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コムスタカ―外国人と共に生きる会 Kumustaka-Association for Living Togehte with Migrants

〒862-0950 熊本市中央区水前寺3丁目2-14-402

須藤眞一郎行政書士事務所気付

DV被害者支援講座の報告

佐久間 より子(コムスタカー外国人と共に生きる会事務局)

 2019年1月12日(土)に、コムスタカ―外国人と共に生きる会の主催で、尾崎礼子先生をお迎えしてのDV被害者支援講座「DV被害者支援と加害者対策〜地域ぐるみの取り組みを考える」を開催いたしました。 遠くは東京、大阪、九州内(福岡、佐賀、大分、長崎)、そして熊本県内各地の公的機関や民間団体で女性相談や児童相談などDV被害者支援を実際に担っていらっしゃる方や、DV問題に関心のある方50名程ほどが参加してくださいました。
 始めに、コムスタカ代表の中島さんから「DV加害者に介入するDV被害者支援の取り組み」として、現在コムスタカで行っているDV被害者支援の取り組みについて20分程の報告をいたしました。 続いて、熊本県子ども家庭福祉課主幹の有田知樹氏から「熊本県DV被害者総合支援・加害者モデル事業」と「熊本県DV防止及び被害者保護に関する基本計画」についての報告をしていただきました。 そして、講座の講師であるアメリカ北ケンタッキー大学社会福祉学科助教授の尾崎礼子氏より、「DV被害者支援と加害者対策−地域ぐるみの取り組みを考える」と題して、休憩をはさんで約90分の講義、その後に30分程のグループワークを行っていただきました。
 尾崎氏の講義のはじめに、尾崎氏が行っている支援者トレーニングの中で重要なコンセプトでもある「サバイバー(DV被害者)主導の支援」についての話がありました。 サバイバー主導の支援とは、サバイバー本人の立場や視点を理解し、サバイバー自身が支援のあり方を決め、サバイバーと支援者が対等な関係でお互いの知識やスキルを出し合い、柔軟性を持って行っていく支援であり、すべてのDV対策の土台であるべきものです。 DVと言っても、サバイバーが置かれている環境や、暴力のタイプやレベル、危険度、暴力による影響など、またサバイバーが希望する将来は、サバイバーによってそれぞれ違い、その違いを知るためにはサバイバー本人に話をしっかりと聞くことが大切だとの話がありました。
 次に、アメリカのDV対策の経験から見えてきたこととして、アメリカのDV対策は刑事司法制度に頼りすぎていることと、加害者更生プログラムにも限界があることを主に話されました。 アメリカではDVは犯罪として刑事罰の対象とされ、警察による義務的・優先的逮捕、検察による起訴、裁判所で有罪判決を言い渡された後には刑務所での服役または更生プログラムなどの受講を条件として釈放と、裁判所を中心とした関係機関の連携の下で、DV加害者を監視・管理しています。 刑事司法制度を中心としたDV対策には、保護命令などにより加害者を被害者から遠ざけることができることや、被害者の意思に関わらず加害者を検挙することで安全確保ができること、加害者プログラムに出席している時間に被害者は加害者から解放されることなど、プラスの面も確かにあります。 しかし、刑事司法制度に頼りすぎた結果、(DVだけではないのですが)罰せられやすいのは有色人種や貧困層の割合が多い等の人種・階級差別の問題や、加害者に前科が付いたことで就職が困難となり被害者が生活を支えたり、加害者プログラムにかかる費用を被害者が負担したり、また裁判で経済力のある人は弁護士を雇うことができ有利になるなどの経済的な問題が生じています。 また、警察はDVケースに対して出動した場合には逮捕が義務となっており、現場にいるどちらが加害者か分からずに被害者を逮捕してしまったり、加害者の検挙に協力しなければ支援金をもらえない等と重大な問題も起こってきているそうです。
 もう一つのアメリカのDV対策の問題点として、加害者プログラムについて話されました。 アメリカの加害者対策には被害者支援団体などがあまり関わっていないことが一番大きな問題だそうです。 1970年代や80年代に被害者を自宅にかくまう等で草の根で被害者支援をしていた頃は、支援者が加害者対策に関わっていたことも多かったらしいのですが、現在の加害者プログラムは、メンタルヘルスや薬物依存などのプログラムを臨床的な専門職の資格を持って行っている人たちが、DVやDV被害などについての理解の有無に関わらず行っていることが多く、加害者プログラムと被害者支援が別個のものとなり、お互いの交流は表面的で、加害者プログラムに被害者の意思は反映されずにいるそうです。 加害者プログラムと刑事司法制度の連携があまりにも当たり前のことと考えられていて、被害者支援の一環であるべき加害者プログラムの意義などがあまり考えられずに行われているところもあるそうです。 また、加害者プログラムは、メンタルヘルスの資格を有する人たちが行っていることが多いので、メンタルヘルスサービスの一環と考えられ、近年ではシェルターまでもがメンタルヘルスの団体が運営していることが多くなってきているそうです。 被害者が支援を受けるために(団体が支援のための資金を受けるために)、被害者に精神疾患の診断が必要なこともあり、DVがメンタルヘルスの問題となってきていることで、被害者が病的に見られてしまうという問題もあるとのことでした。
 アメリカの加害者対策の問題を挙げた上で、私たちが学べることとして、加害者対策をメンタルヘルスや刑事司法制度のみに任せるのではなく、DV被害を理解している支援者が加害者対策に関わり、被害者の視点から加害者への介入を行うことや、DVに関わる多様な問題を解決するために様々な団体が関わり地域ぐるみで加害者にも関わり被害者の支援を行っていくことを話されました。 アメリカでは新しいDV対策の必要性が提唱され始め、刑事司法制度外の「正義」のサポート、被害者の住居の確保や就労支援などの経済的支援、子ども時代の経験やトラウマの影響を考慮した対策、またDVを他人事ではなく自分のこととして行動できるような環境づくりを目的とした予防教育などが行われ始めているそうです。 尾崎氏は講義の中で、すべてのDV対策においてサバイバー主導の支援を行っていくことが重要であることを幾度も強調されていました。
 講義の後は、データ集め・問題指摘⇒ブレーンストミング・解決案⇒解決案の分析・解決案の決定⇒計画・実行という4つのサイクルを繰り返していくQICサイクルという手法に基づいて、地域でのDV対策の課題やその解決方法を検討するワークショップを10グループに分かれて30分ほど行いました。 私の参加したグループでは、福祉事務所にDV専門の相談員がいない事やスタッフ研修が十分ではない事などの「データ集め・問題指摘」まで行ったところで時間が来てしまい、他のグループも時間が足りなかったようでした。
 刑事司法制度を中心としたアメリカのDV加害者対策とは違い、日本では、保護命令違反には刑事罰がありますが、DV自体を犯罪としておらず、DV加害者対策は、刑事司法制度によるDV対策が欠落したまま、加害者プログラムばかりが取りざたされているように思います。 以前は、刑事司法制度による対策が欠落しているので加害者プログラムをしてもあまり意味がないのではないかと思っていたのですが、尾崎氏の話をきいて、逆に刑事司法制度に頼らなくとも、現在熊本県が行っているDV被害者総合支援・加害者モデル事業で行ったように、加害者プログラムや被害者支援などの地域の諸機関が連携を深め、それぞれのケースに柔軟に対応した加害者にも対応する被害者中心の支援を行っていけるのではないかと思いました。

 

    

「DV被害者支援と加害者対策  地域ぐるみの取組を考える」

2019/1/12 講師:尾崎礼子さん
© 2019 Reiko Ozaki

はじめに

 私は、アメリカで1995年頃から様々な活動に携わってきました。 主なものとして、移民・難民のコミュニティを中心にしたDV啓発活動、メンタルヘルスのカウンセリング、DV加害男性プログラム、加害者対策関連の研修や技術支援、予防プログラムの効果測定などがあります。 日本でのDV対策を考えるにあたって、私が見てきたアメリカの様々なDV対策の経験を役立てることができれば幸いです。 しかし、「アメリカがこうだから、日本でもそうしなくてはいけない」とは思わないでください。 そうではなく、日本に合う、最も良い取り組みを考えるために、私の情報を使っていただきたいのです。
 そのための今日のトピックは、次の4つです。
 1.サバイバー主導の支援
 2.アメリカのDV対策の経験から見えてきたこと
 3.新しいDV対策が必要
 4.熊本での新しい取り組みを考える
 言葉遣いですが、DV被害を受けた人のことを「被害者」または「サバイバー」と呼びます。 また必ずしも女性が被害者、男性が加害者とは限らないということも付け加えておきます。 「CCR(coordinated community response)」という言葉も使いますが、地域ぐるみのDV対策のことを指します。

DVはすべて同じではない

 「成人または思春期にある個人が、親密な関係にあるパートナーに対して継続的に振るう暴力的・強制的な行為で、身体的、性的、心理的な攻撃や経済的威圧を含む」というのがDVの一般的な定義です。 「親密な関係」には必ずしも性的な関係が含まれるとは限りません。 また、「継続的に振るう暴力的・強制的な行為」も毎日のように殴られている状態に限定されません。 何年か前に1度だけたたかれた、あるいは、身体的な暴力は全く無いこともあるでしょう。 「私がこうしたら、何かされるかもしれない」と被害者が日々駆け引きのもとに置かれている状態であったり、「俺のいうことをきくのが当然だろう」というような加害者の在り方など、多様な経験がDVに含まれます。
 また、全てのDVは同じではありません。 暴力のレベルや種類、ひどさの程度に違いがあります。 例えば、毎日のように殴られてやっとのことで逃げ出した人もいれば、精神的な虐待に耐え切れず別れたい、という人もいるでしょう。 DVゆえ仕事に行けなくなったり、子どもに影響が出たり、友達がいなくなったなど、DVの与える影響にも違いがありますし、被害者の状況も様々です。 このように同じ定義を使っていても、かなり個人差があります。
 この違いを理解するためには、被害当事者の話をしっかり聞く必要があります。 そうすると、支援者の判断だけでは全然見えなかったことが、見えてきます。 その違いを考慮し、個人の状況を理解した上での支援を心がけないといけません。 これは被害者の直接支援だけでなく、CCRや加害者に対応をしている場合も同じです。

全てのDV対策の土台は、サバイバー主導の支援

 全てのDV対策の土台は、サバイバー主導の支援(=本人の立場や視点を理解した上での支援)であるべきです。 個人の立場や視点は多様です。 例えば被害者が外国人だった場合、日本語が話せない、あるいは話せるけど読めないというような立場の人もいるでしょう。 また、宗教を大切にしているサバイバーの視点、差別を受けてきた、子どもの時に親から虐待を受けてきたなどという、様々な人生経験からくるその人独自の考え方や思いがあるはずです。 それらを考慮して支援すること、これがサバイバー主導の支援です。
 サバイバー主導の支援においては、サバイバーと支援者が対等でなければなりません。 「被害者はかわいそうな人、何もできない人」という上から見る状態はよくありません。 対等な支援関係というのは、被害者の強みや頑張ってきたところ等を見出すところから始まります。 サバイバー本人の人生なのですから、サバイバーと支援者が一緒に行うことが大切です。 第三者がああしろ、こうしろと言っても、その人の人生に合ったものでなければ全く意味がないのです。 被害者が逃げたいと思っているわけではないのに逃がされてしまい、逃げた地でどうしたらいいのか分からない、ということも日本ではよくあると聞いています。 被害当事者の経験や将来の夢や計画などへの理解が必要です。 子どもが大きくなったら逃げよう、と思っているサバイバーがいるかもしれません。 将来独立するために今はお金を貯める、などという計画を立てていることもあるでしょう。 そういうことを考慮するのがサバイバー主導の支援です。
 そして、支援は柔軟であることが必要です。 一時は「こうしたい」と思っていても、後で思い直すことは誰にでもあります。 パートナーからの暴力という不安な状況に置かれているならばなおさら、考えや思いが何度も変わってもおかしくありません。 それをじっくり時間をかけて聞く、そして、どこに行けばこういう施設があるとか、その場合にはこの弁護士と話せばいい、など、支援者としての知識を駆使して、本人の希望や計画に合わせて柔軟に対応する、それがすべてのDV対策の土台であるべきです。

アメリカのDV対策から見えてきたこと

 アメリカのDV対策の経験から見えてきた、次の6つのことについてお話しします。
 1.刑事司法制度に頼りすぎてはならない。
 2.DV対策を「専門家」に任せすぎてはいけない。
 3.加害者グループのみで加害者対策を担えない。
 4.多様な団体が関わる地域ぐるみのDV対策が基本。
 5.DVに関わる多様な問題を解決する必要がある。
 6.被害者の意思が見えない対策は危ない。

「DVは犯罪」は、1980年代のアメリカでは受け入れやすかった

 アメリカではDVは犯罪だとして警察や裁判所が介入することをかなり積極的に行ってきました。 それゆえの利点もあるのですが、失敗もたくさんしてきました。 そこからの学びが、刑事司法制度に頼りすぎてはいけない、ということです。
 アメリカのDV対策は、主に、DVは刑事犯罪だという認識が土台になっています。 それが定着したのは、1980年代のことです。 犯罪を厳しく取り締まることをモットーとした保守政権が続き、様々な社会問題がとにかく犯罪とみなされ、加害者を捕まえて刑務所に送ることが強調された時代でした。 ですから、「DVは犯罪」という考え方は当時のアメリカでは容易に受け入れられたのです。
 アメリカの刑務所人口は、1970年代は196,000人でした。 これが2010年には1,400,000人、2016年には1,420,000人に増えました。 世界の刑務所人口の25%はアメリカだと言われています。 その他に、8,000,000人以上が保護観察中など、何らかの形で刑事司法制度の管理下にあるという状態です。
 DVが犯罪だという考え方は、1960年代の公民権運動が活発だった時代に遡ります。 この時期は女性解放運動も活発になった頃でした。 その後、シェルターなどが立ち上がり始める70年代、さらにDV運動が活発になる80年代にも続いてDVが犯罪であることは強調され続けました。 しかし、今となっては、草の根から始めた運動が、刑事司法制度に乗っ取られてしまったようにさえ感じられます。

刑事司法制度を中心としたDV対策の長所

 刑事司法制度を中心としたDV対策にも、長所はあります。 家庭の問題として長年見過ごされてきたDVが犯罪だと明言されているのは、凄いことです。 例えば、保護命令によって加害者を被害者から遠ざけることが正式にできるようになり、多くの被害者の安全が守られるようになりました。 また、アメリカの全土で、被害者が告訴しなくても、政府が加害者を告発し起訴することができるようになりました。 それは、被害者が警察を呼んだものの、最終的には加害者からの報復を恐れて告訴せず、また被害に遭う、というケースが後を絶たなかったためです。 警察や裁判所が勝手にケースを進めていったのだ、と場合によっては被害者の逃げ道を作るという効果もありました。 また、加害者に刑罰が科せられることで満足感と安心を得ることができる人とっては、刑事司法を中心とする対策は有益でした。
 しかし、問題もあります。 被害者の中には、パートナーに暴力をやめてほしいだけで、刑罰が科せられることまでは望んでいない人も大勢います。 また、法律は同じように適用することが前提なので、個々の状況が考慮されず十把ひとからげになってしまうという欠点もあります。

アメリカのCCRの原点は刑事司法制度とのコラボが目的だった

 刑事司法制度が真にサバイバーのために機能するためには、被害者支援のことをよくわかっている人の視点が必要でした。 そこでCCRが登場します。 アメリカのDV事件に一般的にかかわってくる団体には、警察、裁判所、加害者プログラム、被害者支援団体、児童相談所などがあります。 地域ぐるみの取り組みでは、このような機関が連携しながら支援を続けていくことになります。 よく知られる例がミネソタ州のドゥルース・モデルです。 警察・裁判所関連のDV研修や法律の改善を行うのがここのCCRや、他の多くのCCRの目的です。
 しかしながら、実際の協働は容易ではありません。 その理由の一つには人事異動が挙げられます。 団体を代表してCCRでリーダーシップを取っていた人が他の部署に異動したり、退職したりします。 すると、その人がいなくなった途端うまくいかなくなる、ということもあります。 そのほかの理由には、各機関・団体の考え方の違い、信頼関係の有無、人手不足、資金不足などが挙げられます。
 以前私が働いていた加害者プログラムは、裁判所とうまく連携していました。 しかし、加害者関連の取り組みには、DVシェルターの参加が殆どありませんでした。 シェルターのディレクター達が、DV理解に欠ける心理や薬物依存の専門家のいる加害者プログラムを信頼できなかったからです。 これは被害者に対する働きと加害者に対する働きを完璧に分けたことの弊害でもあると思います。 加害者プログラムが加害者のパートナーに連絡を取るということは、パートナーの安全のために奨励されていましたが、それもできませんでした。 他に、どのようにして協力してサバイバーや家族の安全を図るか、という話し合いも一切ありませんでした。 このように、実際の協働は容易ではありません。 また、刑事司法制度に頼り過ぎると、警察や裁判所に関わらないサバイバーのニーズが見えなくなる恐れもあります。

刑事司法制度にお金をつぎ込むことでDVが減少したわけではない

 また、アメリカでは刑事司法制度にかなりお金をつぎ込んでいますが、それがDVの減少につながっていると断言できません。 1994年に制定された「女性に対する暴力に関する法律(Violence Against Women Act)」は、2000年、2005年、2013年と改正を重ね、多くの助成金がDV対策に使われてきました。 1994年度、DV対策に支出された助成金の62%が刑事司法制度のために使われました。 主に、裁判官や弁護士の研修、法律の改正、被害者の支援者を警察や裁判所に配置する、などが可能になりました。 2013年度には、助成金の85%が刑事司法制度に使われました。
 1990年以降、アメリカのDV犯罪はその他の犯罪と同じくらいに減少しました。 しかし2000年から2010年の間、他の犯罪ほど、DVは減少しませんでした。 このように、刑事司法制度の改善のために多くの助成金が使われてきましたが、実際には被害者の安全に貢献したとは言い難いのです。

刑事司法制度に頼りすぎた結果、重大な問題が起こってきている

 さらに、刑事司法制度に頼りすぎた結果、重大な問題が起きています。 まず、人種や階級による差別。特に刑事司法制度においては人種・民族のマイノリティの抑圧が顕著です。 例えば、アフリカ系やラテン系の人たちは、DVでもDV以外でも、偏見と差別ゆえ白人よりも警察に逮捕されやすい上、貧困にあることも多いわけです。 お金がある人は弁護士を雇って警察沙汰にならないように、あるいは裁判で勝てるようにすることもできます。 刑務所や留置場に行かざるを得ないのは、人種や階級ゆえに抑圧されている人たち、という構図になってしまっています。
 また、DVの結果前科がついて就職できない、あるいは留置所に収容されている間仕事を休まざるをえなくなり、収入減や解雇につながるなど、経済的な困難に陥ることがよくあります。 加害者プログラムの参加費が払えず、留置場に送られることになる人もいれば、妻や恋人である被害者が参加費を払っていることもあります。 経済的困難に、加害者だけでなく被害者も巻き込まれるわけです。
 それから被害者の逮捕。これを想定していなかったのは、法律・政策の失敗です。 DV事件現場は混乱し、何がどうなっているのか分からないことがあります。 誰が加害者なのか、被害者なのか、分かりにくいわけです。 アメリカでは、DVの通報で警察が出動した場合、州法によって義務逮捕(必ず誰かを逮捕しなければならない)か、優先逮捕(逮捕するのが望ましい)のどちらかが採用されることになります。 そこで「とりあえず誰かを逮捕しておく」、ということも起きてしまっています。 加害者と被害者を見極めるための研修を警察官は受けますが、それでも被害者が逮捕されるケースは多々あります。 なお、被害者の性別にかかわらず、女性が加害者というケースもあるので、女性加害者のためのプログラムもアメリカにはあることを付け加えておきます。
 次に被害者への「過保護」の問題。 被害者の意思にかかわらず、加害者を逮捕し、起訴するのがアメリカでは普通です。 周りが勝手にどんどんすべてを進めて行っているように感じるサバイバーも多いことでしょう。 被害者を守る、という大事な理由があってのことかもしれませんが、それが被害者の希望や内に持つ力を取り上げた「過保護」になってしまっていると言えます。
 そのようなことから、DV対策や制度に対する不信感を抱くサバイバーもいます。 被害者が告訴していなくても、結局、加害者に「お前が警察を呼んだからだ(大声を出したからだ、など)」となじられるわけです。 他にも女性被害者が加害者とされて、男性加害者のグループに入れられたりすることが相次いで起こった時期がありました。 また、アメリカには犯罪被害者のための賠償金の制度がありますが、加害者を検挙することに協力することが申請条件です。 他にも、被害を受けたことが原因でアパートを追い出されたり、解雇されたりということもあります。 また、加害者がプログラムに行っているけれども効果がないとサバイバーが判断した場合。 私が加害者プログラムで働いていた時、「ボーイフレンドがプログラムに参加しているけれども、全然以前と変わらない。どういうことなの?」と被害者から電話がかかってきたことがありました。 このように、制度に対する不信感を持つサバイバーが大勢いて、当然の状況です。

加害者更生・介入プログラムにも限界がある

 アメリカでは加害者プログラムはかなり定着しており、刑事司法制度との連携がきちんと行われているのが一般的です。 しかし、決まっているからやっているだけで、なぜそれを行うのか理解していないこともよくあります。 DVのことがよく理解できていない心理や依存症の専門家が加害者プログラムを運営している場合特に、プログラムそのものも、関係機関との協力も、必ずしも被害者の安全を意識して行われているとは言い切れません。
 また、ここでも貧困層や少数民族・人種が罰されやすい傾向があります。 例えば私の経験でも、加害者プログラムの参加者が殆ど黒人、ということもありました。 白人でも貧困層にある人が大多数です。 プログラムにかかる費用を払いきれず、留置場に逆戻りということもあります。
 プログラムでは、加害者の個人差が考慮されにくいという面もあります。 グループでの話し合いが中心で、決まったカリキュラムに沿って行うことが普通です。
 被害者支援団体との交流が表面的なことも多いと言えます。 例えば私が加害者プログラムに関わっていたときも、月1回シェルターに行って、サバイバーの人たちと、加害者について話したり、彼女たちの話を聞いたり、ということをしていました。 しかしシェルターと加害者プログラムのスタッフが、その意義を理解していない場面によく遭遇しました。 加害者プログラムの同僚の中には、「あー、面倒くさい。どうして被害者と話さないといけないの?」と言う人もいました。 加害者プログラムは、被害者や子どもたちの安全のために存在する、という考え方は必ずしも徹底していません。

アメリカの加害者対策の経験から学べることは?

 こういう風になってしまったアメリカのDV対策の経験から学べることは、まず被害者支援団体が加害者対策に関わる必要があるということです。 これは非常に大切です。 被害者は被害者プログラム、加害者は加害者プログラムとはっきり分けてしまうと、接点が見えてこない。 しかし、接点が必要なのです。 加害者対策に関わる人は、被害者のことや、DV全体の構造を知る必要があります。 加害者の病理だけを見ていては駄目なのです。 加害者プログラムやDV対策全体がサバイバーのために機能することを考えれば、被害者支援をしている人の視点が必要なのはよくわかると思います。
 また、サバイバー主導の支援の視点から加害者対策を練る必要があります。 加害者に関わる人は、被害者の視点からDVを理解することが大切です。 加害者プログラムをメンタルヘルスの視点のみで行うのは危険です。 加害者プログラムは何らかの形で参加者のパートナーの支援を考慮する必要があるのですが、被害者の団体と加害者の団体が完全に分かれていて、信頼関係がなく、同じ視点でDVをとらえることができていないのがよくある現実、これがアメリカの経験です。 被害者支援をする人は、加害者のことを考えたくもないし、対策に関わるなんてとんでもない、ということも聞きます。 そこから学ぶべきことは、サバイバー主導の視点から、皆が関わって加害者対策も含めた地域ぐるみのDV対策を立ち上げなければならない、ということです。

サバイバーのリクエストをもとに、独自のDV対策を持つ団体もある

 これまで述べてきたように、アメリカでは被害者支援と加害者支援が分かれているのが普通ですが、それはおかしいのではないかと提案した団体に、Caminar Latino(カミナ・ラティノ)があります。 ラテン系移民のDV被害者支援を目的に始まったこの団体では、「とにかく加害者と別れなさい」というのが主流だった時代に、移民の間ではそれが通じないことに気づきました。 まず被害女性たちが、子どものために何かしてほしいと言い出しました。 そこで子どものプログラムを作りました。 その後、「うちの夫も誰かと話したいと言っている」ということで、加害者のプログラムが始まりました。 そういうことをしているうちに、多くの女性たちはパートナーと別れたいわけではなく、暴力をやめて欲しい、家族としてやり直したい、と願っていることが見えてきました。
 カミナ・ラティノの代表者によると、女性や子どもたちの様子を見ていると、団体の活動の効果があるように思うが、やはり変わらない加害者も多い、ということです。 特に、お金や地位があったり、プライドが高い人はなかなか変わらないということです。 そういう人たちが、家族やコミュニティーに重きを置くプログラムに参加しても、効果は薄いようです。 自分が正しいと思っている人は、周りに何と言われても変わらないのです。
 他にも、一般的な加害者プログラムと違うことをやっている、韓国系やベトナム系の団体もあります。 こうしてみると、ユニークな試みは、移民・難民のニーズから出てくる場合が多いのかもしれません。

アメリカで提唱され始めている新しいDV対策の必要性

 刑事司法制度に頼りすぎない新しいDV対策の在り方については、アメリカでも議論されています。
 例えば、修復的正義という方法もあります。 被害者と加害者が、対話を通してお互いの関係や周りの状況を回復する、という形の「正義」を得るという方法です。 元々はニュージーランドで始まり、家族や友人なども参加するコミュニティの会議のような形です。 また、北アメリカでも、ピースメーキングと呼ばれて、警察や裁判、法律に頼らず、関係者の話し合いで正義のあり方を決める方法をとっているコミュニティもあるようです。 しかし、これらの方策の方が一般的な刑事司法制度より効果的だという証拠は、今のところありません。 また、DVの場合は安全確保をどうするか、という大きな課題もあります。 しかし、刑事司法制度に頼りすぎたことによる弊害があるは確かですから、別の途を探って試してみてもよいのではないかと思います。 もちろんそうするためには、サバイバー主導の支援がすべての関係機関で理解され、被害者の支援をする人たちがその取り組みに関わる必要があります。
 それから住居に関する権利保護も大事です。 DVで被害にあった人が、周囲に迷惑をかけた等の理由でアパートを追い出されるようなケースがあります。 あってはならないことです。 また就労支援や経済的支援も必要です。 加害者を追い出して終わりではなく、その後の生活をどうやっていくか考えなくてはなりません。 また子どもの頃の経験やトラウマの影響を考慮した対策も必要です。 総合的なDV対策の中に、このような多岐にわたる支援は必須です。
 DVを未然に防ぐ予防プログラムもDV対策の一部として導入するといいでしょう。 アメリカでは、予防プログラムの効果測定が盛んに行われてきました。 情報提供や教育を目的にした一般的なプログラムは暴力防止に効果がない、という研究結果がいくつもあります。 それよりも、DVや性暴力などを許容する文化を変えることを目的にしたプログラムに暴力減少の効果があることがわかってきました。 私も研究に関わったバイスタンダープログラムは、そのような文化を変えるために行われているプログラムの代表です。 DVや性暴力は被害者や加害者だけの問題ではなく、地域の皆(バイスタンダー)の問題なので、皆が行動して暴力をなくす文化にしよう、というプログラムです。 すでに効果があるという結果を考慮して、日本で、どのように対策に加えることができるか考えるべきです。
 そして専門化しすぎない、草の根の柔軟性も必要です。 サバイバーや支援者が、DV対策のアドバイザーになるなどして、総合的な取り組みに関わることをお勧めします。

まとめ

 一番大切なのは、サバイバー主導の支援がDV対策の土台であるということです。 確かに刑事司法制度の介入は必須です。しかし、アメリカの場合、そこに頼りすぎたのが間違いだったと思います。 また、加害者対策は加害者プログラムに任せているだけではダメです。 そして専門化しすぎないこと、これも大事です。
 アメリカの経験や失敗を参考にし、日本との土壌の違いや、制度の違いを考慮して、日本に合った、総合的な地域ぐるみのDV対策を構築・実施することが必要です。

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