〒862-0950 熊本市中央区水前寺3丁目2-14-402
須藤眞一郎行政書士事務所気付
2018年5月27日 中島 眞一郎(コムスタカー外国人と共に生きる会代表)
※ 2023年10月10日更新
オーバーステイで逮捕、退去強制され、当時の入管行政の取扱いとして、半永久的に日本への入国が認められないパキスタン人夫の在留資格認定証明書(身元保証人 日本人妻)が許可され、上陸特別許可を得て、日本人妻との夫婦としての日本での同居が実現した。
※ この事件は、1992年10月18日にNHKスペシャル『新日本人の条件 外国人労働者との結婚喜べますか』のなかで取り上げられ、全国報道されたが、そのタイトルや内容について、外国人労働者への差別と偏見があるとして、NHKに抗議した。
熊本県内の農家で農業研修生として来日し、研修していたフィリピン人約30名が、労働でしかない研修の実態、農業以外の建設業やレストランの仕事等をさせられたり、長時間労働、食事への不満や月2万円しかない手当の少なさなどの不満から研修を中断してフィリピンへの帰国を求めたが、受入れ農家や団体から拒否され、集団で手取カトリック教会へ逃げてきた。
マスコミに公表し、受入れ農家や受け入れ団体と交渉し、彼ら・彼女の願いどおり無事九月上旬に帰国することができた。
※ この研修制度が、『国際交流』の美名の下に、格安の労働力として外国人研修生を利用している実態があきらかとなり、受入れ団体は、熊本県の監査を受け、また入管により3年間の研修生受入停止となった。
同年春ごろに、熊本県内にダンサーとして働きに来ていたフィリピン人母親からの相談があり、熊本県内在住の弁護士に依頼して、長崎県内在住の日本人父親に対する認知と養育費の支払いの請求を長崎家庭裁判所に申立てた。
※ 調停申立てから約1年以上かかったが、長崎家庭裁判所において認知と養育費の支払いを認める調停が成立した。 日本国内に住所も居所もない国際児の認知と養育費請求事件で調停が成立した最初のケースとなった。
日本人父親とフィリピン人母親との間に生まれ、母親とともにフィリピン在住で、日本人父親から養育を放棄されていた日比国際児の全国初となる養育費請求事件で、熊本家庭裁判所は、父親欠席のまま審判の言い渡しを予定していましたが、 来日したフィリピン人母子と会った日本人父親が裁判所の呼び出しに応じて出席し、養育費の支払いに応じる意向を示したため、急遽調停に戻して、合意成立となった。
熊本市は、厚生労働省からの回答を得て、日本人父親から胎児認知により日本国籍のある子らを養育する在留資格のないオーバーステイのフィリピン人母子世帯に対して、1990年の厚生労働省の口頭指示(就労制限のない『定住外国人等』にのみ認め、オーバーステイの外国人親を対象とした生活保護を認めない)以降全国で初めて生活保護の支給を認めた。
但し、その後、このケースは例外として、厚生労働省の見解は従来の通達に戻ってしまった。
※ このケースが契機となり、東京都など一部自治体で、在留資格のない母子世帯にも、在留特別許可の見込みがあれば、生活保護の支給が認める運用が行う自治体が現れてきた。
フィリピン在住の日比国際児による日本に住所のある日本人父親への認知訴訟は、人事訴訟手続法や最高裁判所規則により、日本人父親の住所地を管轄する裁判所ではなく、東京地裁でしか提訴できないとされていた。
大分県内在住の父親を被告として大分地裁に提訴したフィリピン在住の日比国際児の認知訴訟は、東京地裁に移送された。憲法第32条『裁判を受ける権利』に違反するとして最高裁へ特別抗告したが、最高裁第一小法廷は、「いかなる裁判所において裁判を受けるべきかの裁判所の組織、権限、審級等については、憲法第81条の規定するところを除いて立法政策の問題」として、特別抗告の棄却を決定した。
※ この認知訴訟の国内裁判官管轄問題は、2004年に施行された人事訴訟法で、認知訴訟など人事訴訟は、これまでの地方裁判所から家庭裁判所の管轄に改正され、それ以降、日本人父親の住所地を管轄する家庭裁判所で提訴できるようになり、この法の壁はなくなり解決となった。
日本国外で出生し、3ヶ月以内の国籍留保手続きを行わず、日本国籍を喪失したフィリピン在住の国際婚内子は、日本国籍がなく外国籍となっていること、及び,婚外子ではなく、婚内子であるため日本人父親の戸籍に父子関係の記載ができない。(日本人父親の戸籍に父子関係が記載できない国際婚内子)
このような日本国籍を喪失した日比国際婚内子による日本人父親に対する認知訴訟で、子の福祉と利益を考慮して、全国初の認知の審判決定をした。
※ この審判決定は2000年6月22日(木)朝日新聞夕刊で、「国際婚内子に初の審判」との 見出しで報道されました。
熊本県国際課が取りまとめた熊本県の関係部局からの回答はほぼゼロ回答であった。
※ その後、提言のなかにあった、DV被害者単身者も利用できる自立のための中間施設(ステップハウス)が、2003年度より予算化され、設置されるようになった。
また、自動車免許の学科試験の多言語化も、2004年8月から熊本県は、中国語と英語での試験を実施するようになった。
※ 2009年3月に熊本県国際化総合指針が11年ぶりに改訂され、国際交流や国際貢献とならんで、あらたに多文化共生が基本方針に取り入れられた。
2001年11月に福岡入管から日本人の実子を『偽装』したとして摘発された元中国残留孤児の妻の婚姻前の娘2家族7人の相談があった。 同年12月に福岡地方裁判所に原告7人が退去強制令書発付処分等の取消を求めた行政訴訟を提訴した。
一審は敗訴したが、その控訴審である福岡高等裁判所(石塚裁判長)は、2003年3月一審福岡地方裁判所の請求棄却判決を取消す逆転勝訴判決を、2005年3月に言い渡した。
また、この判決を受けて、南野法務大臣は、上訴断念の臨時記者会見を行い、控訴審判決が確定し、7人に入管から『定住者』の在留資格が付与され、入管の摘発から3年4ヶ月をへて解決に至った。
※ この高裁判決受け、法務省は、2005年9月28日に、『定住者告示』を改正した。 従来の定住者告示には,中国残留邦人の養子及び中国残留邦人の配偶者の子については,第6号又は第7号に該当する場合を除き,該当する規定がなく,これらの者が成人し,あるいは婚姻しているときは該当しないこととなっていた。
中国残留邦人については,その方々が中国に残留することとなった歴史的経緯にかんがみ,実子と同様に幼少時から扶養している養子や配偶者の子についても,定住者告示に規定して,在留資格認定証明書の交付や入国審査官による上陸の許可を受けて我が国で居住することを可能とするために,同告示を改正することとした
(平成17年法務省告示第496号)
2005年1月に寄せられた相談でしたが、逮捕後に日本人妻との婚姻届が提出された在留資格のないナイジェリア夫の退去強制令書発付処分等取消訴訟で、一審福岡地方裁判所の請求棄却判決後の控訴審で、 福岡高等裁判所は、一審判決を取り消す逆転勝訴判決を言い渡した。 この控訴審判決に対して、入管は最高裁への上訴を断念し、控訴審判決が確定し、ナイジェリア人の夫に日本人配偶者等の在留資格が認められた。
2006年3月に、日本在住の家族と同居するための定住者への在留資格の変更が不許可とされ、帰国準備のための特定活動の在留資格に変更され、フィリピンへの帰国を迫られていたフィリピン籍の高校生の問題の相談があった。
同年4月に熊本地裁に在留資格変更不許可処分の取消訴訟を提訴して、署名運動など入管へ『特定活動』の一年間延長と定住者への変更を求める運動を家族らと一緒に取り組んだ。
福岡入管は、同年6月に一年後の定住者の在留資格への変更の可能性を認め、帰国準備として四十日間しか認めなかった特定活動の在留資格の一年間の延長を認めた。
そして一年後に、高校生は定住者の在留資格の変更が認められ、家族と一緒に日本で暮らしていくことができるようになった。
韓国忠清南道天安市で開催された「多文化社会の到来と地域社会の対応」をテーマとする国際セミナーへ、日本のNGOの報告者として参加した。
この韓国訪問で、韓国が2000年代に入り、外国人の管理と排除を優先するこれまでの日本の入管政策の後追いを脱して、居住外国人を対象にその人権を保障し、多文化共生をめざす「開かれた外国人政策」に転換していることを学んだ。
※ 韓国で、この年在韓居住外国人処遇基本の2007年5月の制定(同年7月の施行)、全国の広域自治体(日本の都道府県に相当)や基礎自治体(日本の市町村に相当)で、居住外国人保護条例が制定され、忠清南道でも居住外国人保護条例が2007年7月に制定・施行された。
2005年3月に相談が寄せられたケースで、2005年12月に両親が入管に摘発された当時、10歳の娘がいたオーバーステイのフィリピン人家族3人の退去強制令書発付処分等取消訴訟で、東京高等裁判所は、原審と同様な請求を棄却する敗訴判決を言い渡した。
しかし、判決文の付言で、異例とも言える「法務大臣への家族らへの在留特別許可の再考をもとめる」趣旨の文言が記載されていた。
この高等裁判所の判決の付言を受けて、入国管理局へ在留特別許可の再審を申請したところ、2008年1月家族3人全員に在留特別許可が認められ、「定住者」の在留資格を取得でき、家族3人日本での同居が実現した。
また、2005年12月に相談が寄せられたケースで、オーバーステイのパキスタン人家族4人に対しても、行政訴訟は一審、控訴審とも敗訴判決だったが、在留特別許可の再審申請をしたところ、2008年2月に家族全員の在留特別許可が認められ、定住者の在留資格を得ることができた。
これらは2家族への子どもだけでなく家族全員に、再審により在留特別許可が認められたことにより、入管の「両親の在留特別許可を認めず、例外的に子どもだけ」在留特別許可を認める従来の運用が変更されることが期待された。
しかし、その後、入管行政の運用は、同様に両親の摘発時10歳の長女がいた在留資格のないフィリピン人家族のケースで,長女のみへの在留特別許可を認めたが、2009年4月に両親は退去強制された
※ 法務省入国管理局は、2009年9月7日「在留特別許可の見直しに係わる概要」のなかで新たに追加する要素を公表した。
その中で、「本邦の初等・中等教育機関に在学し相当期間本邦に在住している実子と同居し、当該実子を養育監護していること」を特に考慮する積極要素とした。
熊本県内の縫製工場で働く中国人女性技能実習生12名の未払い賃金や残業代などの労働問題の相談で12名を2008年7月下旬から9月中旬まで約2ヵ月間シェルターなどに保護し、労働基準監督署に救済申し立てを行い、研修生―技能実習生の受入機関や受入企業と、熊本労働局の会議室で労働監督官の立会いの下に、何度か折衝―交渉して、9月中旬示談書など締結より解決となる。
この事件は、労働基準監督署が申立からすぐに実態調査を行い、是正勧告や検察庁への書類送検を行ったこと、中国領事館が中国の派遣会社の代表者らを来日して問題の解決に当たるように連絡し、派遣会社の代表らが来日し、中国領事館の領事や熊本労働局職員が立会って、中国側送り出し機関である派遣会社と技能実習生の間で全国初の協定が締結され、帰国後の問題が解決した。
全国的にも多発する研修生―技能実習生への人権侵害事件への研修生―実習生問題の解決事例の先例の一つとなる。
また、マスコミでも大きく報道され、同年9月にはTBSのイブニングファイルで『研修生制度の闇に迫る』というタイトルで全国報道される。
逮捕後に日本人女性との婚姻届を提出したオーバーステイのビルマ(ミャンマー)籍 夫の退去強制令書発付処分等取消請求訴訟の1審係争中に、代理人弁護士の要請
で2007年2月のナイジェリア人夫の福岡高裁での逆転勝訴判決文を証拠資料として 提供してからの関りとなった。
2007年 東京地裁で勝訴、国が控訴し、同年11月の控訴審判決で東京 高等裁判所は、国の控訴を棄却し、国が最高裁へ上告受理申立てを行っていまし
た。2009年9月15日最高裁裁判所第三小法廷は、国の上告受理申立を認めない 決定をおこない、数日後に在留特別許可により日本人配偶者等の在留資格を得
て、逮捕から4年近くかかりましたが、日本人妻との日本での同居が実現した。
これまで、国(法務大臣・法務省入国管理局)は、退去強制令書発付処分の取り 消しを求める訴訟で控訴審で敗訴したことがまれにしかなく、その場合でも最高裁
へ上訴を断念して確定させていました。本件は、国が控訴審での敗訴後、最高裁 判所へ上訴した初めてのケースでしたが、最高裁判所は、この上訴を認めず、外国
籍の原告の勝訴が確定する決定をしました。これにより、退去強制令書発付処分取 消訴訟で、外国籍の原告の勝訴判決が最高裁で初めて確定した。
韓国の忠清南道知事らの依頼による「韓国・台湾・日本の東アジアの3地域の多文化家族の生活意識調査」を、コムスタカー外国人と共に生きる会として取組んだ。アンケート調査(外国人妻)は、韓国 332部、台湾 174部、日本 131部が回収され、岡山県立大学保健福祉学部の中嶋和夫教授らにより分析解析され、2010年3月に報告書が作成公表された。 これらの結果は、韓国・台湾の多文化家族保護政策の具体的な施策のための基礎データとして活用されていく。
日本人夫が、別居中の日本籍の子ども二人を養育監護するフィリピン人妻をフィリピン人夫との重婚を理由に提訴した婚姻無効訴訟で、熊本家裁は「通則法第42条の公序良俗の規定を適用して、夫の婚姻無効請求を棄却する」判決を日本で初めて言い渡した。
日本民法は、重婚は将来にわたって取消し事由ですが、フィリピン人家族法では、重婚は無効規定されており、国際私法の原則は、より重いほうの法律を適用とするため、原則通りならばフィリピン家族法が適用され、重婚を理由に日本人夫の婚姻は当初から無効とされることになる。
その結果、子ども二人は婚内子から婚外子となり、日本国籍を喪失するところだったが、通則法第42条の公序良俗の規定を適用して、日本法を適用して、子どもの権利を重視した請求棄却判決により、婚姻無効の主張は退けられた。
この判決は、日本人夫が控訴を断念したため、確定した。
熊本県内の飲食店のホステスとして働かされ、人身取引被害者として認定されたフィリピン人5人のうち4人は女性として、公的シェルターへの入居を含めて滞在中の全額の公的支援を受けられたが、一人が男性(性的マイノリティ 外見は女性だが、性別では男性)のため、公的支援を受けられず、コムスタカへ保護の依頼があり、民間シェルターを紹介して10日間ほど保護してもらい、無事帰国した。
この間の費用は、寄付などにより民間団体が全額負担することになった。
※ 2011年5月の熊本県DV対策関係機関代表者会議で、コムスタカー外国人と共に生きる会から、男性の人身取引被害者への公的支援がなされない問題について改善されたかについて質問と要望を提出するも、回答は国、県とも何らの進展もなく、男性の人身取引被害者は、公的シェルターへの入居や公的保護もない状態が放置されていた。
※2012年4月 熊本県による男性の人身取引被害者も対象とする民間シェルター公費援助の施策の実施
この事件から約1年後の2011年8月21日西日本新聞朝刊で「フィリピン人男性ホステス、人身取引 性別の壁 保護されず、 熊本 公的支援の対象外」との見出しで報道された。
そして、2012年5月に熊本県に提案していた男性の人身取引被害者の公費援助問題は、2012年4月から熊本県が民間シェルターの補助制度の要項を、DV被害者以外にも男性の人身取引被害者を対象とすることを明記する改正をおこない、全国初の施策として注目を集めた。
2014年度から、熊本県が民間シェルターの補助制度の要項が再改正され、補助額と補助対象期間の拡充がなされた。
※ 政府は、依然として男性やLGBTの人身取引被害者の保護施設を設置していないが、法務省は人権擁護機関が緊急措置として人身取引被害者(男性を含む)の宿泊施設の提供を、2015年10月1日から開始しています。
2009年1月13日に熊本県上益城郡御船町にある龍田紡績株式会社(本社 兵庫県)熊本工場で働いていた中国人技能実習生6名をコムスタカで保護した。 そのうち3名が、同年3月5日に熊本地裁に会社を被告として寮費の不当利得や不法行為による慰謝料請求等1人あたり約170万円を請求する訴訟を提訴した。 2010年9月14日に被告会社が「@被告が原告に対して研修生―技能実習生制度に反した行為があったことを認める。 A被告が、原告に1人当たり80万円を支払う」との内容で和解が成立し無事解決に至った。
EPA(経済連携協定)に基づきインドネシアから2008年8月に来日し、2009年2月から熊本市内の病院で看護助手として働いていた看護士候補者の女性から、2010年10月に、来日前の契約書どおりの基本給が支払われていないという相談が、コムスタカに入った。
2011年4月に熊本労基署へ救済申立を行い、 同年7月に病院側が看護士候補2名に慰謝料を支払うことで和解が成立した。
インドネシア女性看護士候補者が帰国前の同年7月27日に、@賃金未払い問題の解決、A国家試験のあり方を含めた看護士候補者受け入れ制度の問題点について熊本市内で記者会見を行い、マスコミ各社で報道された。
2012年9月に熊本市の外国人生活保護受給者の国民年金保険料、これまで日本人と同様に法定免除であったものが、外国人生活保護受給者は一般免除に変更された問題で、全国的に問題を提起し、共同通信社の配信記事(2012年10月16日夕刊から17日朝刊)が全国の主な地方紙で大きく取り上げられた。 その結果、厚生労働省は、同年10月26日に「一般免除とするが、外国人生活保護受給者には保険料を一律全額免除とする」見解を公表し、実質的に外国人生活保護受給者の負担がなくなった。 また、「生活保護法の国籍条項を撤廃すべき」という主張を訴えることができた。
6月7日の熊本県DV対策連絡会議で質問と要望を行い、また同年6月21日に、熊本県DV防止被害者保護基本計画(第三次)改定案へのコムスタカー外国人と共に生きる会として、意見と提案を行った。(コムスタカ第84号掲載)
外国籍の被害者への多言語説明書による説明や通訳者派遣など多言語対応の推進、被害者の保護自立のためのコ−ディネーター制度の提案、公営住宅の分散化提供や短期滞在施設の提供など住宅政策、公的期間の職員によるDV被害者の代理人制度の創設などの加害者介入施策などを提案した。
2015年度になり、熊本県のDV防止の施策として行政機関のなかでその具体化と検討が始められるようになってきた。
2014年6月28日にホステスの仕事をしていたとして資格外就労容疑で、逮捕―起訴され、罰金30万円の有罪判決を9月に受け、熊本拘置所から入管へ施設収容され、3名のうち2名は10月上旬に退去強制された。しかし、3名のうち1名は、福岡入管の収容施設に収容中に、床に頭を何度もぶつけて自殺を図った。それを止めようとした男性の入管職員5名に取り押さえられましたが、その時1名の男性職員の右腕上腕部に噛みついてケガ(全治2週間)を負わせたとして、公務執行妨害と暴行の容疑で刑事告訴され、再逮捕、起訴され、同年12月執行猶予つきの有罪判決が言い渡され、退去強制された。
※ この事件について、被告となった技能実習生3名は、人身取引の労働搾取の被害者として保護されるべき存在であることを訴え、在留特別許可など救済を求めたが、認められなかった。
しかし、この事件は、技能実習生の失踪者が急増する背景に送出機関での巨額の借金や日本側の受入機関の過酷な労働搾取状況がある事など、技能実習制度の問題を明らかにした。
コムスタカ主催で「人種・民族差別をなくすためのシンポジウムーヘイトスピーチ問題を考える」を開催し、70名以上の市民の参加があった。
1月に平野みどり県議(当時)に要請し、熊本県議会で「ヘイトスピーチ対策の法的規制の強化を求める意見書」の採択への取組みを要請。
同3月13日熊本県議会で全会一致で意見書が採択された。
また、熊本市議会や、合志市議会、大津町議会も同趣旨の意見書が採択。
同年5月熊本県内市町村へ陳情書をコムスタカとして送付したところ、同年6月末現在、新たに南阿蘇村、高森町、西原村、和水町の議会が意見書を採択した。
2015年7月末現在、熊本県議会を含めて熊本県内の46ある地方議会では、県議会と7市町村議会の8地方議会が意見書を採択した。
※ 2016年5月ヘイトスピーチ解消法の成立
コムスタカ―外国人と共に生きる会も、2014年7月の「人種・民族差別をなくすためのシンポジウムーヘイトスピーチを考える」の開催、2015年3月熊本県議会での意見書の採択、熊本県内45市町村での意見書採択を求める活動に取組んできたが、2016年5月、国会でヘイトスピーチ解消法が成立し、同年6月から公布施行された。
入管行政をめぐっては、コムスタカが主張してきた大村入国管理センターを廃止し、難民等の定住化促進センターへの転換は、実現していないが、2015年9月30日で、西日本入国管理センターが廃止された。 全国三つあった入国管理センターは、大村入国管理センターと東日本入国管理センターの二つとなる。(被収容外国人が10年前の2005年ごろと比べて5%に激減する状況が背景にある。)
コムスタカー外国人と共に生きる会では、2016年5月以降は、緊急支援活動とともに外国人被災者への中長期的な取り組みも視野に入れた支援活動への切り替えて、以下のような取り組みを行った。
やさしい日本語、英語、中国語、韓国語、ベトナム語、フイリピン語、タイ語、インドネシア語、ネパール語の9か国語で熊本地震災害関連情報をコムスタカのホームページ上で、継続的に更新しながら提供している。 http://kumustaka.weebly.com/
2016年7月から2017年1月の約半年間に約30名の外国籍シングルマザーを対象に被災体験等のインタビュ−調査。
2016年7月以降、講演やセミナーなど熊本地震でのコムスタカの被災外国人救援活動の体験を話す機会があるごとに、熊本県や熊本市など行政の外国人被災者への対応の不十分さを指摘し、災害時の多文化共生の在り方について提言した。
相談者は、2015年夏に、フィリピン人配偶者と婚姻中に日本人と婚姻し、その後しばらくしてフィリピン人配偶者とは、アナルメント訴訟(婚姻無効訴訟)で婚姻関係を解消していた。 そして、相談者は、日本人配偶者との婚姻が長年経過していたため、帰化申請を法務局に相談したところ、「帰化手続きを進めるためには、重婚で日本人配偶者との婚姻は無効 で、家庭裁判所での婚姻無効の戸籍訂正をして、改めて日本人配偶者と婚姻をして、相談してほしい」と言われ、帰化手続きができなかった。
家庭裁判所に婚姻有効と認めさせて法務局への帰化手続きを可能とするため、家裁への戸籍訂正の申し立てなど試行錯誤したが認められなかった。そこで、婚姻有効確認訴訟を提訴したところ、2016年夏に家庭裁判所は、これまで判例や法務局の戸籍実務でも無効であるとして確定していた後婚を、婚姻関係存在確認訴訟を受理し、それを婚姻関係存在確認の調停に移行させ、合意に相当する審判で婚姻有効と認めた。
そして、相談者はその審判決定書に基づき帰化申請をしたところ受理され、約1年後の2017年夏に帰化が認められた。
熊本地震発災後の外国人被災者への救援や支援活動の体験を経て、熊本県や熊本市など行政の外国人被災者への対応の不十分さを指摘し、災害時の多文化共生の在り方について提言してきた。 2017年4月に見直された熊本県地域防災計画や、同年4−5月に募集されていた熊本市の地域防災計画(素案)へのコムスタカのパブリックコメント等に基づき外国人被災者への対応について熊本県や熊本市の地域防災計画が変更された。
熊本県は、DV加害者対策を含む新たなDV被害者総合支援策を、2015年度からDV対策の実務者会議を設置し、具体的な検討が始まり、2016年度から具体化する方向で予算措置を含めた取り組みがなされていたが、同年4月の熊本地震の発生により、実施が延期となった。
この事業は、2017年度より、DV被害者総合支援・DV加害者対応モデル事業として、コムスタカ―外国人と共に生きる会が受任団体となり熊本県と厚生労働省の予算により実施された。
2016年7月から2017年1月までの約半年間に約30名の外国籍シングルマザーを対象に被災体験等のインタビュ−調査を行い、調査結果をまとめた報告や外国人シングルマザーに対する支援施策の提言を掲載した報告書を、2017年7月8日発刊(英語版は 8月発刊)した。
※ 熊本市は、外国人シングルマザーへ行政の保護施策の情報が十分伝わっていないというコムスタカの指摘を受け、母子支援のためのパンフレットを多言語化して発行することになった。
フィリピン人母親が、フィリピン人夫と重婚状態で出生した子どもの日本人父親に対する認知訴訟で父子関係を証明するDNA鑑定なしで、子どもの認知を認める判決が家裁で言い渡され確定した。
フィリピンから日比国際児とその母親、母子らを支援するNGOの代表らが来日し、日比国際児にとって生まれて初めての父親との面会が実現した。
2018年1月末から帰国した9月中旬まで、コムスタカで保護したフィリピン人男性の技能実習生は、2018年6月29日とび職の実習なのに民家の解体工事や道路の修復工事をせられたこと、労災隠しや残業代未払など監理団体と実習実施者の会社を被告として損害賠償訴訟を熊本地裁に提訴し、提訴後に記者会見をし、多くのマスコミが報道しました。
2020年10月5日(金)から10月8日(月)の3泊4日の日程で、韓国に大学の交換教員として在留中の申明直熊本大学教授の招待と案内で、韓国の首都ソウルと首都圏にあたる京畿道の安山市(韓国内で最も外国人の比率の高い地域)を訪問し、韓国のフエアトレード運動や移住労働者と移住民の権利問題に取り組む5つの団体のの中心メンバーの方からお話を聞くことができました。
2018年11月からコムスタカに相談があったケースですが、2019年6月4日、フイリピン出身の女性を原告に監理団体とその上司など2名を被告として、パワハラに対する慰謝料および残業代未払いなどの損害賠償請求訴訟を熊本地方裁判所に提訴しました。
提訴後に記者会見し、熊本県内のマスコミの多くが報道しました。
被告の監理団体は、原告の記者危険での発言が名誉基礎に当たるとして2022年5月28日総額550万円の損害賠償訴訟を熊本地裁に反訴しました。
2022年5月17日 熊本地裁は、本訴について、原告の一部勝訴(残業代未払いについて33万円お支払いと上司2名のうち1名のパワハラを認め11万円の合計44万円お支払いを命じる)でしたが、反訴について、一部敗訴(反訴被告の発言に一部名誉毀損を認め33万円の支払いを命じる)でした。
双方が、この判決を不服として福岡高裁へ控訴しました。
監理団体関係者の日本人男性を相手方として申し立てた子の認知を求める調停は、相手男性が子であることを否定し、認知を拒否したため、不成立となり、同年6月から認知訴訟が提訴されました。
2017年度(平成29年度)の熊本県DV被害者総合支援・加害者対応モデル事業を活用した、「熊本県DV被害者総合支援ガイドライン」は、同年8月に関係機関から寄せられた同ガイドラインの素案に対する意見や提案をふまえ、2020年2月に完成した。
本ガイドラインの取り扱いについて、「本書は、主に行政機関におけるDV被害者支援体制の充実を図ることを目的に作成し、DV被害者支援の担当部署等に配布するものです」と記載されています。
2020年度から、熊本県のDV対策関係機関の職員らの研修会において、同ガイドラインが順次配布されて、これを活用した支援の実施が期待される。
2019年12月から2020年3月 日本で在留中の技能実習生間で、妊娠したベトナム人女性技能実習生の日本で産休を取って出産して、その後技能実習に復帰したいという相談で、その希望通り日本で出産・育児支援を行い、日本で生まれた子どもに「特定活動」の在留資格が日本で初めて付与され、出産後数ヶ月間の育児を経て、ベトナムへ子どもを連れて帰り、母親は技能実習生として復職できました。
2020年7月4日熊本県南部地域号災害発生後から、コムスタカは、被災者向けの多言語情報の提供やフィリピン人会熊本(FOK)と協力して、当初4世帯のフィリピン人被災世帯への救援物資の提供や復興のための支援活動や、義援金を呼びかけ、最終的にフィリピン人被災者家族9世帯に義援金を送りました。
2020年7月の熊本県南部地域豪雨災害では、熊本県内100カ所以上設けられた避難所に外国籍住民が一人しかいないと、熊本県の調査ではいわれていましたが、コムスタカの取組みで、フィリピン籍の被災者世帯9世帯のうち4世帯が避難所に避難していたことが明らかになりました。
2020年11月19日に双子の子を死産して、死体遺棄容疑で逮捕され、同年12月10日起訴されたベトナム人技能実習生リンさんの刑事裁判は、2021年1月21日の保釈決定後、当初の有罪を前提とする執行猶予判決を目指す方針から、無罪主張に方針転換したため、同年2月2日の第1回公判期日は取り消されました。 そして、2021年7月に1審有罪(懲役8月、執行猶予3年)が言い渡され、リンさんは福岡高裁へ控訴し、控訴審も2022年1月に減刑されながら有罪判決(懲役3月、執行猶予2年)が言い渡されました。
当局に情報提供を要請してもらったところ技能実習生の妊娠出産を理由とする技能実習中断届出件数637件のうち、技能実習の再開を希望した件数47件(2017年11月1日から2020年12月31日まで)、実際に再開できた件数11件(2017年11月1日から2021年8月24日まで)、妊娠出産による不利益取り扱いを行った監理団体や実習実施者の件数 これまで0件出あることが明らかになりました。
2018年9月に提訴したフイリピン技能実習生の損害賠償など請求訴訟は、2021年1月29日 熊本地裁で、原告の一部勝訴判決(強制帰国されそうになったことに対して監理団体にのみ慰謝料50万円と弁護料5万円の55万円の支払いを命じる)が言い渡され、被告の監理団体と建設会社は控訴しませんでしたが、原告は、とび職以外の仕事をさせられたことに対して訴えが認められなかったこの判決を不服として福岡高裁に控訴しました。 2022年2月25日 福岡高裁は、原判決を変更し、監理団体に88万円(そのうち建設会社と監理団体が連帯して33万円の支払い)の支払いを命じる逆転勝訴判決となりました。 非被控訴人の監理団体や建設会社は上告せず、この判決は確定しました。
2021年5月に妊娠したことを理由に強制帰国されそうになり、コムスタカで保護したフィリピン籍の技能実習生(介護)は、同年8月にフィリピンへ帰国し、同年12月に子ども出産しました。
そして、2022年10月に実習先の介護施設・監理団体とその理事や職員らを被告として、総額約600万円を超える未払い賃金等請求訴訟を提訴しました。
追記 イッサさんの賃金・損害賠償請求訴訟は、2022年10月の提訴後、管轄裁判所が福岡地裁行橋支部から同地裁小倉支部に移送となり、裁判官3名の合議事件となり、2023年1月17日に第一回口頭弁論が公開法廷で開かれました。
そして、以後は、受命裁判官2名と原告及び被告らの代理人弁護士により、福岡地裁告小倉支部で、弁論準備手続が3ヶ月1回のペースで続いています。
2024年中には、原告と被告人らの証人調べが行われ、結審−判決となる予定です。
2021年8月に熊本市内の高層マンション建設工事中に高層階から転落事故にあったベトナム人技能実習生は、入院・リハビリ治療後、2022年3月に在留資格「技能実習」から「特定活動(医療滞在)」に変更され、監理団体綾建設会社から同年6月に帰国させられました。 治療の継続を求めて、同年9月に再来日し、コムスタカで保護することになりました。 その後再治療と入院・再手術をへて、2023年3月に帰国しました。 その間、労働災害の休業補償、障害一時金の取得が認められました。
控訴審は、2022年9月20日第一回口頭弁論が開かれ、即日結審しました。 そして、2022年11月10日に福岡高裁で、控訴審判決が言い渡されました。 判決は、原告本訴について一部勝訴維持(残業代未払いについては1審判決が維持されましたが、上司一人のパワハラによる慰謝料11万円の支払いは取り消す一審原告敗訴)一方反訴については1審被告)本訴1審原告)が逆転勝訴(1審判決で支払いが命じられた33万円の支払いが取り消される)判決となりました。 1審原告は、この控訴審判決に対して上告しませんでしたが、1審被告(反訴1審原告)の監理団体は、この控訴審判決を不服として最高裁判所に2022年11月22日に上告し、最高裁の決定待ちとなっています、
2019年6月に中国人母親が、日本人男性を被告として、熊本家庭裁判所に提訴した子の認知訴訟は、被告の日本人男性は、DNA鑑定も拒否し続け、また、新型コロナ感染拡大下で、原告の法定代理人の母親の来日ものびのぼとなりようやく、2023年2月の双方の証人調べが行われ、即日結審しました。 2023年3月熊本家裁は、「原告を被告の子として認知する」という原告勝訴の判決を言い渡しました。 この判決は確定し、被告の戸籍謄本に子の認知が記載されました。
死体遺棄罪容疑で2020年11月に逮捕され、同年12月に同罪で起訴されたリンさんは、熊本地裁で、2021年7月に1審有罪(懲役8月、執行猶予3年)が言い渡され、リンさんは福岡高裁へ控訴し、控訴審も2022年1月に減刑されながら有罪判決(懲役3月、執行猶予2年)が言い渡されました。 リンさんは、同年1月に最高裁判所に上告し、2022年12月7日に最高裁は、2023年2月24日に弁論を開くことを決定し、同日の弁論を経て、2023年3月24日の最高裁で逆転無罪判決が言い渡され、勝訴して終結しました。
2023年3月リンさんの最高裁逆転勝訴判決をへて、同年4月に厚生労働所に電話で、妊娠出産を理由に技能実習中断届出数、技能実習継続希望者数、技能実習を再会できた人数を電話で聞いたところ以下のような回答が得られました。
2017年11月の技能実習生保護法施行後、2022年3月までの4年5ヶ月間の期間中に、妊娠出産を理由に技能実習中断届出数は1434人、そのうち技能実習の継続を希望した者134人、2022年8月まで4年9ヶ月間に実際に再開できたもの23人(中断届出数の1.6%)しかないことが明らかになりました。
また、妊娠出産を理由とした不利益取り扱いを行った監理団体や実習実施者に対する行政処分は、0件でした。
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