コムスタカ―外国人と共に生きる会

中国残留孤児の再婚した妻の娘2家族7人の退去強制問題


「元中国残留孤児井上鶴嗣さんの再婚した妻の娘2家族7人の退去強制問題報告――3月6日判決前夜の集会、7日逆転勝訴判決、13日東京での支援集会、14日法務省との交渉、15日南野法相上告断念、24日在留特別許可による在留資格付与、27日勝利祝賀会―勝利した激動の3週間の報告 その1
中島真一郎
2005年3月31日

報告1、3月7日の控訴審判決へ向けてのマスコミの動き(3月6日 記)

2月23日午後5時からCMを除いて23分間、RKK(熊本放送)の『夕方一番』での特集「元中国残留孤児の家族に退去強制の危機!」のタイトルで、井上さん家族の問題が放映されました。この特集では、血がつながっていなくとも同じ家族なのに、どうして日本で一緒に暮らせないのか、という視点から製作・報道されました。

井上鶴嗣さんの友人の元中国残留孤児の方が、「自分達は、血縁のない中国の養父母に育てられ命を得ることができた。同じ家族なのに血縁がないから一緒に日本で住めないという日本政府のやり方はおかしい。日本政府は人道的な取扱いをすべきだ」という発言や、「定住者告示」にみられる血縁関係で家族の呼びよせ基準を差別的に取り扱っている日本の入管行政の問題があること、控訴審での争点(出生公証書に偽造がないこと、実子でないことがあきらかな書類を提出していたという控訴人の主張など)についてもきちんと説明され、大村入国管理センターに1年10ヶ月に収容されていた井上浩一(馬好平)さんの苦悩やその家族の苦しみや悲しみなど、ささやかでも幸せに暮らしていた2家族7人が、3年前の入管による摘発以降不幸のどん底に突き落とされ、退去強制されようとしている様子が、内容的にもきちんと報道されました。

3月中旬に、深夜のドキュメンタリー番組として、昨年秋から取材や撮影が行われていましたが、判決前にその一部が編集されて、夕方の番組で23分にまとめて放映されました。 夕方の番組で熊本県内では比較的多くの人が見ていたようです。

RKK(熊本放送)の井上さん家族の問題を特集したドキュメンタリー番組の放送期日のご案内です。(放送日は九州各局で放送日が違います)。
以下に各県の放送日時を列挙いたします。
福岡(RKB)  13日(日)24:40〜
熊本(RKK)  16日(水)25:50〜
山口(TYS)   14日(月)26:05〜
長崎(NBC)  17日(木)25:50〜
大分(OBS)  19日(土)7:00〜
宮崎(MRT)  19日(土)6:00〜
鹿児島(MBC) 14日(月)11:00〜
沖縄(RBC)  14日(月)25:26〜

RKKとは別に、熊本の民放のKKT(熊本県民テレビ)が、2月25日の仮放免のため福岡入管へ控訴人7人がいっているところを取材、3月上旬にも家族の様子を取材し、判決後に放映予定とのことです。また読売新聞西部本社の元中国残留孤児の国賠訴訟を担当している記者が、3月初めに井上鶴嗣さんら家族を取材、朝日新聞社西部本社と、熊本日日新聞の記者も、その翌日井上さん家族を取材しました。福岡地裁の司法記者クラブの3月の幹事社の読売新聞の記者には要請があり、控訴審の経緯や争点について、私からレクチャーしてあります。毎日新聞社の記者からも電話で控訴審の争点について問い合わせがあり40分ほど説明しました。第一審判決時は、裁判が福岡地裁で争われていることもあり、事前に熊本県内のマスコミはFM中九州というラジオ局の記者1名しか取材にきませんでしたから、控訴審判決を前に、現段階で熊本県内のマスコミや、福岡の司法記者クラブ所属のマスコミも無視できなくなってきたようです。

 3月7日の判決後には、福岡県弁護士会館で、司法記者クラブの要請により30分ほど報告集会を兼ねた控訴人と弁護団の記者会見を行います。福岡高裁での控訴審判決は、福岡地裁での第一審判決時を上回る報道となることが予想されます。

2 仮放免手続き

 2月25日福岡入管での仮放免手続きは控訴人7人とも無事終了、次回は3月25日に更新となりました。3月7日の判決日の福岡行き、3月13日−14日の東京への一時旅行許可もみとめられました。

3、 今後の予定

 3月6日  判決前夜の午後6時から8時、熊本県交流会館パレヤ第一会議室で、井上鶴嗣さん家族の激励集会を、主催 『強制収容』問題を考え、子どもの学びと発達を守る熊本の会と、コムスタカ―外国人と共に生きる会 で行います。入場無料

 3月7日 福岡高裁501法廷  判決午後3時30分言い渡し   傍聴者ですが、現時点で把握できていませんが、これまでの口頭弁論傍聴者40−60名に加えて、法廷以内に入りきれなくなる場合もありえるかもしれませんが、その際はご了解下さい。

 判決後の弁護士会館ホールでの報告集会の前に、司法記者クラブからの要請で記者会見が30分程度設定されます。報告集会と並行して行います

 3月13日 東京での支援集会と交流会 午後4時30分から午後7時   場所 上野区民館   主催 緊急集会実行員会

 緊急集会 「家族を引き裂かないで! 残留孤児井上鶴嗣さん家族の叫ぶ」東京での 3月14日  法務省との交渉 (時間未定)

4、 控訴審の争点(福岡地裁司法記者クラブへの取材要請書に記載したものです)

控訴審の争点

原審判決は、被告の主張する入国経緯の違法性と、原告の主張する国際人権条約違反、法務省の定住者告示の違憲―違法性、日本人の妻の「連れ子」であること、家族の実体があること、入国後平穏に暮らしていること、退去強制されると重大な人権侵害になることなど法務大臣の裁定は裁量権を逸脱・濫用しているとの主張と比較考量をして、入国経緯に重大な違法性があるとして原告の請求を棄却しました。控訴審では、原審と異なり、被控訴人(原審 被告)の主張した入国経緯の違法性の有無、及び、被控訴人の処分理由である「日本人の実子を偽装して入国した」という偽装行為の有無自体が争点となっていること大きな違いです。

@、原審の事実認定をめぐって、

被控訴人は、「原審どおり」という主張を繰り返しましたが、 控訴人7人の「入国経緯に重大な違法性があった」と認定した原審判決の事実認定をめぐって、控訴人は、入国申請時に提出した書類に「日本人実子を偽装する」書類の提出や偽装行為を行っていないことを中国での法制や公証書の運用に関する中国の専門家の意見書や、実子でないことを入管へ申告していたことを示す井上鶴嗣さんの戸籍謄本などの新証拠を提出して主張・立証しました。福岡高裁が、控訴人7人の入国経緯の違法性の有無に関する事実認定をどのように行うかが第一の争点です。

A 2001年11月5日の上陸許可取り消し処分の違憲―違法性について

本件は、「日本人実子」とその家族でなかったから入国時点から遡及的に上陸許可を取り消す処分がなされたのではなく、新たに在留資格取り消し制度を創設した改正入管難民認定法が施行される以前の2004年12月1日までは一旦適法な在留資格を得て在留している外国人には在留期間中在留資格を取り消す制度はなく、ただ例外的に入国申請時に「明白な不正や偽装」がなされたケースのみ、上陸時点から遡及して不法状態とする重大な人権への影響を与えるため、謙抑的に上陸許可取り消し処分が行われていたことが、控訴人が控訴審で提出した新証拠(衆議院と参議院の法務委員会の議事録)で明らかになりました。控訴人7人が2001年11月5日に入国審査官から受けた上陸許可取り消し処分が憲法に違反する処分として無効であるのか否か、あるいは、「明白な不正や偽装」という要件を満たさない違法、無効な処分であるのか否かが争点となります。

B法務大臣の在留特別許可を認めなかった裁決及び主任審査官が行った退去強制令書発付処分が、裁量権の逸脱濫用となるかについて

1の事実認定、2の上陸許可取り消し処分の違憲―違法性 の二つの争点をへて、最終的に原審判決が取り消されるか、控訴人の控訴が棄却されるかは、法務大臣の在留特別許可を認めなかった裁決及び主任審査官が行った退去強制令書発付処分が、裁量権の逸脱濫用となると福岡高等裁判所が認定するか否かという争点に関する判断で決まります。

C 次女の井上由紀子さんの「実子」として紛れ込んで入国した養子先の兄の子二人の問題は、控訴審の争点ではありません。

  次女の井上由紀子さん家族が1998年入国時に、養子先の兄の子二人と一緒に来日 したという「不法入国」事件は、「日本人の実子を偽装して入国した」ことを理由とする本件処分と関係なく、養子先の兄の子二人の別個の処分の問題で、本件処分と関係ありません。控訴人がこの「不法入国」に関与・加担していた場合にも、控訴人の上陸許可を取り消す法令上の根拠や規定はありませんので、養子先の二人の問題は、控訴審では被被控訴人も争点としておらず、争点とはなりません。

報告2、2005.3.7退去強制令書等取消訴訟控訴審判決で、逆転勝訴判決言い渡される。(3月8日 記)

 2005年3月7日午後3時30分福岡高裁501法廷(大法廷)は、支援者やマスコミ関係者で満席となるなか、福岡高裁の裁判官3人が着席し、司法記者クラブの申し入れによる冒頭のテレビ撮影2分間をへて、判決の言い渡しが行われました。

昨年12月15日の第6回口頭弁論で結審したあと、新潟家庭裁判所長に転勤したはずの石塚裁判長が、裁判長席に座って判決文を読み上げたのには、新任の裁判長が代読するものとばかり思っていましたので、びっくりでした。代読の代読を職務権限で希望して石塚裁判長が判決を読みあげるためわざわざ福岡高裁へ出張してきたということになります。 石塚裁判長は、主文「1、原判決を取り消す」と読み上げました。傍聴席から、どよめきと拍手、感動して泣き出す人、法廷内は騒然となりました。勝訴・敗訴の垂れ幕を持って裁判所入り口のマスコミ関係者に知らせる役割の傍聴者は、勝訴の垂れ幕をもって、法廷を飛び出していきました。

石塚裁判長は、傍聴者に、さとすように「静かにしてください。判決文をこのあともつづきます。判決理由の要旨を15分ほど読み上げますので、静粛にして下さい。」といいました。「2、被控訴人法務大臣が平成13年12月14日付で、各控訴人対して平成13年法律第136号による改正前出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく控訴人らの異議の申し出は理由のない旨の採決をいずれも取り消す。

3、被控訴人福岡入国管理局主任審査官が平成13年12月17日付けで控訴人に対してした退去強制令書発付処分をいずれも取り消す。 

4、被控訴人法務大臣と控訴人らのそれぞれの間に生じた訴訟費用は、第1審。2審とも、同披控訴人の、披控訴人福岡入国管理局主任審査官と控訴人らのそれぞれに生じた訴訟費用は第1審、第2審ともに,同披控訴人のそれぞれの負担とする。」という判決を言い渡しました。

そして、判決文がA4 約30枚に比べて、判決骨子(A4 1枚)と判決要旨(A4 7枚)が、訴訟当事者には配布され、15分ほどかけて石塚裁判長は判決要旨を朗読したあと、閉廷となりました。刑事事件でもない行政訴訟で、司法記者クラブの要請があったとはいえ、1枚の判決骨子以外に詳細な判決要旨を訴訟当事者とマスコミに配布して、判決公判で読み上げるのは聞くのは、私にとって初めての経験でした。そのため、 いつもは、主文の読み上げだけです数分で終わる判決言い渡しが、約20分経過して閉廷しました。

2月下旬の弁護団会議(2名の弁護士と私の3名で構成)のときには、主任弁護人の大倉勝訴の可能性は2割程度、もう一人の大塚弁護士は、「勝訴となれば画期的」という評価で、私は事実認定させ立証どおりの主張を論点として採用してくれれば負けるはずがないと主張していました。(敗訴の場合にも備える対応も常に考えていましたが、勝訴になる前提で判決へ向けた、あるいは判決後の対応の方針を決め、動き出していましたから、願望としてあっても実感できない周りから見れば、私一人浮いていたかもしれません。)

むろん、行政訴訟で勝訴することの困難さ、とりわけ入管を相手の訴訟で、1審敗訴で高裁で逆転できた例がないことも知っていましたから、逆転勝訴は「奇跡」に近いものと他の人やマスコミが判断していたとしても、無理からんものがあります。しかし、この訴訟に中心的に関わっていた立場で言えば、それは「奇跡」ではなく、逆転勝訴を目指して努力した当然の結果でした。

逆転勝訴判決への予兆はありました。結審から判決まで約3ヶ月期間があったこと、それまでいくら記者会見をしたり、控訴審の口頭弁論経過を情報提供していてもほとんど関心を示してこなかった司法記者クラブ所属の記者が、2月中旬から福岡高裁の控訴審の争点について、レクチャーを求めてくるようになったこと判決の1週間前からいくつかのテレビ局と新聞社が事前に井上鶴嗣さん家族の取材にわざわざ熊本県菊陽町まで取材に来るようになったこと、裁判所が判決の要旨と判決文を当日マスコミに配布すること、そして、転勤したはずの石塚裁判長が代読の代読として当日判決の読み上げのため福岡高裁にわざわざ現れたことなどです。

これらは、今から考えると勝訴の判決を前提とするか、その可能性が強いと予想されないとつじつまのあわないことでした。

判決言い渡しの公判が閉廷後、会場を福岡県弁護士会3回のホールに移動し、司法記者クラブの求めによる記者会見を午後4時15分から始めました。弁護団からの判決の説明、井上鶴嗣さんと琴絵さん夫妻と控訴人が前にならび、一人一人勝訴判決に対する感想を述べてもらいました。

その後記者からの質疑を行い、記者会見は当初の30分が約1時間近くとなりました。そして、引き続き報告集会を行い、弁護団の感想、控訴人家族を文字通り支えた支援団体の熊本の会の先生たち7人の感想と発言をしてもらいました。同様に、九州外からの支援者として駆けつけてくれた方々の発言や熊本県内や九州内の支援者の発言をしてもらいました。

そして、@この判決を国に上告させず、確定させること、A中国残留日本人の「養子」「継子」で家族の実態があるケースで、上陸許可取り消し処分や退去強制令書発付処分を受けて井上さん家族と同様に苦しんでいるすべての家族に在留資格を与えて合法化すること

B インドシナ難民や日本人の実子と比べて日本人の「継子」や「養子」について、差別的取扱いとなっている定住者告示を改正することの3点を報告集会参加者に提案、了承してもらい、来る3月14日の法務省との交渉の場で、集会参加者一同として要請書として提出することになりました。

今回の判決は画期的なものですが、国に上告を断念させ、確定させないと控訴人7人を解放したことにはなりません。3月13日の東京での支援集会、翌日14日の法務省交渉への戦いをよびかけ、最後に「満天星」の歌をみんなで歌って報告集会を終わりました。

3月7日夜、弁護団の3人で夕食会と祝宴をしました。その中で、高裁判決の評価や検討をしました。高裁判決はA4 30枚で、原審における当事者の主張の部分以外原審の引用がまったくなく、すべて書き下ろしに近い判決文でした。原審判決とほぼ同様の論理構成で、在留特別許可に関する法務大臣の裁決が、裁量権の逸脱・濫用に当たるか否かについて、入国経緯の違法性とその他の有利な事情の比較考量論をとっています。

原審判決との違いは、入国経緯に重大といえるほどの違法性がなかったと評価し、在留特別許可を認めるか否か判断する際に、控訴人菊代さんと由紀子さんは、鶴嗣さんの実子と同様な家族の実体が存在していること、退去を強制しようとしている日本国自身の過去の施策にその遠因があり、かつその救済措置の遅れにも一因があることが留意さればならないことを特有の事情として積極的に評価し、日本国が尊重を義務付けられているB規約や子どもの権利条約の規定に照らしてみるならば、入国申請の際に違法な行為があったことを考慮しても、本件裁決は、社会通念上著しく妥当性を欠くことは明らかであり、控訴人法務大臣の裁量権を逸脱または濫用した違法があるというべきであると判示しました。 裁量権の逸脱濫用とともに、もうひとつの争点であった上陸取り消し処分については、すでに処分は違法であるので判断する必要がないとされ、判断しませんでした。

以下、高裁判決の要旨です。

1、高裁判決の争点

@ 本件裁決、本件発付処分が国際人権規約B規約ないし児童の権利条約に違反する否か、

A 披控訴人法務大臣の本件裁決に裁量権」の逸脱または濫用した違法があるか否か、

B 被控訴人主任審査官の本付処分に裁量権を逸脱又は濫用した違法があるか、

C 平成13年11月5日になされた控訴人らに対する上陸許可取り消し処分が重大かつ明 白な瑕疵が存在する当然無効のもの否か、仮に上陸許可取り消し処分が当然に無効といえないとしてもその違法性は本件裁決、本件発付処分に承継されて本件裁決、本件発付処分の取り消し事由となるか否かである。

2,高裁の判断

 争点@について、

「在留特別許可が広範な法務大臣の裁量権をみとめたものであること、その付与しなかったことが違法となるのは、その判断が事実の基礎を欠き、又社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかな場合に限られると解するのが相当である。」 「したがって、本件各処分が、B規約もしくは児童の権利条約または憲法98条2項に違反して違法となるとの控訴人の主張は採用できない」「もっとも、憲法98条@,2項によれば、わが国の公務員は、このような国際人権条約の精神やその趣旨を重要な要素として考慮しなければならない。」

争点Aについて

ア  入国経緯の違法性が極めて重大なものとは評価できないこと 「鶴嗣、控訴人菊代、由紀子は、公証書の記載及び申請書に記載した身分関係がいずれも虚偽であることを認識しながら、あえてその身分関係に基づいて本邦に入国しようとしたというべきである。」

しかしながら、控訴人菊代及び由紀子が姓名を変更したことや継子を「長女」「次女」と呼称すること自体は中国の法律や慣行上特段違法や・不自然ものでないこと、鶴嗣が各申請時に添付した戸籍などの資料は真正なものであって、これをつぶさに検討すれば、鶴嗣の申請が虚偽であることが発覚する余地があったこと、もし、鶴嗣や控訴人らが真実の身分関係を当初から明らかにして入国申請しておれば、入国が許可された可能性がなかったとはいえないこと、由紀子の養子先の兄の二人の不法入国について鶴嗣や控訴人らの関与は主導的積極的なものでなかったことなどの諸事情に照らすと、鶴嗣、控訴人菊代及び由紀子の入国手続きにおける虚偽申請の違法性は極めて重大なものとまで評価できない。

イ 本件特有の事情

控訴人菊代は、鶴嗣自身及び家族全体との関係で鶴嗣の実子同様の密接さがあったということができ、このような家族関係は、日本国がその尊重義務を負うB規約に照らしても十分保護されなければならない。又、控訴人由紀子も鶴嗣やその家族関係も菊代と同様に尊重されるべきである。

そしてなにより鶴嗣や菊代、由紀子、らの家族が本件のような事態に直面したことについては、控訴人らに退去を強制しようとしている日本国自身の過去の施策にその遠因があり、かつその救済措置の遅れにも一因があることが留意さればならない。」 「このように日本国の施策が遠因となり、その被害回復措置の遅れによって結果的に在留資格を取得できなくなってしまっている控訴人らの立場は、本件に特有の事情として、特別在留許可の判断にあたって十分に考慮しなければならない。」

ウ まとめ

「本件特有の事情、控訴人らの日本での生活状況にあらわれた家族の実態及び控訴人子らがわが国に定着していった経過、控訴人子らの福祉及びその教育ならびに控訴人子らの中国での生活困難性等を、日本国が尊重を義務付けられているB規約や子どもの権利条約の規定に照らしてみるならば、

入国申請の際に違法な行為があったことを考慮しても、本件裁決は、社会通念上著しく妥当性を欠くことは明らかであり、控訴人法務大臣の裁量権を逸脱または濫用した違法があるというべきであるから、その余の点を判断するまでもなく、取り消しを免れない。

争点Bについて、

主任審査官の退去強制令書発付処分は、法務大臣による本件裁決を前提とするものであって上記の通りその裁決が違法なのであるから、本件発付処分も違法となり取り消しを免れない。

争点C 上記の通り、上陸許可取り消し処分について判断する必要がない。

3、結論

以上のとおりであって、原判決は相当でないからこれを取り消し、本件裁決や本件処分発付処分をいずれも取り消すこととし、主文の通り判決する。

報告3

2005年3月7日の福岡高裁判決の意義―――上告を断念するも地獄、上告するも地獄の「苦渋の決断」を強いられる政府(法務省) (3月11日 記)

1、 はじめに

2005年3月7日の高裁判決は、 法務大臣の裁決処分、退去強制令書発付処分が高裁判決として取り消したおそらく初めての判断であるとおもわれます。(婚姻無効訴訟中の在留資格の取り消し訴訟で、地裁―高裁―最高裁と勝訴したケースを例外として、日本人との婚姻や、難民認定をめぐる訴訟などでは、第1審の地裁段階で処分お取り消しを認めた判断はありますが、高裁で敗訴しています。入管行政をめぐる訴訟で地裁敗訴、高裁で逆転勝訴した判決は、今回がおそらく初めてと思います。

2、高裁判決の論理構造

判決の論理構造は、第1審福岡高地裁判決(原審判決)の「入国時の違法性と在留特別許可を認める有利な事情」との比較考量論をそのまま踏襲しています。結論が異なったのは、原審判決が、「入国経緯の違法性が重大である」と判断して原告の請求を棄却したのに対して、控訴審判決は、「入国経緯の違法性は極めて重大なものと評価できない」とする一方、「実子と同様や実子以上の存在であることや日本政府の中国残留孤児の帰国が遅延した責任があることなどの特有な事情や、家族の実態、子らが日本に定着していった経過、これらの福祉や教育、中国での生活の困難性など有利な事情」を重く評価して、法務大臣の裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法があるとして原審判決を取り消しました。

3、 高裁判決が画期的である理由

@ 日本政府が批准している国際人権条約の精神や趣旨を遵守する義務が公務員にあること、在留特別許可を付与するか否かの判断するに当たって、被控訴人法務大臣は、国際人権条約(B規約や児童の権利条約)の精神やその趣旨を重要な要素として考慮しなければならないと明記したこと。

A「過去の日本国の施策が遠因となり、その被害回復措置の遅れによって結果的に在留資格を取得できなくなってしまっている控訴人らの立場は、本件特有の事情として、特別在留許可の判断に当たって十分考慮されなければならない。」と日本政策の中国残留孤児政策の誤りやその責任を指摘したこと

B 在留特別許可の判断にあたって、形式的な血縁関係により実子であるか否かで判断するのではなく、実子あるいは実子以上の家族関係が実体として存在している場合には、「このような家族関係は、日本国がその尊重義務を負う国際人権B規約に照らしても十分保護されなければならないものである」と判示したこと。 この高裁判決が確定し、司法判断として定着し、これまでの入管行政の運営や処分、在留特別許可の判断基準として規範化されると、入管行政は外国人の人権優先へ大きく転換することになります。

4、高裁判決への批判

@  諸事情に照らすと、入国手続きにおける虚偽申請の違法性は極めて重大なものとまで評価できないとしながらも、入国経緯の違法性について「公証書の記載及び申請書に記載した身分関係がいずれも虚偽であることを認識しながえら、あえてその身分関係に基づいて本邦に入国しようとした下というべきである」と認定していること、

A  第三者甲の「密告」による摘発という入管行政の実体にふれなかったこと。

B  上陸許可取り消し処分を重要な争点と認めながら、その違憲―違法性の判断を回避したこと

5、敗訴した国(法務省)の最高裁への上告の可能性について、

  この高裁判決が確定し、司法判断として定着すると、これまでの入管行政の運営や処分、在留特別許可の判断基準として規範化されると、入管行政は外国人の人権優先へ大きく転換することになりますので、その影響の大きさを阻止するため、高裁で逆転敗訴にいたるような処分を行った当局の責任を逃れるため、入管行政を支えてくれる最高裁判所へ信頼と期待という政治的理由から、被控訴人(国)は上告してくる可能性はあります。

 その一方で、法律論として検討した場合、福岡高裁判決は、憲法違反の主張をしておらず、従来の最高裁判例の枠組み(行政訴訟の裁量権逸脱論やマクリーン判決)のなかで、原審の比較考量論を踏襲して、事実認定や評価をおこなって判決を導いているため、極めて上告しにくい構造となっています。

上告審となる最高裁判所では事実認定については、審査しません。従って、最高裁への上告理由としてある「判決に憲法解釈の誤りがあること、その他憲法の違反があることを理由とする」(民事訴訟法第312条)という理由は成り立たないと思います。

国にとって逆転敗訴した福岡高裁の同じ裁判官(転勤により裁判長のみ交代)で構成される民事部に申し立てることになる上告受理申し立ての理由も、「原判決に最高裁判所の判例と相反する判断がある事件」には該当しませんし、あえていえば「その他法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」しか考えられません。

(注) 「原判決に最高裁判所の判例と相反する判断がある事件やその他法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件について申し立てにより決定で上告審で受理することができる」(民事訴訟法第318条))

この場合には、最高裁判所が「国際人権条約の精神や趣旨を尊重して、在留特別許可の運用をしなければならない」という高裁の判断を否定する判断をしてくるとも思いませんので、国にとって、最高裁判所から却下あるいは棄却されない上告及び上告受理の適切な理由付けは行うことは困難であるとおもいます。

 また、政治的な判断としても、高裁判決後のマスコミの論調(世論)は高裁判決支持であり、高裁判決で確定させた方が、最高裁判例として確定されるより、国(入管)』にとってその影響力の程度や範囲を限定できます。以上が、敗訴した国が上告を断念する場合の理由です。その意味では、敗訴した国(法務省)は、「苦渋の決断」を強いられています。

被控訴人7人を一日も速く解放させるために、国(法務省)に上告断念を求めていきますが、仮に上告された場合には、福岡高裁判決を最高裁で確定させ、入管行政全般を国際人権条約に基づく運用に転換させていくという重大な変更を、国(法務省)に強いていけばよいと思います。

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