで働いてもらい産休をとってその後復職してもらうが、技能実習生は監理団体の代表が「妊娠したら雇用契約はなくなり即帰国しなければならないと言ったので、自分は技能実習制度についてよくわからなかったので、それに従った」と証言しました。また、監理団体代表から、監理団体がイッサさんの妊娠を知った2021年4月下旬から5月上旬までには、その時点で「イッサさん雇用契約を終了し、帰国のための航空券を手配していると聞かされていた」と証言しました。
傍聴 約20名、口頭弁論終了後の報告集会には、会場16名、オンライン20名の参加がありました。衆議院議員選挙中でメデイアの取材は、地元からは、共同通信社と毎日新聞社の2社、東京からTBSの記者のみでした。
2026年2月7日(土曜日)午後7時~午後9時前まで、くまもと森都心プラザ 6階A会議室で、 会場15名 オンライン27名(申し込み40名)の参加で、コムスタカー外国人と共に生きる会主催で、開催しました。
まず、佐久間順子氏(コムスタカ事務局長)が提訴に至る経緯と事件の概要を報告し、つぎに、田中雅子(上智大学教員)氏によるオンライによる講演(テーマ「移民女性のリプロダクテイブ・ジャステイスの課題」)が50分ほどあり、イッサ訴訟の原告代理人の原口竜太朗弁護士から、イッサ訴訟の内容や争点について報告がありました。
そして、原告の元技能実習生イッサさんが以下のアピールを英語で話をしました。
孤立出産し死体遺棄罪で起訴され、無罪を主張して最高裁判所への上告したベトナム人技能実習生グエットさんの無罪署名の呼びかけ、会場とオンライン参加者からの質疑を行いました。
私の体験談の概要は、既に佐久間さんからお伝えした通りです。私が裁判で闘うことを決めたのは、同情を求めるためではなく、支援、連帯、そしてより良い社会への変化を求めるためです。私に起こったことは、決して特別なケースではありません。技能実習制度の下で働く多くの女性たちにも起きていることです。彼女たちは合法的に日本に入国し、誠実に働き、規則を守りながらも、妊娠したというだけで罰せられたのです。どんな女性も、自分のお腹にいる子どもの命と労働継続のどちらかを選ばなければならない状況に追い込まれるべきではありません。どんな労働者も、法律に反して脅迫されたり、虐げられたり、強制送還されるべきではありません。そして、権力を濫用する者を守り、被害者を沈黙させるような制度は変えるべきです。
私が声を上げるのは、あまりにも多くの女性が沈黙を強いられ、尊厳、キャリア、そして心の平安を失ってきたからです。妊娠は犯罪ではなく、ライフ、生き方そのものなのです。
今これを聞いている皆さんへ:皆さんのご支援は、皆さんが思っている以上に大きな力を持っています。声を上げることを恐れる女性実習生の側に立ち、送出機関、監理団体、そして当局に説明責任を求め、妊娠した労働者を保護し、既存の法律を守らせる運動を支持してください。そうすることで、今、諦めそうになっている女性たちが闘うことができます。私は特別な扱いを求めているのではありません。公平、人道的、そして正義を求めているのです。私だけでなく、希望を持って日本に来たのに、残酷な辛いな目に遭ったすべての女性のために。人権、労働者の権利、そして女性の権利を信じるなら、どうか私たちと共に立ち上がってください。
母になること、妊娠は決して罰せられるべきではないと信じるなら、どうか私と共に声を上げてください!自分の選択、命を守ることを選んだ女性が、沈黙、恥辱、あるいは追放を強いられることが、これ以上起きないために!私の話に耳を傾けてくださり、また、心を寄せてくださり、ありがとうございます。そして、人道の側に立ってくださり、感謝致します。
どうもありがとうございました。
2026年2月10日(火曜日)午前10時から午後4時まで原告イッサさん、被告の監理団体代表理事と、元監理団体理事、送出機関代表の3名の被告本人尋問が福岡地方裁判所小倉支部で行われました。 傍聴者はメデイア関係者1名を含めて約10名でした。 証人尋問終了後、今後の裁判について、弁護側が最終準備書面の提出を求めたため、同年5月1日に最終準備書面の提出、同年5月12日(火)午前10時30分にウェブ会議の口頭弁論(結審となる)の日程を決めて閉廷となりました。 裁判終了後に福岡地方裁判所小倉支部の敷地内にある北九州弁護士会館5階ホールで、口頭弁論終了後の報告集会を開催し、会場参加10名とオンライン参加24名で行いました。
原告が妊娠していたことを知り、コロナ禍の緊急事態宣言下、県境を超える移動を控えるよう通知がなされている状況において、ルールを破り原告は福岡県から大分県越境して交際していたことに介護の技能実習生としてふさわしくないと感じていたこと、原告以前に農業の技能実習生で、妊娠9ヶ月まで誰にも相談せず、日本で出産して、行政の支援を得て出産後6ヶ月保護して、フィリピンに帰国させたケースがあり、コロナ禍で航空機の予約がいつ取れるか分からない状況下で、原告や胎児の安全を考え、原告を1日も早く帰国させ、技能実習を「中断」して、出産後に技能実習を再開して来日すればよいと考えていた。
妊娠に関する不利益取り扱いをしてはならないという通知に対して、 外国人技能実習機構(OTIT)から文書の回答はなく、原告が妊娠を相談して、技能実習を継続できるようにしたいという相談の当時(2021年)は、文書の解釈が明確でなく、2023年の技能実習生の妊娠に伴うフローチャートで明文化されたと理解しており、原告を帰国させることが正しいと考えていた。
原告がコムスタカに保護され、コムスタカからFAXで原告を保護し、原告が技能実習の継続を望んでいる旨記載された通知が送信されてきた後に、OTITに技能実習中断届を提出した理由については、「コムスタカは、技能実習生度下の関係機関(技能実習生・監理団体、送り出し機関、OTIT)でなく、『怪文書』からもしれないので無視した」と述べました。
原告側弁護士の反対尋問で以下のことが明らかになりました。1、原告が実習・居住する介護施設のある福岡県築上郡上毛町ら監理団体の施設のある大分県中津市まで自動車で5分程度の距離であること、原告が妊娠を監理団体に相談して以降、原告を2度県境を越えて大分県の中津市の監理団体事務所に呼び出し話し合いをしていたこと、2,被告の監理団体は技能実習生の妊娠した事案がこれまで5例あり、最初が妊娠9ヶ月で相談を受けた事例、2番目が原告の事例。3番目は、監理団体のいうとおり妊娠後に技能実習を終了して帰国したケース、残り2例が男性の技能実習性が他の監理団体の女性の技能実習生を妊娠させたケースで、これらは5年間技能実習を継続させた。
3,被告のいう「原告が技能実習を『中断』してフィリピンへ帰国し、出産後に技能実習を再開すればよい」という意味は、原告の望む介護施設での雇用契約を継続し、フィリピンで帰国し出産後に同じ介護施設に復職して技能実習を継続する意味でなく、実習先の介護施設とは雇用契約は終了し、技能実習も終了させ、帰国後、別の実習先を新規に見つけて改めて、新規の技能実習計画を作成するか、、あるいは特定技能や留学などの他の在留□で来日することを意味しており、技能実習の「中断」ではなく、「終了」であること、ようするに、「妊娠を理由に解雇し、フィリピンへ帰国させ、他の就労先を出産後に見つけたらよい」という意味であることが明らかになりました。
4,妊娠した原告が、「日本で出産するか、フィリピンへ一時帰国してフィリピンで出産するかは、原告が決める問題ではないのか」という問い、及び、原告のような技能実習生は、「労働関係法の適用される労働者ではないのか」という問いに対して、被告は「技能実習生は、労働者というより日本の優れた技術を学びに来ているので、教育の面が大きく、コロナ禍でルールを破り介護にふさわしくなく、以前の妊娠したフィリピン女性の例もあり、原告の母胎の安全を考えてフィリピンへ帰国させることがよいと考えていたと述べました。
以上、被告の監理団体の代表理事は、、マタニティ・ハラスメント発言を繰り返しながら、技能実習生が妊娠したら雇用契約と技能実習を終了して、帰国させることが「正しい」という自己の行為の正当性を繰り返しました。
午前中の代表理事の本人尋問終了後、午後に行われた元監理団体の理事(※現在は監理団体を退職)職員の被告本人尋問は、被告代表理事の証言を否定し、すべて代表理事に責任があるかのような証言が行われました。
原告の妊娠を知らされたとき、原告の希望する「介護施設で軽作業などに従事して実習を可能なときまで継続し、雇用契約を継続したままフィリピンへ帰国し出産後、この介護施設に戻り、実習を継続する」ことについて、可能と考えていたこと、その理由として、OTITや厚生労働省に尋ねたところ、「妊娠後は、必須業務ではない軽作業を前倒しで技能実習生に担わせ、出産後の技能実習に復帰後に、入浴やトイレ介助など必須業務をすることで技能実習計画の変更は可能」と回答をえていたこと、原告が実習する介護施設も、「当初は、原告が望むとおりに実現させたい」という対応で、理想的な事例が期待でると思った。
それができなかったのは、監理団体の代表理事が、「妊娠した技能実習生は帰国させる」と考えていたため、この考えは変えることはできなかった。
原告やそのパートナーに「原告が中絶するようにすすめる」発言をしたのは、当時非常に精神状態が、てんぱっていて、よくない発言をしたかもしれないが、「自分の過去の個人的体験から、それがよいと考えたから」と述べました。
原告の介護施設の生活指導員が原告に「帰国同意書」に署名させて以降、この生活指導員とは、「施設を訪問時には避けられ、二度とあっても話もしてくれなくなった」と述べました。
フィリピン籍で、永住権を持って日本に在留している送出機関代表は、原告がコロナ禍でルールを破って交際していたことから、「ペナルティをうける」などの発言であり、妊娠したことを理由でないことや、送出機関は、監理団体や実習先に技能実習生を送り出す手続きと技能実習生と日本国内で実習している技能実習生の問題について、フィリピン政府機関にモリタリングの報告をするだけで、日本国内の技能実習生の労働や妊娠出産の問題について関係がないこと、原告と監理団体の話し合いの場に同席したのは、知り合いの監理団体代表理事から通訳として同席を求められたためである。、原告に、「他の妊娠したフィリピン技能実習生が中絶をした事例の話」や、「原告にフィリピンへ帰国する事を進める」等通訳以外の自己考えを述べていることについては、大分県フィリピン人会の代表として在住フィリピン人の相談を受けている立場から発言で、送出機関代表としての発言ではないと、本件とは送出機関代表としては責任がないこと繰り返し証言しました。
また、フィリピンに原告が帰国後、原告の帰国旅費6万ペソ(日本円で約15万円)を送出機関が支払ったこと及びフィリピンの平均賃金は月2万ペソ(日本円で5万円)であることを証言しました。
被告が原告から妊娠の相談の受けた日に、(コロナ禍の渦中で)被告は、大分県別府のホテルのレストランで母の日を祝う会食を家族で行っていたこと、原告が妊娠していることを監理団体の代表理事に電話で知らせたこと、大分県以内の在住外国人の相談のうち被告には技能実習生からの相談はないことが明らかになりました。
被告の送出機関代表の証言からは、「通訳」や「大分県フィリピン人会代表」との立場というよりも、原告ら技能実習生の側ではなく、監理団体の代表理事と一体となった送出機関の代表の立場の発言であることが、浮き彫りになりました。
(※アピールは英語で話されました。以下はその和訳分です。)
皆さん、こんにちは。私はイッサです。これは本名ではありません。今、私は裁判でたたかっているので仮名にしています。
今日、皆さんに私の人生に起きたことについてお話ししたいと思います。これは単に技能実習生の裁判の話ではありません。
希望、苦闘、そしてすべてが不公平に思える時、いかにして強さを見出すか、についての物語りです。
大学卒業後、私は母国で安定した仕事を見つけるのに苦労していました。多くの若いフィリピン人と同じように、家族を助け、まともな収入を得て、より良未来を築くことを夢見ていました。ある日、Facebookをスクロールしていると、日本にいる従兄弟の投稿を見つけました。機械加工実習生たちが月収6桁を稼いでいると書いてありました。「私も挑戦したい!」と思い、「クヤ(いとこのお兄さん)、私も資格があるかな?」と尋ねました。彼はためらうことなく、カランバにある「フィリピン日本技術専門学校」(PNTC)を紹介してくれました。PNTCは、フィリピン人実習生を日本に送り出すための日本語と技術の研修学校です。私は興奮してその事を両親に伝えました。両親は心から応援してくれました。すぐに問い合わせを送り、必要な書類の手続きを始めました。そして2018年3月、正式に入学許可が下りました。
PNTCでは、日本語を学び、旋盤やフライス盤などの機械の操作方法を学びました。しかしそこで教わる内容は研修というより、まるで訓練のようでした。
私たちは寮に住み、外出できるのは週末のみでした。一番ショックだったのは、女性実習生は妊娠の兆候がなくても、年に3~4回、妊娠判定の血液検査を受けなければならなかったことです。
まるで強制されているように感じました。でも「これは規則の一部だから」と言われました。ある実習生の一人が妊娠検査で陽性反応が出た時、私たちは土曜と日曜の4時間しか外出できなくなりました。もし門限を守れなかったら罰せられました。私は疑問に思い始めました。これは本当に研修なのだろうか?“統制”ではないのだろうか?と。それでも私は黙っていました。怖かったからです。日本に行くチャンスを失いたくなかったからです。
約1年後、PNTCは法的問題で突然閉鎖されました。4~6ヶ月以内に派遣される約束をされていたにもかかわらず、私たちは家に戻されました。中には2年以上も派遣を待っていた人もいました。本当に胸が張り裂ける思いでした。私たちが築き上げてきたものはすべて失われてしまったのです。しかし、私は諦めませんでした。
同期生と共に、新たな機会を探し始めました。そしてついに、ケソン市で新しい派遣会社を見つけました。それは設立間もない小さな派遣会社で、私たちはその派遣会社のパイオニア的存在となりました。そこでは「介護士」の研修を受けましたが、すべて日本語で行われました。書類は迅速に処理され、2019年9月には「日本に行ける」と告げられました。その瞬間、まるで息を吹き返したかのような気持ちでした。健康診断とPDOS(就労許可証の手続き)を済ませ、契約内容も確認しました。賃金、福利厚生、産休に至るまで、すべてが公平に見えました。しかし、派遣前に再び「就労適性検査」を受けなければならず、その中には妊娠検査も義務付けられていました。私はその時こう思ったのを覚えています。「なぜ女性は仕事や夢を持つ前に、妊娠していないことを証明しなければならないのだろう?」と。
それでも私は、荷物だけでなく、家族の夢や希望も一緒に抱えながら、静かな祈りと共に前に進みました。そしてついに日本に到着した時、私は自分に言い聞かせました。「ようやく来た!これは私の人生のチャンスなんだ」と。
しかし、実際は、それは試練の始まりだったのです。日本で介護福祉士の実習生として1年8ヶ月働いた後、妊娠していることに気が付きました。病院に行くと16週目とわかりました。そのことを送り出し機関の代表と監理団体、会社に話したところ、ケアも理解も得られず、私は罰せられました。
会社と監理団体(組合)は、「妊娠は実習生としての資格違反だ。帰国させる」と言い、さらに「中絶しろ」とさえ言いました。「あなたは重荷だ。同僚にも恥をかかせた。辞めなければフィリピン人の評判も落ちる」と言われました。
私はただ公平さを求めただけなのです。産休を取り、帰国して出産し、日本に戻って残りの実習を完了することを望んでいたのです。それは契約書にも明記されており、日本の法律でも保護されていることです。しかし、彼らは私の話に耳を貸そうともしませんでした。「実習継続困難届」という書類にサインするように言われました。これは“強制送還”を丁寧に表現した書類です。彼らは私が自主的に退去したと言いますが、実際には、私は自分の意に反してサインさせられ、追い出されたのです。私はOTIT(技能実習機構)、POLO(フィリピン領事館内にあるフィリピン海外労働局)、そしてPOEA(フィリピン海外雇用庁)に助けを求めました。しかし、保護されるどころか、日本では実習生の妊娠はルール違反だ。罰金を科せられなかっただけでも感謝すべき、と言われました。
OTITは「妊娠を理由に解雇することは違法だ」と認めたにもかかわらず、なんの介入もしてくれませんでした。私は自分一人で会社と組合に向き合うしかなく、孤独の中で取り残されました。想像してみてください。規則に従い、懸命に働き、赤ちゃんを産むことだけを願っている人が、まるで犯罪者のように扱われるのです。しかし、それは私一人ではありませんでした。私と同じように、妊娠を理由に沈黙を強いられ、辱められ、帰国させられた女性実習生が他にもたくさんいました。私たちは、学び、働き、より良い人生を築くために日本に来ました。しかし、私たちが「完璧な実習生」のイメージに合わなくなった途端、切り捨てたのです。技能実習生の妊娠は違法行為ではありません。それは“生き方”であり、私たち実習生が“人間である”ということなのです。日本政府に対し、私は次のように問いました。「妊娠中の実習生の権利を侵害した送出機関と監理団体の責任を、いつ追及するのですか?」と。
同じ状況に置かれている実習生の皆さんへ。恐れずに声を上げてください。沈黙は、さらなる虐待を助長するだけです。そして、心ある個人、団体、そして企業の皆さま。どうか私たちの運動に協力してください。いかなる女性も、お腹の中の命と仕事の継続、そのどちらかを選ばなければならない状況にあってはなりません。私は特別な扱いを求めているわけではありません。正義、尊厳、そして人としての敬意を求めているのです。
妊娠は決して犯罪のように扱われるべきではありません。なぜなら、何よりもまず、私は人間であり、母親であり、労働者だからです。人としての権利、保護、そして思いやりを受けるに値すると思うからです。
今振り返ってみると、技能実習生としての私の道のりは苦しみに満ちていました。しかし同時に目覚めのチャンスでもありました。
私は自分の心からの声を見つけることができました。そして、その声を言葉にして伝えます。沈黙を強いられたすべての女性のために。夢を諦めさせられたすべての実習生のために。そしてお腹の中の命を“恥”とされた、すべての母親のために。
すべての女性たちへ。
誰にもあなたの尊厳を奪わせないでください。自分の権利を知り、そのために立ち上がってください。そして、決して諦めないでください。
辛い試練で始まる物語りも、力強い物語りへと導くことは出来るのですから。
本日はありがとうございました。
2026年2月10日
イッサ(仮名)
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熊本市中央区水前寺3丁目2-14-302
須藤眞一郎行政書士事務所気付
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