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須藤眞一郎行政書士事務所気付
中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会)
移住労働者と共に生きるネットワーク九州の主催による「ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)」をテーマとする公開学習会が、2013年12月15日 午後1時30分から午後4時30分、福岡市早良区の「ももちパレス」4F アトリエで開催され、26名の参加がありました。
主催者あいさつ後に、講師の濱野 健准教授(北九州市立大学文学部 人間関係学科)がテーマ「変容する家族の現在:日本ハーグ条約締結から考える」に1時間余り講演されました。濱野氏は、「1 家族の形態の変容(多様化と国際化) 2、文化摩擦から人権問題への枠組みの転換、3、ハーグ条約の日本での適用とその変容 、 4、ハーグ条約批准後の諸問題」の4つの観点から、社会学者の立場で、ハーグ条約の内容やその問題点などをわかりやすく話してくれました。
その後、アジア女性センターの柿原 理香子さんによる「女性支援の現場から現状報告および問題提起」というテーマで、15分ほどあり、DV被害者の女性とその子どもの権利がハーグ条約の批准―施行により侵害される危険性や、直接的な該当事例以外への波及とその影響への不安について報告がありました。濱野氏とアジア女性センターのメンバーの二人をパネラーに、休憩をはさんで、1時間ほど活発な質疑が行われました。
ハーグ条約は、1980年10月国連で採択され、1983年12月に発効した条約である。日本も、2013年5月の国会で承認され、同年6月にハーグ条約実施法が成立し、2014年4月から施行される予定であす。
ハーグ条約は、欧米型の核家族(父と母と子による家族)で、父母は婚姻中だけでなく離婚後も共同親権であるモデルを前提としていること。また、欧米諸国からアフリカ諸国、中南米諸国へ(のちに日本への連れ去りも問題化)の子ども連れ去りに対応するために約30年前にできた条約で、「連れ去られた子どもは、迅速に原状回復して常居所地国(欧米諸国)に戻し、常居所地国(欧米諸国)の司法制度のもとで、親権―監護権等決定するのが子どもの利益になる」という価値観に立っていること。この条約は、条約締結国間でしか適用がなく、ハーグ条約締結国は、2013年6月現在90ヶ国あまりで、アジアでは、中国のうちの香港・マカオ、タイ、スリランカ、韓国、日本しかなく、又イスラム法が施行されているイスラム諸国は締結していないので適用がないことになる。
ハーグ条約や日本の国内法であるその実施法の規定から、子の返還申立が適用されるのは、「@16歳に達していないこと、A子が日本国内に所在していること、B常居所地国の法令によれば、連れ去りや留置が申立人の子の監護に関する権利を侵害すること、C当該連れ去り時や留置開始時に、常居所地国が条約締結国であること」(実施法27条)に該当し、かつ 子の返還拒否事由などを規定した第28条に該当しないものに限定される。今のところ年間数十件程度になると予想されている。しかし、当該適用対象ケースだけでなく 適用対象外でも国際結婚している一方の配偶者が、子ども連れて国際移動することへの制約が増大し困難となることや、条約や実施法の適用対象外である、国内での子どもの連れ去り問題、面接交流の在り方、離婚後の親権の共同親権への改定問題など、さまざまな影響をもたらしてくる可能性があります。 今回に公開学習会は、 2014年度より実際にハーグ条約の批准と施行法の施行に対して、外国人支援を担っているNGOの現場で、どのような向き合い方をすべきかを考えるうえで、有益な学習会となりました。
ハーグ条約やその施行法は、その前提となる価値観が、子ども連れ去られた元の国への現状復帰が善であるとする一種の「形式的自由」を認めるものあり、それが子の福祉や子の最善の利益という「実質的自由」を保障するものでないことに最大の問題があります。ハー条約やその施行法の適用が、子の福祉や子の最善の利益という「実質的自由」に合致する場合には、問題は生じないとおもわれますが、そうでない場合には、「力」の強いものが「弱い」ものを踏みにじる「武器」になる危険性があります。そうならないための歯止めや対抗手段をどのようにしていくのかが今後の課題です。また、適用対象外のケースや問題に関しても、子の福祉や子の最善の利益という「実質的自由」の実現の観点から問題をとらえ、個々のケースの是非を判断していくことの必要性を学ぶことができました。
以下 濱野健 北九州市立文学部人間関係学科准教授の講演とアジア女性センターの報告を掲載します。
濱野健 北九州市立文学部人間関係学科准教授
濱野さんの講演
専門は社会学と文化研究で、国際移動とジェンダーをテーマとし、これまで日本人女性の婚姻移住などについて、オーストラリアなどでの調査を実施してきました。現在、日本を取り巻く国際的子どもの連れ去り問題と、それが国内社会の家族観や離婚後の家族関係にどのような影響を及ぼすのか、国内外で調査をしています。
このテーマで一般の方にお話しするのは初めてです。今年1月に立命館アジア太平洋大学で留学生にこの話をしました。オーストラリアでの日本人女性の結婚による海外移住について研究していましたが、現在は日本に戻ってきてしまうケースに対して焦点をあてて調べています。今年の夏にアメリカの当事者(子どもを連れ去られた男性)への聞き取りを行いました。また、日本に連れてきた親とも話をしたことがあります。日本国内で、国際結婚で離婚後の共同親権などに対して活動をする団体などにも調査してきました。
本発表の要点本日は、「ハーグ条約」に関連する事項を4点に絞って話していきます。1点目は、これまでの家族に対する考え方、観点についてです。現代日本では、家族観が従来のものとは大きく変わりつつあります。例えば、ハーグ条約の話しをすると、世代間で事態の認識に差があります。例えば、国際結婚、離婚後の子どもの監護や面会交流に対しての世代間格差。もちろん地域格差があります。しかし、一般的には、家族の捉え方、或いは家族一人一人の幸せであるためにはどうすべきか、何を優先すべきというものが限りなく変容してしまったのが、今の日本の家族です。それと、家族の多様化と国際化という視点があります。これから話すことは、国際化の方に要点を絞りますが、これらの家族に関する今日のあり方を、みなさんと共有した上でお話したいと思います。次に、子どもの奪取についての「ハーグ条約」のことですが、条約そのもののことは、お手元の資料に詳細に書かれていますし、先ほどざっくりと説明していただきましたので割愛させていただきます。
- 日本の家族とその変容:多様性と国際化
- 子どもの奪取をめぐるハーグ条約
- ハーグ条約と日本
- 条約締結決定以後もくすぶり続ける諸問題
日本の現在家族:日本の家族は、離婚、晩婚化、少子高齢化という問題を抱えています。つまり、家族を作ることが、社会的圧力から選択の自由になったことで、選ぶ選択、選ばれる選択、辞める選択が増えたという流れの中で離婚が上昇しています。そして、子どもの親権や親子面会などの監護権の問題もでてきました。この辺とも絡み合って、自分の理想の家族を持つ、あるいは家族が壊れたら解消する、その中で子どもは親との関係をどう保つのかが問題となります。今回の「ハーグ条約」の問題は国際的な子どもの奪取に関するものですが、日本国内でも同じような問題が非常に色濃くでていることにより、一見当事者と思えない人や、一見国際結婚に関心や興味のない人であっても、自分たちに関わりのある問題として受け止められるようなケースも出てきています。それに賛成するか反対するかは、それぞれの立場で異なるのが現状です。その中で、家族の多様化は世代間によって異なるのが現状です。国内の中でも「家族はこうあるべき」ということに対して共通の見解がないのが現状です。かなりというか、限りなく合意が取りにくいのです。もちろん最終的に日本の家族の定義は何によって行なわれるかというと、日本では民法で家族とは何かを規定していますが、その家族は、法律的に規制する家族制度と、一人一人が家族とみなしている家族関係はまったく噛み合わないという状況が強くなっています。今回、そのような問題が「ハーグ条約」の問題に影響してくるのでないかと思います。最後に家族の国際化という所で、集まっていただいた皆さんが関心のあるところにいくわけです。みなさんは、だいたい把握していらっしゃると思いますが、国際結婚数の日本の外務省のデーター(図:夫妻の一方が外国人の国籍別婚姻件数の年次推移―昭和40~平成23年―)があるのですが、男性は主にアジアの出身の女性と結婚していて、女性は多様なパターンあるというのが一般的特徴です。そして、男性の婚姻件数が女性の約3倍です。このようなデーターはみなさんご存じかと思いますので繰り返しませんが、ここで言えることは、日本人男性にとって国際結婚はただの結婚です。ところが、女性にとっては結婚=海外移住なのです。これは日本だけでなく、他の国も共通したパターンです。私自身が注目する女性の国際移住、国際結婚とは、このデーターにはっきり出ているように、男女で結婚そのものの意味が違うということです。日本では結婚に際して女性は「嫁ぐ」とかいわれますがが、今でも海外にいる若い人達も(海外に)嫁いだと言います。新しい土地で、新しい環境で、あてに出きる人は自分の配偶者だけで、そんな状況で家庭を維持し、子どもを育て、社会に参加していくというプロセスは、自分が育った所で結婚して家庭を持つという人と比べて元々何かが違うのではないかというのが、私自身のこれまでの研究の発端にあります。そこから、私の関心は国際結婚に始まり、今では離婚問題であるという所に移った経過があります。それは国際離婚です。これは(図:日本の国際結婚・国際離婚数の推移)国際結婚・国際離婚の件数ですが、実際にはおそらく厚生労働省のもので外務省のデーターをまとめたデーターと思われます。実際の件数は明記されていませんが、2010年あたりから国際結婚数・離婚数の割合が高くなっています。ただ、離婚率何パーセントという統計で数字をいわれますが、限りなくあてになりません。なぜかというと、その年に結婚した数と離婚した数の割合で何パーセントと決めますので、かならずしもデーターが一致するとは限らないのです。結婚して1年後に離婚しても、3年後、10年後に別れる人もいるので、結婚からどのくらいの程度継続しているのかどうか残念ながら統計に出てきません。ただ国際結婚が増加するに従い、国際離婚も増加傾向になるということが把握できるというのみです。そういった中で「ハーグ条約」の話しが出てくるのですが、元々「ハーグ条約」は当初は外圧とみなされていました。いまでもそのような印象がありますし、だいたいそういう感覚は一部では共有されています。なぜかというと、これまでも子どもを連れて外国人女性が帰国する、日本から出国するケースが多々あったからです。それが社会問題としての前提がなかったという話しだけです。この社会問題を政治問題としても扱われるようになったのは、アメリカの外交戦略でしょう。新聞などを追いかけていくとはっきりわかります。これまで日本で特に問題とみなされなかった、子どもを連れて日本人女性が帰国することが、これは問題だといわれるようになった。それはちょうど4,5年前からで、アメリカがその中心的な役割を果たしました。なぜかというと、アメリカでは、海外への子どもの奪取はこれ以前から問題化されていたのです。この問題に対する、当事者を中心としたロビー活動の歴史もあって、それが数年前に日本にも向けられたということです。その以前は中南米とか、そういう国に対して、子どもの奪取が深刻化していた。こうした事態の打開策として、ハーグ条約を締結すべきではないかということですね。そういう話しがあって、次に日本にもそれが向けられたという経緯がありました。もちろん、日本人女性の国際結婚件数が増えていったという背景にあるでしょうが、アメリカ、ヨーロッパで近年突然はじまった問題ではないんですね。その中で、ハーグ条約の批准が問題化された経緯があります。その一方、色々調べてみると、みなさんの中で活動していらっしゃる中でも把握していらっしゃるとは思いますが、こういうケースが日本でも昔からあったわけです。外国人女性が離婚した後、自分の子どもと一緒に帰国するというケースはわりと前からあったはずなんです。それは当事者にとって非常に深刻な問題であるのですが、日本社会全体はそれを日本国内の問題としてこなかった。日本社会全体の問題とみなしてこなかった。あくまでもそれは当事者の問題と捉えられている節がありました。その時に、あの人たちは文化が違うからと、あるいはあれは国際結婚をした人たちの中での問題だから、と見られていた節があります。それを今回ですね、アメリカから欧米諸国から、当事者の問題ではなくて国際問題であり、社会の問題であるという定義の書き換えが行われたのです。ここが、ハーグ条約が今回問題の焦点となった経緯です。なので、マスコミなどは当初、家族文化の違いに対し、海外からそういうことを言われる筋合いがあるかなどと言っていました。ところが段々と国際問題、社会問題というふうに枠組みが変化することで、その報道内容が変わってきました。そのとき、では国際問題として何が共有できるかなったとき、内政干渉であるとか、文化の違いであると言わせないために、どういう共通フレームを作るかというと、要するにこれを人権問題とするわけです。民族、出自、年齢、地域に関係なく、全ての人間が平等に保障されるべきであり、同じように取り組まなければならないというフレームに組み変えるんですね。これと同じことを、以前アメリカが日本にやっています。以前、外国人研修生制度を人身売買であるとみなす報告書がアメリカ政府から提出されたことがあります。それで、慌てて法務省が研修制度に関して法改正したということが10年以上前にありました。今回、ハーグ条約でも同じ枠組みを用いて問題化されてきました。それに対して、日本政府が何らかの動きを見せざるを得ないのです。昨年、ハーグ条約の批准について、国際法の研究者たちのシンポジウムに参加したことがありますが、国内にはもともとハーグ条約を研究している法学者などはほとんどいなかったと言っていました。あまり関心を持たれていなかったのですね。「ハーグ条約」で新聞検索するとわかるのですが、ハーグ条約というのはいろいろたくさんあって、この子どもの連れ去り、奪取の民事的側面に関するハーグ条約は、その中の一つです。5,6年前に新聞記事で扱われているのは、全然別のハーグ条約です。たとえば戦争における捕虜への人道的なあつかいとか、あるいは盗難に遭った文化財などを下の国へ返還するための国際条約に関して、ハーグ条約という言葉を見ることができます。今回の、子どもの奪取に関するハーグ条約そのものが問題化したのは、ごく最近だということです。そこで、当事者にとっては、逆に青天の霹靂というか、自分たちが問題化としてきたことが、新しい枠組みとか概念によって再提案されて社会問題化されたという感覚のある人の方がけっこういるのでないかと思います。 そのハーグ条約ですが、外務省による解説では、西ヨーロッパの法律に限定された定義がされています。その一番のポイントは、子どもが生まれた、元の移住国に迅速に返還されるために適用されるんですね。だからハーグ条約の趣旨として、これ以外は全て条約の枠内では原則酌量しない。 法律専門の方がいらしたら申し訳ないのですが、法学の人と話しているとこういうのは結構きっちりと分けて扱いますね。DVはDVとか、民事と刑事とは違うのだという感じで、一つ一つのケースを分けて判断します。それぞれに妥当な法律を適用しつつ解釈しますけど、ハーグ条約も同じようにできています。あくまでも大前提としてあるのは、子どもには元いた場所にいるのが一番だと、本当にそれだけですね。その地域とか家族とかが恐らく一緒にいた所に居るのが一番、それが親が勝手に引き離すのが親のエゴであって、子どもに対しての権利・利益をそこねているという所で基本的に話しが進められます。なので、これ以外の上げ足とりは、ある意味、ハーグ条約の枠組み内では受け入れないとか、あまり交渉するに値しない事項になってしまうわけですね。次に子どもを元の居住地に返さなければいけないとかについては、やはり子どもはそこにいるということ自体が幸せなこととみなされています。この問題に関して、恐らくみなさんの中で、子どもにとってベストって何だろうということについてかなり理解の幅があると思うんですね。時代によっても違いがあります。もともと子どもに人権があるか、子どもの権利なんかあると思っていなかった時代の子どもは、単に役に立たない不満足な人とみられていた時代があって、やがて大人に対しての子どもという個別の存在としての見かたがなされてきたにが、たぶんヨーロッパだと200年前ですかね。わずか200年前位に、初めて社会で子どもという存在がでてきたわけですね。それから200年、子どもというものがどうあるべきか、子どもにとって幸せな何なのかという議論はますます発展してきましたが、まだまだ、子どもの利益とか子どもの福祉に対しては色々説明のしかたがあると思います。やはり親と一緒にいるべきだとか、あるいは親でなくても誰かに愛してくれる人がいればいいんだとか、あるいは充分なお金あって子どもに教育が受けられる環境が優先されるべきだとか、少なくとも食べ物と水が不自由しない環境に育つべきか、とかあると思います。しかし、ハーグ条約の場合、元いた所にいるのが一番というのが、子どもにとっての利益と判断され、全てそこに遡って照らし合わせていくという形で判断されます。なので、それ以外の所でハーグの問題に突っ込みを入れると、ハーグ条約を支持して、その元に自分たちの行動や自分たちの問題の解決を図ろうとする人たちにとっては、ハーグは子どもの利益について話しているので、あなたたちがいっていることは見当違いですよといわれるのがおちなんですね。実際。ハーグを支持する人はそこをがっちり守ります。ただ、子どもの権利は何なのかという議論は別ではないかという話しになっていくわけです。例えば、今回の場合、日本がハーグ条約を批准するにあたってDV、保護者のDVというものは酌量するというふうに言ったことに対し、ハーグ条約を支持する人たちは非常に釈然としない。これまで国内外で日本がハーグ条約を批准すべきだと訴えてきた人たちの多くもまた、日本のハーグ条約の結び方がおかしいいうふうにはっきりと言っています。これでは意味がない、というのは条約にその子どもの居住地、子どもを元いた場所に戻すという条約にその親のDVを校了するなどという条件をいれてしまうと、ハーグ条約の趣旨そのものがダメになるという見方です。 条約の批准は90ケ国です。アジアでは少ないですね。中国、香港、マカオ、シンガポール、タイ、スリランカ、韓国ですね。韓国の場合は子どもの連れ帰りというのが韓国人同士で起きるというパターンが多いようです。どういうことかといいますと、北米とかに多くのコリアンコミュニティがたくさんありますけれど、その中で子どもの連れ去り、連れ帰りが起きていることが1点ですね。あるいは、韓国は数年前に多文化主義宣言をしており非常に外国人の数が増えていますが、ベトナム、中国とから国際結婚という形で韓国へきた女性たちが子どもの連れ帰えることを事前に防止するという意味で、韓国はハーグ条約の批准に踏み切ったという事情があります。日本もこれに入る訳ですが、一つ思い出していただきたいのは、先ほどの、日本人の男性はほとんどアジアの女性と結婚するというパターンでは、ここに揚げた数ケ国の内でタイ、韓国は含まれます。例えばフィリピンや中国はハーグ条約に加盟しておりませんので、今回日本がハーグ条約に仮に加盟をしたとしても、子どもを連れ去られたとしても、条約の締結が問題解決の糸口繋がるかというとことに関しては疑問です。一昨年の関西大学でのシンポジウムでは、ハーグ条約の根本的問題、致命的問題としては、イスラム法をとっている国は前提が違うので、ハーグ条約そのものを結ぶことができても、国内法に基づくとほとんど機能しないという点です。国際法といえどもそれなりに前提となる家族観・文化概念があります。それぞれが国や地域の法律があります。私は法律もその国の文化だと思っています。そう考えると、それぞれの国の価値感、慣習が制度化されたものですから、特にイスラム圏のところは全く機能しないんですね。あるいは同志社大学の法学者のコリン・ジョーンズさんが、ジャパンタイムズに寄稿していた記事では、シンガポールがハーグ条約を結んだ際、国内の民法を徹底的にハーグに合わせて変えたそうです。これはどういうことかというとシンガポールの民法が旧宗主国のイギリスの法律をベースにして作っているからです。ようするに、ヨーロッパの民法をベースに作っている所は、最初からハーグ条約との親和性が高いということです。基本的に家族概念や子どもの権利についても、ある程度最初から国内に受け入れられる下地がある、ということですね。それでハーグ条約を結ぶときに、条約と国内の民法をがっちり組み合わることができたのです。それなのに、日本はなぜハーグ条約そもそもに批准しないのかという彼の批判論文です。もともとヨーロッパで作られた条約であるんですが、まだ中々アジアに浸透していないという所です。わりとアジアの中では日本は早い段階でそれを批准しようとしていることになります。その日本が、ハーグ条約を今度いかにローカライズしていくかということ、つまり日本が実情に合わせてキチンと適用していくかどうかということです。これに関して調べて見ると、法務省の法制度審議会が9回行なわれています。第6回では、女性へのDV保護をどうするかに関して集中的に議論が行なわれていまして、その議事録でその経緯が触れられています。9回の中で6回目だけが女性のDV保護・被害者保護について議論・審議されています。この問題に関して検討されたのは、おそらくこの回だけではないかと思われます。こうした経緯などでハーグ条約を締結しますということになったわけですね。このハーグ条約なんですが、実際、子どもを連れ去られた人が、自分の配偶者やパートナーによって異なる国に奪取された場合、どのように返還手続きをするかというと、返還を認めるか否かということを司法に委ねる、つまり子どもを元の国に戻してそこの司法で係争するということを早期実現、とにかく早くするのが原則です。実際、条約国では毎年かなりの件数の申請書が出てくるそうで、外務省の報告では訴訟だけが出ていますが、ハーグ条約には委員会があります。オランダのハーグにあります。委員会は3年に1回ぐらい世界中から申請されたデーターを集めて報告書を作るんですが、それをちょっと見てみますと2008年、2011年、少なくともハーグ条約で求めた子どもの返還と面会交流、子どもを返せということだけでなく子どもに会わせてくれというものもハーグ条約に含まれているということです。子どもを連れ帰ってくれというのは、おそらくこれは親権が持てない場合などや、イスラム圏とかいう場合があるんじゃないかと思います。けれども、例えばイスラム圏の場合、完全な父権主義ですから単独親権で父親の権利を持つのが当たり前で、パキスタン、イランなどでは、子どもを連れて海外に出ようとすると空港で差し止めをするという権利を夫が強く持っているという話しを聞きました。欧米でも、親一人で子ども一人で海外に出るときには申請が必要です。カナダとかがそうです。今でも申請が必要です。連れ去りの件について、1年で2322人ですが、この調査に協力していない加盟国もありますので、実際にはケースがもっと多いのかもしれないです。連れ去り親の69%が母親です。その内、外国籍が全体の7割で母親が外国人であるというケースは、その内で4割です。つまり外国籍の方が7割を占め、その4割が母親ということですね。同じ国同士のカップルが子どもを外国に連れて行ったケースが多かったのが驚きでしたけれど、この割合は女性も男性もあまり変化がなかったです。だいたい4割の外国人の親が子どもを自国に連れ帰ったことになります。ハーグ条約にそって法的な手段によらずとも、元夫婦同士で解決するというパターンも2割程度で、必ずしも申し立てをすればすぐ裁判ということにはならないようです。なので、2322件の内で司法判断が行われ、その結果子どもを元の所に返す判決が出たのは全件数の27%、つまり27%が子どもを元の場所に相関するという司法判断に至ったことになります。以外と少ないかと思ったのですけれども、その内、連れて帰った親が自発的に返還に応じたのは19%で全体の内、約5件に1件ですね。申し立てを行なわれた後でおそらく自分も戻るか、東京からの何らかのコンタクトが行われ、当事者間で話しあいませんかということに応じて返還したケースでしょうね。なので、実際子どもが連れ去られたケースで返還に応じたのは42%となります。これは微妙で、支援者からは少なすぎると言われるわけですね。アメリカで、子どもを日本に連れ去られた父親たちに、日本がハーグ条約を締結することをどう思いますかときくと、ハーグ条約に基づいた返還率が少なすぎる、低すぎる、もっとアグレッシブにアメリカ政府がやらなければといいます。そして、ハーグ条約は実行力がないのではという人たちもいました。ハーグ条約に反対の立場をとる人、否定的立場、慎重な立場の人は、連れ去りが年間46件あるのは問題があるのではないか、連れっていった人の事情に酌量の余地があるのではないかと、条約について判断しづらいということでした。 実際、ハーグ条約の締結国や、条約に基づいて交渉ですとか調停であるとか司法判断に応じたとしても、実際子どもの返還命令が出されるのは半数で、残り半数は条件があわなくて中央当局とかが却下したケース、ハーグ条約に当てはまらないケース、例えば親が親権を持っていなかったケース等があります。あるいは事案が発生してから、すでに一年以上が発生しているために申し立てが却下したケースなどで、連れ去られた子どもの5割が返ってこないという判断ができます。実際、係争に持ち込まれたうち、子どもの返還が棄却された、つまり子どもを返す必要がないと判断したのは全体の15%、申請先の司法当局に書類が却下されたのは5%、つまり2割ですね。全件数の2割は子どもを返還する必要がないと判断、5割は子どもの返還をすべし、そして返還するという合意、2割が返さなくても良い、ここにいるべきと判断され、残りの3割がその他ということになります。なので、かなりバラついています。批判する側も支持する側も釈然としない、じゃあハーグ条約は強化すべきとか、このままでは意味がないのではないか、どうして今出たのかということですね。中央当局により申請が却下された割合は5%ですね。これは外務省で扱うケースではありませんと突っぱねた理由は、自分の国にはもう子どもはいませんというケース、調べてみたが自国に子どもはいませんでしたというケース、子どもはまた別の国にいた、というケースが一番多かったです。次に申請者が監護権を有していない場合、つまり申請者側が親権を持っていなかった、日本に子どもを連れていったケースだとこのケースに入ってきますね。日本に子どもを連れて帰ってしまったケースはだいたい協同親権と国からの移動になりますから、この事態は成立しませんけど、単独親権制度の国から子どもを連れて行かれた場合、片方の親が親権を持っていなかった場合は申請国の中央当局が棄却するケースがあるということです。こういう問題はあとで話すように、日本の民法であるとか、日本人同士のカップルの離婚問題とかに微妙に絡み合っています。なので、同志社大学の法学者のコリン・ジョーンズ氏も、日本はハーグ条約を結ぶだけではだめだ、それをきちんと機能させる形で民法を改正するべきではないかと主張しています。だいたいハーグ条約を支持する人たちは、基本的にそこらへんは合意がとれています。ハーグ条約を結ぶことはスタートで、次は民法改正だという話しで動いています。その人たちは少なくともそういう文脈において民法を改正すべきだ、例えば協同親権とかには多様な価値観で、それを支持する支持しないという立場があるんですけど、こういう事例に関連している人たちには、ハーグ条約を機能させるためにもっと民法改正すべきだと言います。だから一緒になって協同親権を法的に制度化しようとする人たちの間にも、おそらく若干目的の違いがあるのではないかと思います。 次に日本のハーグ条約加盟決定以降の問題として、どうして不安が丁寧に解消されない、少なくとも日本がハーグ条約を結ぶことが、ある程度日本社会とコンセンサスを得たのであれば少なくとも今日僕がここで話す必要がなかったわけですね。ここで僕も含めてここにいらしたみなさんがなんとなく不安や懸念を持っていらっしゃるのは、何らかの理由があるわけです。それについて交通整理をしてみたのですが、ハーグ条約問題に直接的関連するファクターとして、つまり関連する人たちの立場が違いすぎることがあります。当事者であれば、連れていかれたこども、連れて行った親、そして連れて行かれた親ですね。それぞれがそれぞれの全く違うバックグラウンドで、子どもとかかわっているわけですね。それにも関わらず、賛成反対どちらかというよりも、どのサイドにも両方の立場がいます。同じように、支援者も全てのサイドにもいます。そして中央当局、両国の政府がこの問題に関わっています。どっちにかかわるか、あるいはどの領域にかかわったかで、基本的にハーグ条約に対する態度や意見がかなり異なっているんです。例えば同じ当事者であっても、日本に子どもを連れて帰られる側はハーグなんてやらない方がいいと、私たちの子どもは帰ってしまうという人もいますが、同じ日本人の中でも逆に日本から連れて行かれた人は早く条約を批准してほしい、という人たちもいます。実際僕がお話をうかがった人で、アメリカで生活をしていて夫との関係が非常にうまくいかなくなってしまって、日本に帰らざるを得なかった時、夫から、おまえの国はハーグを結んでいない以上、子どもを絶対に安易に行かせるわけにいかない、子どもを愛していればおまえがアメリカに戻ってこいというので自分一人で帰ってきたケースがあります。その時彼女がどうして子どもを連れて帰ってきたかったというと、病気のお母さん、つまり子どものおばあちゃんに会わせたかった。でも夫はこの状態でおまえが子どもを連れて帰るということは、もしかすると戻ってこないこともあるだろうと言われたそうです。で、今年なって、日本がハーグ条約を結ぶのであればということになって、夫婦間の雪解けがあって子どもを連れて帰ってもよいよ、子どもを日本に呼んでもよいよという話しあいが成立したケースもあります。このように日本に子どもを連れて帰った人や他の国に子どもを連れて行かれたというケースなどがあります。なぜハーグ条約について関係している人でも限りなく立場が異なってしまうことがあります。同じ日本人であってもそうです。ハーグ条約の中で注目していることは国際結婚をしている、或いは国際結婚に係わる問題に支援している人たち以外にも自分たちの問題として受け止められている所があります。それは国内で離婚問題、離婚後の親権、監護権の問題或いはDV問題に関与している人たちですね。この人たちにとってハーグ条約は他人ごととして捉えられずに、むしろハーグ条約によって、我々の状況、つまり民法の改正であるとか、或いは世論、子どもの親権を得られなかった親たち、その後の面会交流ができない約束通り面会交流がしてもらえなかった人たちがいます。特に父親の場合、彼らがいつも言うのは、裁判所も調停員も弁護士もみんな母親が子どもを育てるのが前提になっているのを何とかして欲しいという訳ですね。この前、会った人は、子どもに毎日食事を作りお風呂を入れ寝かしつけてきたのに裁判所で子どもの親権をとられてしまった。なぜかというと先ほどの連れていった者勝ちというのですけども、裁判所は子どもを連れて行ったのは奥さんじゃないですかといわれた。奥さんは実家に帰ったのだから、実家で奥さんが子どもを育てた方が子どもも落ち着くでしょうといわれたのだと。僕と同じ位の男性でしたが、2時間泣きっぱなしでした。まあ、そういう人たちにとってハーグの問題は他人事と思えないし、ハーグ条約が結べたなら少なくとも日本政府がそういう国際基準に則って、家族・子どもの問題を解決する意志があるならば、この問題は国際問題ではなく、自分たちにも大いに関わる問題だとして興味関心を持たれている節があります。そこでは、ある意味当事者支援を超えた所で問題が共有されている所があります。当事者及び両サイドの支持者にとっても関心がもたれているわけです。 こういう問題で、それぞれ立場が違う人間あるいは地域社会、文化の違う人間の問題が集まった結果、現代の家族ができていて、その問題として、例えばDVやネグレクト、子どもの連れ去りとかが、日本のハーグ条約の加盟と関連して議論されている。その全て含めて、共通合意事項で話し合いがなされるためには、人権の視点での話しをするしかない。全ての立場の異なる人間がある程度共通ルールというか、共通の原理で話しをすることができる、そこで先ほど示した人権に関して語ることが重要になってくる。現代の日本の家族を語る時、文化という側面で中々語れなくなってきている、当たり前として前提してきたことがほとんどなくなってきた人たちが誰かと一緒に集合して行動する共同するといった関係を持ったとき、人権という所で合意を取らざるを得なくなった。しかし、この人権意識もアクターによって微妙に若干ずれがあるんです。どういうことかといいますと、人権と人権が衝突してしまうという。それがこの問題をさらに難しくしていて、要するに文化摩擦とか、異聞化間コンフリートだけでなく、お互いに普遍的感覚として共有してきたはずの中で衝突がおこっているんです。例えば条約の実施において考慮される事態のところで、ある側はハーグ条約を子どもの親権について考えるべきだという人もいれば、その配偶者や子どものDVであるとか、例えば女性の立場はどうなるのか、外国人の立場はどうなるのかということも考えるべきではないかというふうなことをいうわけですね。これに対する資料では、アメリカではハーグ条約とDVとの関係についてこれまで多くの報告や研究が出されています。それらには、連れ去り以前に何らかの形で家庭内でDVが起きているので、夫婦間のDVと連れさり問題は切り離せないという報告もされているわけですね。一方、いや子どもの連れ去りが優先であるのでDV問題などはその後でやって下さい、とハーグ条約を理解してそう主張する人達がいる。その問題は子どもを一端戻した後でやってください。子どもを戻して、その国でやればいいのではないか、特にDV法などである程度信頼のある欧米諸国ではそういうわけですね。アメリカ人の父親もこう言っていました。だって妻はDVを受けたっていうんだけれど、日本のDV法ってザルじゃないですかというわけです。それなら戻ってきてアメリカできっちり勝負をつけた方がいいのではないかというんです。だから彼女たちはDVを受けたから日本に逃げて帰ってきた、という理屈は理解できないというんです。確かに法律面ではそうかもしれません。先ほどのように子どもを置いてきてアメリカから離婚してきた女性に「裁判をする気がなかったんですか」ときいてみると「無理でしょう。外国人である私に何ができるんですか、私たちはみんなそう言いますよ。私の友人たちの中には裁判に負けてしまった人がいますもん」と外国人の女性の立場ではそうですよね。それに対する知識とか或いはコストの問題とか、それに対する社会資源に対して、どうアクセスすべきかという問題ですね。人権意識の問題から、監護権に関しても、国内上のハーグの問題についても共同親権が単独親権か、両方の親に平等に親権を保障すべきか、全く単独親権のままでいいのか、単独親権制度を維持されたままで別の形で養育権を認めてもいいんじゃないかと、その監護権=養育権ではないという解釈をする法学者もいました。日本が単独親権を維持する理由に関しては他で議論したのですが、日本の場合、単独親権を替えられないんですね。それには明確な理由があります。なぜ日本が共同親権に移行できないのか、これだけ協同親権をきちんと保障しないでハーグ条約が機能できないことがわかっているのにどうして変われないのかということはある程度明確な理由があります。質疑応答の時にいいます。 次に、子どもの面会交流について、国際問題としてみる人、国内問題とも共通するよという色んな人がいます。これをどこで表面化させていくかということで折り合いがつかなくなってきて、色んな所で出てくるようになって、共通の見解、誰にとってもこれは自分の問題というが、では問題化しましょうというとき、私たちの所ではこう思う、私たちの所ではこうしますと、個別に戦略や意見など細かく組立てられる状態で共通雨の問題設定がかなわず、結局誰の為にもならないのではというフラストレーションが溜まることですね。会場で配布されている資料にも書いてあるのですが、ハーグ条約そのものに対して是非を問う立場もあります。国際法というのは最上位の法律ですから、ある程度、みんなで公平で同じ立場で問題を解決に踏み込めますよということです。一方、ハーグ条約そのものが1980年、30年前の法律で当時はハーグ条約の前提としていたものが先進国から途上国、アフリカとか子どもを連れ去られた場合どう対峙するかを前提としていた。当然この中にハーグ条約は基本原理として西洋諸国の欧米諸国型の核家族の福祉、家族の子どもの福祉をどうするかという所に前提であります。全体的な文脈として、つまりどういうことかというと、ここで見るハーグ条約の中で家族というとき、お父さんとお母さんと子どもしか含まれないんですね。たとえ現在の家族は多様化していてスタンダードな形でなくなっているケースがあります。あるいは日本みたいに核家族ではないタイプの家族も一杯あります。実質、子どもを養育しているお母さんお父さんの中でもおじいちゃんやおばあちゃんがむしろ時間をかけていたりと。そのハーグ条約に関しては、少なくとも子どもの利益、子どもの親との関係になると父とか母とかが権利を持っているわけですね。この条約では養子縁組をきちんとと取っている場合は別ですが、原則として代理父、代理母のような人たちは、子どもとどのような絆があってもこの問題には踏み込めない。そこらへんでもちょっと衝突してしまう。日本の場合、保守的な立場からハーグ条約に対する批判が初めにありました。日本の家族は欧米と違うんだからとか。それが、人権問題といわれたときに、パタと何もいわなくなったのがマスコミの流れという感じです。 最後に女性の国際結婚について。国際結婚は自己責任といったことがメデイアによく出てきますよね。自分の人生設計ができない人がこんな目に会うのだから、そんな人が出てきても、法律に公正に裁かれないといけないでしょうという考え方ですね。特に弁護士さん、国際法や国際結婚やハーグにかかわる弁護士さんはこのようなモラル的なことを言いますね。適当に結婚するからこうなるんですとか 僕の研究している、オーストラリアの日本社会でもよくこのようなことが言われるんです。最近の若い女性は白人の彼とすぐ結婚するから、だからこうなるんだよとういう言い方、自己責任論です。ところがちゃんと話しを聞いてみると、それなりに結婚に至る理由があるんです。どうして結婚にいたったか、結婚というのはそんなにモラル的な所で判断できるものではないんですね。例えば、みなさんならご存知でしょうが、海外から来ている女性の結婚をモラル的側面だけで判断できるかということですよね。もっと複雑な二国間の経済関係とか政治関係とか、そういうものによって、結果としてそういうふうに結婚に至っている訳でそういう人たちが増えているということは、間違いなく事実なんです。なぜかというと国と国との間の障壁がほとんどなくなっていて、ある地域で起きた経済的、政治的な要因があっという間に隣国に波及するといったのが今の世の中ですから、そういう中で、人との関係性が増えて来る。国際結婚という関係は人との繋がりが増えて来る中でごく当たり前のことであって、それに自己責任論を持ち出すのはいかなるものであろうと思っています。そいう所でも対立が起きる。このハーグの問題に対し、それぞれの中で人権の話しが出ても実際まだまだ合意がとれていない、くすぶり続けているのが現状で、おそらくここにいらっしゃるみなさんも、その中の一つの視点でもってこの問題に興味を感じていると思うんです。そういう人たちが立場の違う人と話すときに一つの人権に関してという共通の認識を持ちながら、それぞれの意識が若干くみ取って互いに議論を重ねていくことがある程度重要ではないかと僕の抽象的でおおまかですが、一つの結論であります。 要点のまとめとして、諸問題の問題化に向けて、そして家族の形態の多様化と国際家族がもたらした「家族の文化」から「家族の人権」へシフトしたこと、つまり人権と言う所でしか家族の問題を語れなくなった現状で、これは解答ではないんです。一つの視点であってそれを元に別の語り方をしないといけないということです。 ハーグ条約の国内事例・法制度への波及では国内ケースにこれがどのように影響するのかが話しの中心になってくるのではないか、あるいはハーグ問題をそこまで語るべきではないかなと思います。それは一部の人の問題ではないかと思います。個別アクター間での「人権」意識に関する問題の共有と齟齬の両義性については、同じ言葉で話す時でもある程度、確認していくべきではないかと思います。 AWC(アジア女性センター)の報告 AWCは女性からの相談を受け、支援を行っている民間のグループです。前年度、約690件の相談を受け、全体の4分の3が外国籍女性につながるものでした。相談支援の現場から外国籍女性の直面し考えるにつけ、ハーグ条約は誰のためにあるのか、常に疑問に感じざるをえません。 外国籍女性と日本人夫の結婚の場合、関係性が対等でない場合が多いと感じます。例えば、中国籍女性に多いのは結婚紹介所を介した結婚、フィリピン女性はブローカーを通じた結婚など。夫と妻、どちらが結婚に高額の費用を払ったか、そのことが後の結婚生活での力関係に大きく影響を与えていると感じます。また法律的な立場から見れば、外国籍の妻は、配偶者としての在留資格が必要ですが、そのためには夫から必要書類を整えてもらわなければならず、機嫌を損ねると日本に滞在できなくなる怖さを抱えます。言葉のハンディ等から、就業率も同年代の日本人女性よりも低く、経済的にも夫に依存せざるをえません。このような夫婦の関係性が、外国籍女性の直面するドメスティックバイオレンス(DV)に大きく影響していると思われます。 外国籍女性たちは、DV被害に遭ってもDV防止法のことや支援についての情報を持ちません。離婚についても、「離婚したら外国人は親権が取れない」などと偽りの不利な情報を与えられ、暴力被害から逃れる選択ができない人もいます。日本には頼れる知人や親せきもおらず、孤立し、地域社会そのものから排除される場合もあります。 濱野先生のお話にも出てきた「異文化間摩擦」ですが、この摩擦が対等でない夫婦の関係性においては、暴力や虐待となって現れやすいのが国際結婚の特徴だと思います。 私たちAWCは、どの人も「安全・安心・自信」を持って生きる選択ができる生活が、人権が尊重された生活だと考えています。DV被害にあうということは、これらを失い力を無くしてことです。外国籍の女性たちがそのような困難に直面した時、たった一つ取れる選択肢が、信頼できる家族のいる本国に身を寄せて自分を取り戻す、という場合も多いのです。その時に、暴力をふるい虐待を行った夫の元に子どもを置いていくわけにはいかず、一緒に連れて出国するのも当然の選択でしょう。このような、今を生き伸びるための選択が、ハーグ条約の批准で阻害されるのが大きな不安となっています。 条約が批准されれば、外務省に設けられる中央当局は該当の母子の居場所を探すためにあらゆる関係機関、携帯電話の会社や民間の支援団体、私立学校等に照会ができる権限を持ちます。そうなると、命からがら逃れてきた母子は発覚を恐れて支援につながることさえできず、被害者がひたすら身を潜めるしかなくなっていくのが怖いと思います。 数年前から日本では、子どもの日本旅券を取得するときに、外国籍の親が申請した場合、もう片方の日本人親に確認の連絡が入るよう手続きが変わりました。両親が日本人であれば、同様の確認はされません。このような対応の変化から、国内でも条約批准以前から既に子どもの連れ去りを予防するための“環境整備”が始まっていることを知らされます。 多くの不安は残るままですが、批准から三年後に見直しが予定されています。外国籍の女性と子どもたちをサポートするグループとして、今後の状況を見守っていきます。
- その風景
- 家族を取り巻く社会状況の変容
- 未婚化・晩婚化
- 少子化・高齢化
- 離婚率の上昇
- 家族観の多様化
- 家族の国際化
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須藤眞一郎行政書士事務所気付
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